113話 亜人たちの王
「師匠、どういう意味だ?」
「言葉通りだ。『竜』と戦う気はあるか? と聞いたんだ」
こっちの動揺は、ガラケーからでは伝わらないのかもしれない。
アイが俺たちの方をちらりと見る。
焦り顔の皆は無言。
俺は、皆を代表して、ぶんぶんと首を横に振った。
「あれと戦う気があるか、だと? 師匠は見てないからそう言えるんだ」
「やっぱり実物を見ると、とてもそういう相手ではないか」
「ですね。シガースさん、この道具でこっちの様子を見ることはできませんか?」
「できないんだよ。そこまでは無理だった。カメラついてないだろ? イセ」
「そうですね。俺も知らないくらい古いやつっぽいですね」
「お試しでやってみたから、値段張るものは無理だったんだ。こいつはタダ同然で手に入れたジャンク品だ」
アイもケアニスも、何話しているか分からないだろう。
シガさん、マジで現代日本生活を満喫している。
「で、イセも同意見かな? 『竜』の件だが」
「同意です」
「そうかー、議論の余地無しって感じだなぁ……うーん」
「何か問題が?」
「ある。ちょっとこっちで動いてしまったことがあるんだ」
なんとなくだが、そのひと言はとても重く感じた。
それはアイも感じ取れたようだ。
「師匠、今度は何をしでかしたんだ?」
「人聞きの悪いことを。アイたちが相談もせずに帝都に行くって言うから、こっちでも急遽動くことになったんだよ」
「何を、したんだ?」
「ちょっと待っててくれ。すぐ来る」
「来る?」
アイが聞き返した時、ケアニスが振り返って上空を睨む。
その方を見て、すぐにわかった。
空からやってくる7つの姿。
人が背中から翼を生やしたような姿が7体。
それが悠然と俺たちの側へと降りてきた。
「……キルケ、様」
カウフタンが言ったそのキルケを中心に、7人の天使たちが現れた。
全員が輝く鎧を身にまとっている。
キルケが黄金色で、他が銀に近いメタルな色で、それぞれ若干光沢が違う感じ。
そしてそれが、俺たちは真力による武装と知っている。
「精鋭ですね。戦う気ですか? あの『竜』と」
特に声をかけることもなく現れたキルケたちに、ケアニスが声をかけた。
少しだけ視線を合わせて、それから町の方を見るキルケ。
視線の先に何かある?
「我々だけではないからな」
キルケが見ているのは、その我々ではないと言った存在の方か。
と思ったら、帝都の城壁の上から飛び降りてくる10の影。
それぞれ飛んでいる者や、飛び上がって綺麗に着地する者、滑空して綺麗に着地する者、落ちるように地面に激突して、それでも平然と走ってくる者。いろいろな者たちが10体、あった。
手にあたるものが翼になっていたり、足に鉤爪がついていたり、頭が牛だったり、豚だったり、人間の顔に頭から大きな角が生えていたり、体の一部が虫のような甲殻になっていたり。
そして……そのうちの3体くらいが、俺の連れている鬼によく似ていた。
その3体の中の1体は、着ている防具から手に持つ武器まで、一番人の姿に近かった。
ただ髪の間から出ている角が、鬼のようだった。
「まさか……来ているのか……」
「それ以外考えられないっすよ」
カウフタンとクオンが、そいつらが何者なのかわかっているようなことを話す。
そしてウルシャが、彼らに対して一番警戒しているからか、アイの前へ剣を抜いて出る。
「それ以上近づいてはなりませんっ!!」
敵意を見せつつも、口から出る言葉にはどこか敬意を示していた。
いや、そう言わざるを得ない相手ということか?
だいたいわかってきた。
こいつは……
「鬼王さん、どうしてここに?」
「なにっ!? 鬼王? えっ!? おまえ、が?」
ケアニスが鬼王と呼んだのは、その人の姿に一番近い鬼。
そいつは話しかけられて、そしてアイが驚いたのを見て、驚くほど人懐っこい笑顔を見せた。
「前に見た時と、全然違うぞっ!?」
「やあ、アイちゃん。元気?」
「それ。その言葉遣い、ソロンだ!」
ソロンと言った瞬間、異形の者たちの空気が思いっきり威圧的になったので、ウルシャもクオンもカウフタンも、武器を構えてアイの前へ出る。
「待った。君たち待った。俺とアイちゃんは同じ『神器』。同格なんだ。そういうのは止めてくれ」
困ったように言う彼に従うように、彼らは引き下がる。
「ふぅ。ごめんごめん。脅かすつもりはないんだ。一応、彼らには鬼王と呼んでもらっている。彼らの王なんだよ、俺。だから呼び方とか結構うるさくしているんだ」
「な、なるほど……わかったじゃあ鬼王」
また威圧的な空気が立ち込めるので、アイはウルシャにしがみついた
「だから待てって言ってるだろ? もう少しスムーズに話をさせてくれ」
逆に鬼王が、彼らを威圧すると、あからさまに引き下がった。
「さて、それじゃ、作戦を話し合うんだっけか」
鬼王がそう言うが、もちろんこっちからすると首をかしげること。
作戦っていうのは、さっきシガさんが話していた『竜』と戦うこと、だよなぁ。
「シガースちゃん、アイちゃん達、やっぱり聞いてないじゃん」
「ははは、すまんね」
「すまんじゃないでしょ。わざわざここまで来るの大変だったんだよ」
「もちろん、すまんでは済まさないつもりだから安心してくれ」
ガラケーから漏れる声は、鬼王の気さくさに合わせて話しているが、どことなく真剣で……
「アイたちには、全力で戦ってもらうから」
シガさんは、どことなく高圧的な感じだった。




