第3章 魔導王国エテルノセノクへ
グリスは諦めて用意されていた布団に入った。疲れていたのかすぐに彼は眠ってしまった。
そして彼は夢を見た。
夢は真っ黒な空間にグリスと顔が見えない10歳ぐらいの少年がいた。
だがまとう雰囲気はとても少年には見なかった。
――聞こえるか、グリス・エタロン。
――貴方は誰?
――ワシは通りすがりの夢旅人じゃよ。
この言葉にグリスは嫌な顔をして、少年をじっと見つめる。
――本気で言っているの?
――その言葉は痛いのぅ、いやそんなことよりも今から言うことをしてほしい。
その声は優しく、彼にとって懐かしいような気分になるような声だった。
その声に同意した彼は問いかけた。
――何をすればいいんですか。
――明日、姫と医者がエテルノセノクに向かう、それにグリスも同行してほしいのじゃ。
――どうして?
――ワシの個人的なわがままと未来のためにじゃ。
彼は少しだけ迷ったが頷いた。
――いいですよ、貴方は他人な気がしませんから。
――それはよかった。では待っている。
この声はだんだんと聞こえなくなっていった、それに一抹の寂しさを覚えながらグリスは目が覚めた。
彼は夢の声に言われた通りにするために支度を始めて、二人を探し始めた。
しかし辺りの男性に話しを聞いてみると、もういないという返答があった。
「二人はもういないの?」
「ええ、もう行かれてしまいました」
「どうしても会わなきゃいけないのに」
あの夢はもしかしたら嘘かもしれない、そう思う気持ちもあるが、自分の夢のお告げはよく当たる。
だからないがしろにはしたくないという気持ちがあった。
それにあの夢のお告げはいつもの夢のお告げとは違うような気もしていて、あの夢の通りにしないといけないという気がしたのだ。
だからグリスは焦った、それに二人だけでは魔物に会った時に対処しきれないと思ったからだ。
その焦った表情が伝わったのか彼はエテルノセノクまでの道を教えてくれた。
グリスは礼を言ってから二人を追いかけた。彼らの無事を祈りながら。
洞窟から南東の方角の森に二人はいた。
そして二人はグリスが心配した通りに魔物に囲まれていた。
その魔物は熊の身体に羽が生えており、さらに巨体だったが猫並みに身軽であった。
魔物は二人に人の肉が引裂けそうな鋭い爪を振り落とした。
しかし二人はそれを素早くかわして、その隙に斬りかかる。
一匹ずつ倒していくが次々と魔物が現れる。
その現状にロッシュは舌打ちをする。
「くそ、キリがねえ」
「諦めないでロッシュ」
「わーあってますよ」
剣を構え直すロッシュ、そんな時に頭によぎるのは、あの場に残したグリスのことだった。
――こんな時、あいつがいれば……。
彼は頭を横に振る。
――いや、今さらだろうが……あいつを残したのはしょうがなかったんだ、この世界をあいつに見せるわけにはいかないんだ。
そう思いながらも剣を振る、そして魔物の姿が見えなくなったので安心し、彼女の無事を確認するために彼女のいる方角に視線を動かし確認すると、彼女は致命傷もなく無事だった。
そして無事を確認すると、彼は安堵の表情を浮かべ、気を緩めていた。
すべての魔物を倒した、という思いもあったからだ。
だがまだ残っていたのである。その魔物はロッシュの後ろに忍び寄っていた。
それに気がついたセレスは叫んだ。
「ロッシュ後ろ!」
彼女のその言葉に振り向いたが時すでに遅く。
「くっ、間に合わない」
彼は冷や汗をかきながら魔物を見つめ、剣で防ごうとしたが彼の身体は宙に舞い、地面に叩きつけられた。
彼はどうにか意識は保っていたが身体が動かなかった、それでも彼は姫に逃げるように伝えたかったが声が出なかった。しかし彼女にそんな心配はいらなかった。
彼女は彼を見ながら先ほどの魔物を斬り倒すと彼が飛ばされた場所に駆け寄った。
「大丈夫? 今、治療するわ」
そう言って彼女は包帯と薬を懐から取り出して、薬を塗った。
「すいません、姫様」
「気にしないでください、それよりも私も回復魔法が使えれば」
彼女はてきぱきとロッシュを治療する。
これではどちらが医者かわからない状態である。
「それはしょうがないですよ、魔法の系統はその人の素質によりますから、姫はあまり魔法の素質自体ありませんから……」
「わかってはいるのです、それでもこういう時に簡単に治せないのがもどかしいのです」
「俺がケガをしなければ、治せたんですけどね」
こう見えて回復系ですからね、と少しだけおどけながら答えた。
それでも彼女の表情は暗かった。
そんな時だった、この場の雰囲気を払拭するような、のんきな声が聞こえた。
「おーい、ロッシュ、セレス姫」
それは二人を追いかけてきたグリスだった。
「よかった、無事……じゃないみたいだね」
彼はロッシュを見てから一旦、口を閉じて言い直した。
「見りゃあわかるだろ、ってか、何で来たんだよ!」
森にロッシュの怒鳴り声が響いた。その声にグリスは少しひるんだがロッシュの目を見て、来た理由を話した。
それを聞き終えると、ロッシュは納得したように呟いた。
「なるほど夢のお告げか……」
「そうなんだよ」
「それってどのくらい当たるのかしら?」
「グリスの夢のお告げはかなりの確率で当たる」
ロッシュは過去のグリスの夢のお告げの的中率を思い出して、懐かしむように言った。
「……それなら、彼にもエテルノセノクまで来てもらわないといけないのかもしれないわ、たとえそれが彼の心の奥底の心理で見せられた夢だとしても。何かあるのかもしれない」
その言葉にグリスは真剣な表情をしていた。
しかしその反面、ロッシュは乗り気ではなさそうだがグリスの顔を見て、ため息をついて諦めた。
「わーあったよ。グリスも一緒に行こう」
「よかったぁ……断られたらどうしようかと思ったよ」
「断られても勝手についてくる気だったくせに」
「ばれちゃった?」
「何年のつき合いだよ、まあいいや、行こうぜ」
グリスは頷き、三人は森を歩き始めた。
それがまた彼の運命を変えた。
帝国リアンゲール城、この城は全長五十メートルもあるが主塔には兵の一人もおらず、跳ね橋も上がっていて、外からの侵入者を入れないようにしていた。
そして白く輝いていた城壁も今は見る影もなく、くすんでいた。
城の外では様々な姿形をしている魔物たちが徘徊していた。
城内の薄暗い、帝王の間の玉座に座っている男がいた。
ここで彼は部下の報告を聞いていた。
「ロキ様、レジスタンスのメンツが動き出しました」
そう報告したのは少女だった。少女の髪は金髪で、三つ編みのおさげを癖なのかいじっている。
そしてロキと呼ばれた男は暗闇の中にいるために顔はよくわからなかった。
「そうか……映像をこっちに回してくれ」
「はい」
機械をいじる音が響く、しばらくするとロキの前にあるモニターに映像が送られた。
その映像は先ほどのグリスたちのやりとりだった。
そこまでならこのボスにとっても脅威ではなかった、エテルノセノクという単語とある一人の人物を視界に入れるまでは……。
彼はその単語に薄ら笑いを浮かべ、そしてある人物を視界に捕らえた瞬間に表情が凍りついた。
「なぜ、こいつがいる……ノルン、ユダとヴァンを呼べ」
彼は苛立ちながらも指示をしたが、ノルンと呼ばれた少女がその名を呼ぶ前に暗闇から声がした。
「もうすでにおります、ロキ様」
その場に現れたのは二人組の青年だった。片方は顔をふくろうの形の仮面で隠し、髪から服まで真っ黒な青年と、もう一人はグリスたちの村を襲った青年だった。
「来ていたのか……」
「来ていたかは酷いですよ、こんな美男子を捕まえておいて」
「寝言は寝て言え、ヴァン」
あくまでふざける彼を軽く叩くと、彼から小さい悲鳴がもれたが、それを無視して彼はロキの方に顔を向ける。
「それで何の御用ですか? ロキ様」
「あのレジスタンスがエテルノセノクに向かっているらしい、お前たちは後をつけろ、そしてあいつらが辿りついた時、レジスタンスのメンバーを確保し、その街を破壊しろ」
「了解しました」
その任務をユダは心に留め、ヴァンと共に暗闇に消えた。
残ったノルンはおさげを触りながら少し不服そうに呟いた。
「わたしが行きたかったわ」
「ノルンが行くと騒がしくなるから無理だよ」
「ロキ様はわたしの可能性を潰しすぎです、わたしは貴方のお役に立ちたいのに」
彼はその言葉に何も返さず、ただ優しい笑顔だけを浮かべた。
洞窟を出てからもう二日が経とうとしていたが、まだエテルノセノクは見えなかった。
そればかりかこの辺りには大きな滝と河しかなかった。
「おかしい、聞いた情報だと、ここら辺のはずだが」
「入り口が隠されているのかもしれないよ」
「まあそうかもな、そうじゃなきゃ、今まで見つからないはずはないからな」
そう言いながら三人は必死にこの辺りを見渡すが先ほどの滝の他に特に目立ったものは見当たらない。
そこで一息つこうという話しになり、二人は好きな場所で休憩を始めた。
そしてグリスも休憩をしようと辺りをさらに見渡すと、一つだけぽつんと置いてある岩があった。
グリスは休憩ができそうとその上に座った。
するとどこからか不自然だが、綺麗な音楽が流れた。
「何だ、これ?」
「この場には不自然な音楽ですね」
二人はただ驚くだけだがグリスだけは違った。
――この音楽を僕は知っている?
その感覚に疑問を抱きながらも、彼は岩から立ち上がった。
すると音楽は止み、大きい音が響いた。
驚きながら音が聞こえた方を見ると滝の水が止まっていた。
水が止まった滝の下にはそこまで大きくない洞窟があった。
そしてグリスはその滝を見ながら呟くように言った。
「この先にあるよ、エテルノセノクは」
それには確証はなかった、それでも彼はそう感じたのだ。
「どちらにしてもここしか道がない、行ってみるしかないな、さあ姫様、行きましょう」
そう言って彼らは慎重に洞窟の奥に進んでいった。
この洞窟の中は薄暗かったが緑色に光っていた。
その風景はとても幻想的だった。
「とっても綺麗だけどこれは何が光っているのかな?」
「……シオンモースという絶滅した苔だ」
「さすがですね、ロッシュ」
セレスは感心したような声だったが、彼はそれに対して悲しそうに呟いた。
「これはとある病気の特効薬だったから覚えていただけですよ」
それだけ言って彼は先に進んでいった。
ただグリスは彼の言動が気になったので、その苔を少しだけ持っていた小袋に採取してから、彼に続いた。
洞窟の中は特に迷う要素はなく一本道だった。
しばらく歩いていると前方から緑色の光ではなく、太陽の明るい光が差してきた。
その光に安心したのか彼らは少しだけ微笑んだ。
「あっ、出口だね」
「そうですね、しかしここで気を抜いてはなりません。何があるかわかりませんから」
その言葉に気を引き締めた。
そして後ろから聞きなれない高い声がした。
「その通り、なかなか賢いお嬢さんだ」
「だ、誰だ」
グリスとロッシュは剣を抜きながら、後ろを振り向くとそこにいたのは少年だった。
しかもただの少年ではない、グリスの小さい頃にそっくりなのである。
ただ一つだけ違うところは瞳の色だった。
グリスは青色だが彼は紅色だった。
二人は驚き、剣を手から落としそうになったが再び握り直し、恐る恐る口を開いた。
「小さい頃の僕?」
「どうしてグリスにそっくりなんだ」
「それは秘密じゃ、ミステリアスでいいじゃろ?」
「答えになってないぞ」
そのロッシュの発言をこの少年は軽く無視して勝手に話しを進める。
「それはさておき、ワシについてくるがよい。おぬしらが知りたいことを説明してやるからのう」
そう言って彼は一人歩き出し洞窟の外に出た。
彼らはその少年を疑いながら、後に続いた。しばらくすると彼らは洞窟の外へ出た。そこには町があった。そして少年は見えている町を指差した。
「ようこそ、我がエテルノセノクへ」
「ここがエテルノセノク?」
そこで見たの何の変哲もない普通の町だった。変わった点があるとしたら様々な国の建物が混ざり合っているという点だけである。それを見た彼らは少し拍子抜けしてしまった。
彼らは不思議な空間を想像していたからである。
「驚いかのう、普通で」
「そんなことは……」
「まあ、この町並みには理由があるんじゃよ、まあ続きは我が家で話そう」
そう言って彼はある一軒家を指差しながら歩いていったのであった。
聞きたいことは山ほどあったが彼らは少年のあとをおっていった。
彼の家は薄暗く、窓は紫色のカーテンですべてが隠れており、しかし家具は一通り揃って置いてあった。
彼はその中で彼らに椅子に座るように勧め、自身も椅子に座った。
「さて、何から話そうかの」
「まずはこの町について教えてください」
グリスのその問いに頷き、彼は話し出した。
「じゃあ話すかの……この町はすべてが虚構なんじゃよ」
「偽物ということですか?」
「そうじゃな、まあ正確にいうと触れるから完璧な虚構ではないがの」
「どうして、そうなってんだ?」
「侵略者の目を欺くためじゃな、だから本物の街はまた別のところにある」
何かと最近物騒だからのう。
と、おどけた様子で彼らに言った。
「じゃあ、僕らがここに来たのは無駄なんですか」
「いや無駄ではないぞ、ワシがいるのじゃからな」
その自信満々の様子を見て、セレスが呟くように聞いた。
「貴方は一体何者なのかしら」
それを聞くと彼は小さく笑みをこぼし、声高らかに叫んだ。
「よくぞ、聞いてくれた。ワシこそが魔導王国エテルノセノクの長にて魔を統べるもの、エトラ・オンブルじゃ」
彼らは単純に驚いた、この少年がこの国の長ということにそして次の言葉にも。
「ふふん、驚いたかの。グリス、ロッシュ君、それにセレス姫」
「どうして私たちの名前を知っているの」
その驚いた表情に心底楽しそうに告げた。
「ワシにかかれば簡単じゃ、それに先ほど言ったように、ぬしらがここに来た理由もわかっとる」
「じゃあ、あれを解決する方法を知っているのですか……」
彼女はすごい勢いで彼との距離を縮めた。
その彼女にグリスは首を傾げた。
「セレス姫、あれとは何ですか?」
「そんなことも教えとらんのか、あれとはな、リアンゲールに張っている結界のことじゃ」
「結界? それもリアンゲールを征服した奴がやったの?」
「正確にはあやつが持っているエテルノセノクが使い手と自らを守るために部外者を弾くために張ったものじゃが」
「あの剣にそんな使い方があるなんて……」
「誰にでも自己防衛の気持ちはあるんじゃよ」
彼は何かを思うように空を見つめ、真面目な顔つきになってからグリスたちを見た。
「さて本題に入るぞ、あの結界を破るにはあの剣がもしもの時に作り出した分身である三つの玉が必要じゃ」
「どうしてそんなめんどくさい方法しかないんだよ」
「簡単に解けてしまったら身を守る結界として意味がないからのう」
正論だったのでロッシュは黙り、彼女が代わりに話しを促した。
「それで方法はわかりましたが、その三つの玉はどこにあるのかご存じでしょうか?」
「リアンゲール以外の三国にバラけて存在しておった」
「おった? それはどういうことでしょうか?」
「玉がバラけてから一千年以上経っておるからのう、他の国にしっかりとあるかどうかも確かではないのじゃよ。ただこの国のはここにある」
エトラが指差した先には黒く光沢のない、水晶玉ぐらいの大きさの玉があった。
「それじゃあ、残りの二つを集めれば、敵陣を叩くことができるね」
グリスは単純に侵略者を倒す可能性が見えて嬉しいのか笑っている。
しかしエトラは渋い表情を浮かべた。
「いや、それだけじゃダメじゃ。この玉に認められなければならぬのじゃ」
彼は黒い玉を持ち上げ、グリスたちに近づけた。
「どうやって認めてもらうんだ?」
「よくあることじゃ、試練じゃよ、試練。この玉の試練に合格すればいいのじゃ」
彼らはエトラが言った試練のことは理解したが漠然としていて、少しだけ混乱していた。
そして一番早く冷静さを取り戻したのはセレスだった。そして彼女は尋ねた。
「エトラ様、試練を受ける条件などはあるのですか」
「条件はない、ただ手をかざすだけでよい」
「わかりました」
セレスは小さく頷くと黒い玉に手をかざそうとした。
しかしかざそうとした瞬間、ロッシュが彼女の手を掴んで止めた。
「姫、いきなりやろうとしないでください。どんなことが待っているかわかりません」
「私はどんなことでも構いません、現状を打破できるのならば」
セレスは再び手をかざそうとすると今度は言葉に止められた。
「セレス姫、それは本心?」
「なぜ、そう思うのですか」
「セレス姫はさっきから、僕らの方を見ないで話していたから、何か隠しているのかと思ったのですが」
微かにセレスの顔が歪んだが、すぐに笑顔になり、それをグリスたちに向けた。
「そう思っています」
凛とした声でそう言われてしまうと二人は何も言えなかった。
そして彼女は黒い玉に手をかざした。
するとセレスは黒い玉の中に吸い込まれてしまった。
いきなり消えたセレスに残された二人はさすがに動揺を隠せなかった。
それを安心させるかのようにエトラが二人の前に移動した。
「安心せえ、試練が始まったのじゃ」
二人はそれでも不安は解決せず、さらに悪いことに不安の種がこの場で増えたのだ。
「それはとても興味深いことを聞きましたね」
この声は冷たく透き通る声だったが、彼らを不安にさせるのにはそれで十分だった。
「誰だ!」
二人は後ろを振り返った。
そこにいたのは軽薄そうな青年とふくろうの仮面をつけた青年、そうヴァンとユダだった。
グリスたちは用心のために剣を抜いた。
しかしヴァンたちは特に気にした様子もなく、冷たくグリスたちを見つめる。
そこで彼らは気づく仮面の青年はまったく面識がなかったが、もう一人の方は彼らの中の辛い記憶の一部にとして刻まれている人物だと。
「貴様らに言う必要はない」
「そうそう、君らに言う必要はないよね」
その変わっていないヴァンに彼らは苛立ち、拳を握り締めた。
「お前は十年前の……」
「師匠の仇」
二人は怒りをにじませた。だがグリスの怒りはヴァンの言葉で驚きに変わった。
「ふうん、君は知らないんだね。隊長のこと」
「どういう意味だ」
「そんなことはいいから、何しに来たんだよ」
ロッシュはグリスたちの会話を不自然な形でさえぎった。
それに敏感に反応したのはヴァンだった。
「そんなにこいつに知ってほしくないのねぇ。じゃあ言っちゃうよ。いいよねぇ?」
新しいおもちゃをもらった子供のように彼は楽しそうに踊っている。
「好きにしろ……だが、それが終わったら目的を果たすぞ」
「了解、了解。じゃあ話すけどねぇ」
「言うな、言うんじゃねぇ」
ロッシュは明らかに様子がおかしかった。
しかしそれで止める奴ではなかった。ヴァンは言葉に含みを持たせながら言った。
「セルマ隊長は生きている」
グリスは驚いた。生きているという事実に、そして嘘をつかれていたということに。
彼はあまりのショックでその場で崩れ落ちてうずくまる。
「そして彼女は」
ロッシュはその続きをさえぎるようにヴァンに向かって剣を上から振り落とすが、それはヴァンには届かなかった。剣が届かなかったのは、ユダが鉄扇で受け止めていたからである。
「短気な若者だな」
「そこをどけよ」
「無茶な頼みごとだ」
互いに譲らずに硬直状態になった。ロッシュはこの状況に焦っていた。
あれをグリスに知られてはいけない、そう思っていた。
しかしその努力は皮肉にも無駄になった。
ヴァンはうずくまるグリスに近づき耳元でささやいた。その言葉に彼は絶望した。
「嘘だ、嘘だ……」
彼の顔には生気はなく、ただそれだけ呟いた。
「グリス、しっかりしろ」
彼はグリスに駆け寄りたかったが、ユダが鉄扇を引かず、ロッシュは動けなかった。
「仲間の心配をしている場合か」
「無駄だよ、こいつらはそういうやつらなんだよ」
呆れているような口調だがその声は浮かれている。
「だからそれを粉々にぶっ壊さないとね」
その楽しそうな声に、ロッシュは身震いするほど恐ろしかった。
「殺すなよ、確保命令が出ている」
「わかってますよ」
殺すなと止められたが、ヴァンの身体からは殺気が漂っている。
ヤバイ、そう肌で感じていたロッシュだが、ここは家の中、逃げ場はどこにもない。
それに仮にあったとしても彼が今のグリスとエトラを抱えて逃げることは不可能だった。
ロッシュは今の絶望的な空間に何もいい案が浮かばなかった。
そんな時、今まで黙っていたエトラが叫んだ。
「ロッシュ君、グリスを連れてこっちの魔法陣に飛び込むのじゃ」
その言葉にロッシュはいち早く反応し、ユダの鉄扇を弾いてグリスを引っ張って、言われた通りに魔法陣に飛び込んだ。
ロッシュたちの姿が消えたのを確認するとユダはエトラに殺気を飛ばした。
「貴様……いつの間に」
「君らがこの家に来た時からじゃ、まあそんなことはどうでもよいじゃろ」
エトラはセレスが中に入っている黒い玉を抱えて、魔法陣に近づく。
「そうはいかないよ」
ヴァンは隠し持っていた短剣をエトラめがけて投げるが、あと一歩のところで彼は魔法陣に消えた。
「くっ、逃がしたか」
ヴァンは反応しない魔法陣を忌々しそうに踏みつける。反対にユダは冷静だった。
「任務は失敗してしまったが、情報は入手した。それをロキ様に報告しに戻ろう」
「この町は破壊しないんですか? ここを壊すのも指令のはずですが?」
「この町は偽物さ、だから壊しても意味なんてないだろう?」
彼はそう言って、つかつかと来た道を戻った。
「納得がいかないけど帰りますか」
ヴァンも渋々ながら、歩き出したユダの後に続いた。
グリスたちが飛んだ先はたくさんの時計が天井近くまで置いてあり、時計の音がうるさく鳴っている場所だった。
ロッシュは先ほどまでと違う異様な光景に我が目を疑いながらエトラに聞いた。
「ここはどこだ?」
「ここは本物のエテルノセノクじゃ」
「……いいのかよ、俺たちを連れてきて」
「気にしなくてよい、それにここが一番安全じゃからな、それにグリスはここに連れてくるつもりだったしのう」
そう言ってエトラは今も心ここにあらずの状態のグリスの頭を撫でる。
その手の暖かさにグリスはなぜか母親の手を思い出していた。
そしてグリスはそれで少しだけ落ちついたようで顔を上げる。
「エトラさん……」
「落ちついたかい」
「はい、何とか」
「それはよかった、じゃあロッシュ君にもその顔を見せてあげるのじゃ」
エトラは優しく笑い、グリスはロッシュの方を向く。
その表情を見たロッシュは安心したようだった。
「グリス、落ちついたんだな」
「うん、でも正直ごちゃごちゃだよ。これが真実なのかも、だから本人に直接聞くよ、色んなことを」
「そうだな、そうしてやれ」
「だから待つよ、帰ってくる時を」
それでもその言葉を言った彼は、まだ少しだけ震えていた。
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