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時間の騎士様  作者: 灯
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第4章 試練は過去にありて


黒い玉の中に入ったセレスはただひたすら闇の中を進んでいた。


「何も見えないわ……」


彼女の心は恐怖に包まれていた。

それはこのままここに取り残されるのではないかという恐怖にだった。

しかしそんなことはなく彼女は光を見つけた。

その先にあった風景は彼女がよく知るものだった。


「あれはリアンゲール城、なぜここに見えるの」


彼女は疑問に思いつつも、その風景に足を踏み入れる。

そこで彼女が見た風景はリアンゲール城にいる幼き日の自分であった。

彼女は狼狽した、なぜ幼き日の自分がいるのかと、それと同時に背筋が凍る。


幼き自分には感情らしきものがまったく見受けられなかったからである。

そして幼いセレスは彼女に手を伸ばした。

その手を彼女は取らなかった。いや正確にいうと怖くて取れなかったのだ。

彼女はこの知っているはずなのに得体の知らない空間に恐怖を覚えていた。

だから彼女は幼い頃の自分と瓜二つの人物の手を取れるはずはなかった。

感情がまったくない幼いセレスはそのままの表情で現在のセレスに言った。


「私は幼き頃の貴女の心、貴女が私を拒絶するのは心の奥底で幼き頃を思い出したくないから、私のようになりたくないから」


――違う、そうじゃない。


そう彼女は言いたかった。しかし彼女は言えなかった、その理由は彼女自身にもわからなかった。


「だんまりしちゃったね、でも別にいいよ。貴女がどう思っても、これから起きることは変わりないから」

「何をする気なの」


少女はそれには答えず、ただセレスに近づき彼女の手を触った。

その途端に彼女の意識は沈み、その場で崩れ落ちた。

彼女の意識が沈んだ先は、優しい父、思いやりのある兄、この二人に囲まれている、幼い彼女がいる場所だった。


その彼女は幸せに満ちあふれているように見えた。

その映像に彼女は驚いた、そしてか細い声で呟いた。


「これは私の過去? どうしてこれを見る必要があるの、私は知っているのに、私は過去は知っているのに!」


そして彼女は錯乱し叫び、震え、目と耳をふさいだ。

それでも幼いセレスの声は頭に響き、姿は鮮明に映し出された。


――彼女幸せそうね、今の貴女とは正反対。


「うるさい、うるさい、もう終わったこと、だからほっといて……」


――終わったなら、いいじゃないこのままでも。


セレスの顔には生気を感じられなかった。そして彼女はぶつぶつと呟いていた。


「ダメ……このまま行くと、お兄様が……」


――兄さんが死ぬわね。


「言うな、言うな、やめて……もうあんな思いしたくない……」


――だったらまた別の人格でも作り出し演じて、貴女は逃げればいいよ。

――そしたら苦しまなくてすむよ。


幼いセレスはあくまでも無表情だった。


「それをしたら本当に苦しまなくてもいいの……」


――本当だよ、辛いことも悲しいことも楽しいことも全部、貴女には関係なくなるの。


「全部関係なくなる……」


ここで初めて幼いセレスは柔らかい笑みを浮かべた。

セレスはその笑みに安心して彼女の方から幼いセレスの手を取ろうとした。

しかし彼女は手を弾いた。

その理由は彼女の脳裏にグリスたちの顔が浮かんだからである。


「……私は二人に言いましたわ、現状を打破するために何でもすると……私が今やろうとしたことは自身の言葉を否定することになるわ」


今ここで彼女の手を取り、彼女の言うとおりにすべてを別の人に渡すことが出来たら確かに楽ではあると彼女は思う。

でもそれでは何も得られない、それに彼女はあの結界を破るための玉を手に入れるためにここに来たのだ。

だから最初からそれ以外の選択肢などないに等しいのだ。


――じゃあこのまま行くの?


「そうです、そのために来たのですから」


――本当はあんな国滅べばいいとか思ったことはない?


「ない、私はどんな状態であっても私はあの国が民が好きだ、それに私は約束した、国を変え間違えを正すと、だからそのためには国をまず救わなければならない」


――姫としての責任じゃなくて貴女に聞いているの。貴女は本当に帝国を救いたいと思っているの?


「そうだよ、私がたとえ姫じゃなくてもそれは揺るぎのない真実だ、だって私は……」


その言葉を聞いた幼いセレスは嬉しそうに微笑んだ。


――わかった、これから見る事、感じる事、辛いと思うけど、逃げないで自分と向き合ってね。


そう言うと幼い彼女はセレスの前から消えた。


「自分と向き合うか……」


彼女はそう呟き、今見えている映像に向かって歩き出した。

そして彼女は映し出されている幼い彼女自身に溶けていった。

しかし彼女の意識はしっかりとしていた。


彼女はこれから起こることに身構えていた。

なぜなら彼女自身には一番辛い、兄である王子が殺害された時の記憶など残っていなかったからである。


先ほどの錯乱は彼女自身の記憶が原因ではなく、王子が殺害された事実と犯人を知っていたことが原因だった。

彼女は気を落ちつかせるために深呼吸をして、城の長い廊下を歩き出した。


「懐かしいな、ここを歩くなんて」


――でも、懐かしいだけでここには何もいいことなんてなかった。


彼女は心の中で呟いた。

その表情は悲しそうで、さらに追い討ちをかけるような話しが廊下の突き当たりから聞こえた。

その声には侮蔑と嘲りが含まれていた。


「聞きましたか、セレス様のこと」

「聞きましたわ、彼女、王族の血を引いてないそうじゃないですか」

「今の王は成り上がり貴族で元々は卑しい下民の出身ですって」

「ええ、そうなのよね」

「だいたいあの美しい王妃様があんな下民と結婚したのは先王が財政難にしたのが原因ですものね」

「そうよね、財政難を脱出するために金だけはある今の成り上がり貴族である王と結婚したんですものね」

「そのせいで心労がたたまり王妃様は第一王子を産んですぐに亡くなられたもの」

「そこまではまだいいわ、結果的に国は潤ったもの、王妃様にはすごく申し訳ない気分になるけど」

「そうね、それで話に戻るけど、彼女は、あの王とまた別の下民の女性との子ですって」

「そんなほぼ下民の血筋のくせに、姫なんて名乗っているのよ、忌々しいわ」


身なりの綺麗な女性は苦虫を噛み潰したような表情だった。

そしてもう一人の綺麗な女性は何か楽しそうに言った。


「そうねぇ、彼女はさしずめ、偽りの姫君ね」

「その通りね」


彼女らは下品な高笑いを響かせていた。


――そんなの自分がよくわかっていた、それでもここにいたのは……


そうセレスが考えていると傍で声が聞こえた。


「それならば僕は下民の血が入った混じり物とでも言いましょうか? マドマゼル」


この場に現れたのは黒い髪の少年だった。幼い見た目と反対に雰囲気は凛々しかった。

この少年がセレスの兄であり、この国の第一王位継承者である、ラグナ・ヨハネ・リアンゲールだった。


「ラ、ラグナ王子様」

「いや、その……失礼します」


彼がこの場に現れたことで彼女らはそそくさとその場から去った。

ラグナは小さくため息を吐いてから、セレスがいる場所に目を向けた。


「セティ、もう大丈夫だから、出ておいで」


セレスは言われたとおりにラグナの方に出ていくと、頭を優しく撫でられた。


「お兄ちゃん、いきなり何を?」

「いいこ、いいこかな?」

「ありがとうお兄ちゃん」


――いつもお兄ちゃんは私をよく撫でてくれた、それはひどく優しいものだった。


「ねえ、ラグナお兄ちゃん、一緒に話そう?」


セレスは遠慮がちに彼に聞いた。

遠慮されたことを寂しく思いながらも彼はセレスに優しく微笑んだ。


「いいよ、中庭に行こう」


――何だろう、何か忘れているような気がする。

――心がこの先に行くなって言っている。

――それでもこれは過去……私が向き合わないといけないものだから。


彼女の心が小さい悲鳴を上げていることに、気がつかないようにして、彼の後についていった。




この城の中庭は四方の塔の間にある、小さな場所で緑がたくさんあるとても静かな場所だった。

彼女はここでゆっくりと話した。コックの家の猫が子猫を産んだとか、新しい本が図書館に届いたとかその他のとてもたわいないことを話していた。

そしてそんな楽しい一時は、ある乱入者によってかき乱された。

その乱入者は男だった。男はおぼつかない足取りで彼女らに近づく。

それに気がついた彼女は男に近寄り声をかけた。


「あのどうしたのですか?」

「ある人物を探しておりまして……」


男は息も絶え絶えに彼女にしがみついた。


「誰を探しているのですか? よかったら手伝いますよ?

「いえ、探し人は見つかりました」


男は先ほどまでの様子が嘘のように、にこやかだった。


「そうなんですか? それはよかった」


彼女は嬉しそうに笑ったが、ラグナは訝しげに男を睨みつけていた。

そして睨み続けて彼には理由がわかった。

そう、男はにこやかすぎたのだ、この表情はまるで獲物を見つけた猟師のようだったのだ。


――こいつもしかして……僕らに危害を加える気か。


そう彼が思った通り、男は鈍く光るナイフを握っていた。そして、そのナイフは彼女の方に向いていた。

だが彼女はそれに気がつかなかった。

そのことに焦ったラグナは、彼女の名前を叫び、彼女を男がいない方向に押した。


「セティ!」

「きゃあ」


彼女は驚きバランスを崩したが怪我はなかった。

そして少し怒りながらラグナの方を向いた。

しかしそこにいたのは優しい微笑みを浮かべた兄ではなく、血が流れ出る兄の姿だった。


「お兄ちゃん?」


彼女は最初、何が起こったかわからなかった。

ただ見えるのは苦しそうな兄と中庭のいたるところに飛び散った赤色だった。


「ああ、間違って刺しちまったよ、用があるのはあんたの方なのにねぇ、姫さん。お兄さんが庇ってくれてよかったねぇ」

「あたしのせいでお兄ちゃんが?」


彼女の顔が見る見るうちに青ざめていく。


「そうだよ。姫さん。わかったらさ、その罪を認めて死にな、偽りの姫さん」


男の目には殺気が満ちていた。


「そんな……そんな」


彼女は頭を抱えて、叫んで、その場で倒れて気を失った。

しかし現在のセレスの精神だけは残っていた。

そしてラグナは小さく彼女の名前を呟いてから、よろめきながら男に向き直る。


「聞き捨てならないな……どうしてセティを狙った、答えろ」


彼は血がにじむ場所を気にしながらも男への追求を忘れない。

その気迫はすさまじかった。その気迫に男はひるみ、ナイフを床に落とした。

そしてその男は彼らを襲った経緯を喋り出した。


「お、襲った理由は簡単ですぜ、姫さんが王族の血を継いでいないのに王族に名を連なっているのが気に入らない人がいるんですよ」

「どこの誰だ、言わないと順番に刺していくぞ」


彼は男が落としたナイフを拾い、男に見えるように向ける。


「ひぃ、言います、言いますから命だけは……」

「いいから続けろ」


彼の心には慈悲の心はなかった、ただあるのは大切な者を傷つけられという怒りだけである。

そしてその顔には表情が無かった。それを見てセレスは少しだけ微笑んだ。


――あの表情、あのあたしに似ている……。


彼女はいつもラグナといても疎外感を感じていた。

だから自分と似ている表情を知れて嬉しかったのだ。

たとえそれがどんな表情であっても。


「依頼人はご貴族様です」


男は少し落ちついたのか敬語交じりで話していた。


「依頼人の名前は?」

「それが、わからないのです。貴族だということはわかるのですが……」


ラグナは男の言葉に少し気を落とした。


「もういい」


彼は相手の男に背を向けた。


「帰っていいので?」


「ああ、別にいいぞ、ただお前は依頼人に命を狙われるだろうがな」

「そんな馬鹿なことが……」

「お前が依頼人のことを話した時点でお前は死ぬ運命になってしまったのだよ」


男はそれを聞いて恐ろしさのあまり、その場から逃げ出そうと数歩先に進んだが、その時につんざくような大きな音がして彼はその場で倒れた。


――何が起こったの?


セレスにはわけがわからず、彼女の思考はラグナが次の言葉を発するまで止まっていた。


「勝手に殺すな、ヴァン」


ラグナは誰もいないように見える柱に目をやった。

そしてセレスは出てきた人物に驚き目を見開いた。


「あらら、ばれていましたか」


ちょうど柱の裏に隠れていたヴァンは彼女がよく知っている彼だった。

彼女はそれに憎悪を覚えたが彼には伝わるわけがなかった。

そしてその彼は特に気にした様子もなくそこから出てきた。


「こんなことに魔銃を使えるのは、この国ではお前ぐらいだ」


魔銃とは見た目は普通の拳銃とあまり変わらない形だが、魔力を魔銃に装填することで魔力を弾丸にするという代物だった。そしてこの魔銃は適性者が異様に少ない。だから使用できるものは限られている。

その魔銃を腰のベルトに彼は戻しながら、特に変わらない様子でラグナに話しかけた。


「まあそうでしょうね、魔力の痕跡が残りますからすぐに足がつきますしね。でも普通の拳銃のような見た目で、一度に装填できる数は限られていますが、弾を持ち歩かなくても自身の魔力が切れなければ半永久的に撃てますからとても便利ですよ。それにあのまま逃がしたらあいつは一生追われるでしょうからあれでよかったんですよ」


ラグナは彼の最後の言葉に悲しそうな顔を浮かべたが、それには触れずに話しを進めた。


「それでヴァン、あの男に家族がいたか調べてくれ。それで良心的な人たちだった場合は保護をしてやってくれ」

「はいはい、わかりました。しかし王子、いつまでそんなことをやるつもりで?」

「いつまでもだ、僕ができることなら何でもやるさ」

「そうですか。では王子、仰せのままに」

「ああ、ヴァンにしか頼めないからな」


そう彼が笑顔で言うとヴァンは照れているのか彼の顔を見ずに歩き出した。


――お兄ちゃんはあの人を信頼していたのね、でも彼はそれを裏切った。

――お兄ちゃんはその時、何を感じたの?

――私にはそれが怖いよ。


「ううん……」

「セティ、よかった無事かい」


幼いセレスの身体はようやく起きたようでラグナを安心させた。

しかし反対にセレス自身は安心できなかった。

なぜならそこには赤い血が滴る兄の姿があったからだ。


「お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」


セレスは兄の目を見ることができなかった、自分のせいで兄が傷ついたと思い、罪悪感に苛まれていたからである。

その気持ちを感じたのかラグナはセレスの頭を軽く撫でながら優しい声で話し出した。


「セティのせいじゃないから大丈夫だよ、それに僕は生きている」


そこにはいつもと変わらない表情を浮かべた兄がいた。

それに安心した彼女は頷いた。


「よかった……それなら安心……だ」


そしてラグナは笑顔を浮かべたまま気を失った。


「お兄ちゃん!」


セレスはどうしたらいいか見当がつかずに固まってしまったが、そのすぐ後に医者が慌ただしく近づいてきた。

どうやらヴァンが医者を呼んでいたようでラグナはなんとか一命を取り留めた。

そしてこの事件のおかげで彼女の心にはある決意が浮かんでいた。それは……。


――あたしのせいでお兄ちゃんが死にかけた、あたしのせいで……だから私はお兄ちゃんを守れるだけの力が欲しい。


という幼い少女が持つには少しだけ大きい決意を。






ここまで読んでいただきありがとうございます。

まだまだ試練は続く予定です。

のんびり読んでいただければと思います。

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