29話 交渉開始
カウフマン率いる衛兵隊の精鋭3000は、AI機関のある屋敷まであと1日の距離まで近づいていた。
彼らが築いた野営地は、防御盤石で一分の隙もない。とウルシャは分析していた。
ウルシャいわく、俺のハイエースが原因だと。
彼らはハイエースの性能と鬼の力を見ている。
だからこそ、そのための備えも怠っていないというわけだ。
俺とアイとウルシャ、そしてクオンは彼らの野営地の近くまで移動し、彼らの索敵距離からだいぶ離れたところまで車でやってきていた。
衛兵隊の精鋭で1日の距離は、車なら数時間の距離だ。
楽々と、俺たちは夜の森の中を進んで、近くまでたどり着いた。
「いやぁ、ジドウシャっていうのは乗り心地最悪なんすね」
「それは、クオンがシートベルトをしなかったからだ」
どれほどの揺れがあるのか、スピードにはどう耐えられるのか、体感してみたかったとかで運転中はシートベルトをせずに後部座席にも座らず、立ったりあぐらをかいたりして、ゴロゴロ転がっていたクオン。
それで乗り物酔いしてないのは、体の頑丈さが違うということだろうか。
「さて。では早速行ってきます。カウフマンのやつを僕の巧みな弁術で引っ張り出してくるっす」
弁術はともかく、虚実入り交じる言動は確かなので、きっと上手いことやってくれそうだし、失敗してもひとりだけピンピンしてそうだから大丈夫、という謎の安心感がクオンにはある。
「連絡はアイの魔法だぞ」
「あいあいさー」
クオンはアイから受け取った魔法のかかった葉っぱを手にし、真っ暗闇の中に消えていった。
あとは彼女からの連絡を待つだけ。
ハイエースは夜闇の中に隠せるとはいえ、何で見つかるかわからないので城下町襲撃前の時のように草むらの中に隠し、その車内で息を潜ませながら待つ。
かといってずっと黙ってられるほど、俺もアイも辛抱強くはなかった。
「なあ、アイ。それにウルシャさんも。クオンの説明で俺には納得できてないというか、よくわからないことがあるんだ」
そう聞くと、ふたりともこっちを見て続きを待ってくれる。
「カウフマンは、オフィリア嬢がいればいいって話だけど、ほんとに? 公爵領をそれだけで統治できるの? 他に押さえているものがないと無理じゃない?」
公爵子飼いの衛兵隊という兵力を束ねているのがカウフマンというのはわかる。
中世ヨーロッパ風なファンタジーな異世界だ。衛兵隊のような常備軍的なものは少ないのだろう。
専属の兵である衛兵隊を持つ公爵領は、この世界では結構な軍事国家的なものだったに違いない。
「話したと思うが、カウフマンには後ろ盾がいる。『神器』である天使キルケだ」
「そういえば聞いた」
「キルケは、裏から教皇庁を牛耳っている。ていうか天使たちが人間に用意させたのが教皇庁だ」
この世界にもキリスト教的な世界宗教があって、それを束ねている組織があるということか。
「そんなでかそうな後ろ盾があるなら、むしろ俺たちの方がかなり不利じゃないのか?」
「そうでもない。今は権威のみの存在となってしまった皇家だが、エジン公爵他、皇家によって認められたり、拝領した領地持ちの領主たちは、未だに皇家と対立し、ないがしろにしてきた教皇庁には何かと反している。特にエジン公爵家は代表格だ」
「なるほど。つまり……カウフマンは教皇庁に利用されたんだな」
「カウフマンもまた、教皇庁を利用している。彼自身の野心のためにな。男なら一国一城の主にならねばと考えていたんじゃないか? 立身出世に全力を注いでいる男だからな」
領主になりたいカウフマンと、反教皇庁の代表であるエジン公爵領を取り込みたい天使キルケ。
両者の思惑は、一致しているというわけだ。
「アイ様、イセは皇家没落の原因から話さなければ、わからないのではないですか? 異世界からやってきたのですよね?」
「あっ、そうか」
「皇家没落に、教皇庁とか天使が絡んでるの?」
「いや、そこはまた違ってな。またさらにややこしくはなっているんだ。そっちに大きく関わっているのは『竜』だ」
「りゅう? 『竜』ってあの?」
「そう。ドラゴン」
「それって比喩的な意味で?」
「いや。ガチのドラゴン」
「…………」
魔法とか竜騎士とかが失われて久しいんじゃなかったっけ?
やばい、こんがらがってきた。もっとわかりやすくシンプルにしてくれないか。
と考えていたら、窓をコツコツとくちばしで叩く鳥がまた来た。
くちばしには、アイの魔法がかかった葉っぱが咥えられている。
「クオンからの連絡、早いな」
「ひょっとしたら失敗したのかもしれませんね」
アイとウルシャが、葉っぱを覗き込む。
そこには、交渉完了、予定の場所にて合流をと、簡潔に書かれている。
シンプルなのが来た。
「よし、いくぞ。イセ、車を出してくれ」
「ほんとにこのままでいいんだな? ハイエースを隠して奇襲とかかけなくてもいいんだな?」
「ああ。こちらの戦力を並べて、威嚇しつつ降伏勧告だ」
アイらしい、シンプルな棍棒外交の構えのようだ。
俺はそれに乗って好戦的な笑顔を作って、ハイエースを走らせた。
アイとクオンとウルシャで決めた、カウフマンと落ち合う場所は、野営地から離れた川のそばだった。
クオンと共に立つ、派手な鎧にマントを羽織った髭面の男には見覚えがある。
完全武装だが、クオンと共にたったひとりでいる。
彼がいる場所から十数メートルは離れた位置にハイエースを止め、アイとウルシャが外に出た。
「部下もつけずに勇敢だな、カウフマン隊長」
アイが言うと、彼はわかりやすく笑った。
「これは無謀と言うんですよ、『神器』アイ様。こちらで用意できるバリスタを全て並べて、いつでも集中砲火を浴びせられる準備でも整わない限り、私にはそちらの『力』に対抗できる術はありませんから」
「どうだかな」
最初から刃が仕込まれているような会話を交わしつつ、お互いに近づいて、あと十歩もないという距離でお互いに立ち止まった。
ウルシャでも、おそらくカウフマンでも、瞬時に間合いを詰められない距離間なのだろう。
「で、アイ様。話したいたいとは、どういう要件で?」
「降伏勧告だ」
「奇遇ですね。こちらもです」
最初から交渉決裂ということで、強硬手段かな?




