112話 交渉にもならない
おそらく歴史に残りそうな『竜』に対する交渉。
これで話し合いが行われば、画期的なことではあった。
だが結果として、交渉は行われなかった。
そもそも、話すら一切なかった。
『竜』は近付いていくアイとケアニスに、一度は視線を向けたものの、再び眠るように目を閉じて、以降こっちの呼びかけには応じず。
アイとケアニス、それに俺とカウフタンも声をかけてみたのだが、ぴくりともせず。
最初の頃の威圧感にも慣れてきた頃、アイがぷりぷりし始めたあたりで、
「このやろーっ、強制的にしゃべらせる魔法でもかけてやるっ!」
と息巻いて、俺とクオンとウルシャが止めようとしたところで、『竜』がビクッと少し動いた。
そして、何故かわからないが、とにかく『竜』からの気配というか威圧感がすごいことになり、アイも含めて俺もクオンもウルシャも、多分カウフタンも、ぞわっとくるような悪寒が走った。
『竜』は、こっちの敵意に反応している。
アイが使おうとした魔法に、反応したのだ。
アイが気圧されて魔法の構築を止めた途端、『竜』は無反応の状態に戻った。
そこからはケアニスが主に声をかけたが、それも無反応。
それを受けてケアニスが言う。
「これは、無理そうです」
「いったん戻るか」
そうしようと、一応『竜』へまた来ますと挨拶をして、その場から立ち去った。
庭園から離れ、だだっ広い宮殿で休憩をとればいいのに、俺たちはそこにいたたまれなくなり、そのまま町まで出た。
そこでようやく、一息つけた。
「なんだか、拍子抜けだな」
「あそこまで、頑固者とは思わなかった」
アイが言う。
どうやら話せると思っていたようだ。
「『竜』は、こっちの言葉が言語に聞こえなかった。動物が鳴いているように聞こえた、とかないですかね」
「そういう可能性もあるのか……」
対等の話し相手というか、そもそも意思を疎通する相手ですらない、と。
知的生命体同士の交流とはいかなるものか、的な話になってきそうなくらい、そもそも生命体としての差があるということか。
天使と人間は、ケアニスやキルケのように話せる。
天使の方がとても威圧的だが、それでも話は通じる。
だが『竜』はそういう存在ですらない、と。
「あ。亜人って『竜』みたいな感じの傾向はない?」
「ないですよ。交易もあったくらいですから。私も戦いはしましたが、戦術的作戦も当たり前のようにとってきます」
そう教えてくれたケアニスが、ふと何かに気付いたように俺に聞いてきた。
「イセさん、『竜』の女性化はできそうですか?」
おっと、その発想は立ち会っている時、忘れていた。
それがどうなのか、というのが今回の『竜』に会いにいくという話の大きなテーマでもあった。
だからか、みんなが俺の応えに注目している。
正直に応える。
「わからん。『竜』が怖くてそんな気もおきなかった」
「びびってたからな」
「カウフタンだってそうだろ」
「当たり前だ。あんな生物、実際に目の当たりにしたのは初めてだ」
「そうだよな。だいたいアイが魔法を使おうとしただけで、あの威圧。女性化をしてやるって気で見ただけで、排除しようとしかねないぞ」
「それはやってみないとわからないんじゃないですか?」
「やってみたダメでしたってなると……かなりの確率で死ぬんじゃないか?」
「…………」
提案したケアニスは、にっこり笑顔で無言だった。
「また声をかけてみよう。それまでそっちは保留だ」
アイの結論に、ケアニスも含めて皆が同意した。
そして帝都を出て、ハイエースを隠したあたりに近付いた時、その近くに人影が見えた。
隠れていたわけじゃない。
俺たちが近付いていたのに気付いて出てきた、という印象だ。
こっちが気付いたのに合わせて、相手が会釈をしてみせた。
近づくと、少し遠くからでも跪く。
「あれって……」
「サミュエル卿のとこの者だろうな」
アイがケアニスが反応をしていないのを見て、そう判断した。
「失礼します」
向こうから声をかけてきた。
「『神器』ケアニス様とアイ様御一行とお見受けいたします」
そう声をかけてきたのに対して、当たり前かのようにウルシャが受ける。
「そうだが、そなたは?」
「サミュエル卿の使いになります。こちらを持って参りました」
跪いて胸元からなにかを取り出そうとする使いの人。
その瞬間、ウルシャとカウフタンはアイをかばうように前へ出て武器を構え、クオンが瞬間的に近付いてクナイのようなものの切っ先をつきつける。
「動くな」
クオンの「っす」言葉以外の威圧的な言い方、初めて聞いた!?
と一瞬驚くが、間者がそれに対してビクともせずに動かず、対応する姿勢なのも驚いた。
「こちらを見ていただきたいです」
「……わかった。妙な動きをしたら刺す」
「結構です。では取り出します」
ただ何かを取り出すだけのやり取りに、命が掛かっている関係に、ひやりとする。
だが、取り出されたものを見て、続いてそっちに気を取られた。
「こちらを」
「なに、それ?」
アイが興味津々に、護衛ふたりの隙間から間者の出したものを凝視する。
俺にはその形を見て、すぐわかった。
「ガラケーじゃん」
「がらけえ?」
「それ、シガさん……えっとシガースさんから連絡が来てる?」
「ご明察恐れ入ります。そのとおりです。操作してもよろしいでしょうか?」
「大丈夫か?」
「多分」
そういうと、アイが許可を出す。
サミュエル卿の間者は、ガラケーを操作し、耳にあてる。
「繋がりました。はい、ではお話ください」
間者がそう言い、ボタンを押す。
おそらく、スピーカーモードだ。
間者が印籠でも出すかのように前に出したガラケーから、少しくぐもった声が出てきた。
「アイ、聞こえるか?」
「師匠!? 外に出られるようになったのか!?」
「声が少し小さいな。まあなんとか。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
いいかと聞きながらも、シガさんはそのまま話を続けた。
「おまえ、『竜』と戦う気、ある?」




