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30話 互いの思惑

「この場はアイ様から頂いた機会です。私から主張するのは筋違いでしょう。どうぞ」


 無謀と言いつつも、まるで動揺している素振りも見せないカウフマン。

 アイに対して、先に言いたいことを言えという態度には余裕をにじませている。

 もう俺には、切り札でもあるのか、ハッタリであるのかすらわからない。


「では言おう。カウフマン、無駄な抵抗を止めてアイに従え。そしたら命だけは助けてやる」


 その彼に対して、アイは上から視点で降伏勧告した。それだけ言って、ずっと黙っている。しばし、静かな時間が流れた。


「それで終わりですか?」


「うん」


「マジですか!? それで誰が言うこと聞くんすかっ!?」


 思わずツッコミを入れたという感じで、カウフマンの隣に立つクオンが叫んだ。


「アイには正義ある。当然だ」


「うわぁ……これはダメっすわ」


「なんだとー」


 クオンと同じことを、同じように思ったが、ここで口にするほど空気読めてないクオンもクオンだと思い、彼女が残念と言われる理由をまた思い知った。


「裏切って正解だったんじゃないか、クオン」


「なんだとっ!? それほんとかっ!?」


 ふっと笑いながら、カウフマンがクオンに言い、それに思いっきり動揺するアイ。

 もう交渉しあっている役者が違い過ぎて、誰か代わってくれとしか思えない。


 そもそもクオンは二重スパイなんだから、ほんともなにも……

 むしろここまでのクオンは、アイの交渉に有利に動いて……いるよね? いるんだよね?


 そう思いながら、アイの横に立つウルシャも確認する。

 周囲への警戒は、護衛のエキスパートであるウルシャ頼みだ。

 もし危険な状況であったり、近くに敵が潜んでいることを見つけたら、簡単なハンドサインで知らせてくれる手はずだ。

 ウルシャは特に動く様子もないので、このまま流れに任せる。


「ぐぬぬ。クオンめ裏切りおってー」


「ではこちらの言い分、よろしいですか?」


「いいぞ」


 カウフマンの余裕な態度は崩れることはない。さっきと同じ調子で主張を始める。


「アイ様、私たちに協力してください」


「協力、だと?」


「はい」


 カウフマンの顔に浮かんでいた微笑が引っ込み、真剣な表情が作り出される。その変化はどこか彼のひたむきさを感じさせた。

 彼の主張は、ふざけて言っているわけではない、と見る者に感じさせる雰囲気があった。


「アイ様もおわかりのことかと思いますが、皇室が力を失う中、現在我々が頼れるのは誰なのか。神への祈りをお教えくださっている教皇庁の教皇聖下しかおられません」


 アイの眉がぴくりとした。そのタイミングはカウフマンの口から『教皇庁』の名前が出た時だ。


「このままエジン公爵領が反教皇庁である限り、領民の安寧はありえません」


「なるほど。お前はそう考えるのだな」


「そうです。そしてこれはただの考えではなく、皆が思い描ける真っ当な考えです」


 カウフマンはそのまま、アイに口を挟む隙を与えることなく続ける。


「それに教皇庁には『神器』のキルケ様がいらっしゃる。アイ様とは敵対関係というわけではないはずです」


「うん、それはそうだ。『神器』同士は敵対関係ではない」


 あ、そうなんだ。てっきり神争いでもしてるのかと思っていた。その辺はあくまで協力関係であって水面下では色々ある、みたいなものなのかもしれないが。


「おふたりで手を取り合い、我々人間を導いてください。私はそのために、微力を尽くします。どうかよろしくお願い致します、アイ様」


 カウフマンは深々と頭を下げた。

 もし、ウルシャが踏み込んだら、そのまま斬られてもおかしくないくらい、無防備に頭を下げている。


 そして俺でもこれくらいはわかる。

 教皇庁のキルケと手を組んだカウフマンに、アイが従えというわけだ。

 要するにこっちの言うことを聞けという話だ。お互いの主張はまったく交わっていない。


「そういうことなら協力はしないでもない」


 ええっ!? 交わったの!? 降伏?


「だがそれは、公爵閣下を殺める前に言ってくればの話だ。閣下を亡き者にしたこと、アイは許せん」


 アイの可愛らしい声でありながら、その声には怒気が載っていた。

 その怒りが、頭を下げるカウフマンに降り注ぐ。


「何故、あのような凶行に及ぶ前に、アイに話さなかったのだ。それならばいくらでも協力した」


「それこそ、無理な相談ですよ、アイ様」


 怒りの声のアイに対して、カウフマンの声はどこか乾いた笑いが含まれていた。


「公爵閣下は、皇家を裏切れませんから」


 彼のその一言には、アイに対して、何をバカなことを言っているんだ? そんなことできるわけないでしょう、というニュアンスが含まれているように、俺には聞こえた。


 そして、カウフマンはゆっくりと頭を上げた。


「だが、もう皇家はだめだ。民をまとめることは不可能だ」


「だから!!」


 アイは、カウフマンの言葉を続けるように、台詞を奪うように言う。


「お前が、民をまとめるしかない、というわけか」


「ええ、そうです」


 そこでふたりは黙ったまま、顔をそらさず向き合う。

 睨み合っているのではない。

 お互いの距離を測っているかのような視線を向けあっている。

 そして両者共に、お互いの間にある溝は、埋まらないと判断したように見えた。


「交渉決裂だな」


「そのようで」


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