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時間の騎士様  作者: 灯
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第6章 試練は進み、真実は残酷である


リアンゲール城の一室である兵士詰所の前にセレスはいた。

彼女はそこに迷いなく入り、中にいる人物に話しかけた。


「アルド隊長、頼みがあるのです」


そう問いかけると金髪の髪の三十代を少しすぎた中年男性が振り向いた。

彼はグリスの父であるアルド・エタロンだった。

彼女の鋭い表情に気づいた彼は先ほどまで同僚と話していた時の、和やかな笑顔から真剣な顔つきになった。


「何用ですか、姫」

「あたしに剣を教えてほしいの」

「なぜですか? 護身術だったらもっといい人がいますよ」

「護身術はあくまで身を護るためのもの、あたしは相手を倒せる力が欲しいの」


彼女の瞳は純粋だった。

その純粋な瞳ゆえに彼は少しだけ恐怖を覚えた。

少女にそれを感じるのはある意味騎士としては恥かもしれない、それだけ彼女の瞳は力強かった。

だから彼は彼女の望みを叶えることを選んだ。


「いいでしょう、明日から始めましょう」

「ホントに? ありがとう」

「いえ礼にはおよびませんよ、それと僕のことを師匠と呼ぶように」

「はい、師匠」

「気が早いね」


そう言った彼の微笑みはとても優しかった。


「では明日の朝5時に中庭に来るようにね、そこで他の騎士と一緒に基礎練習をしてもらうからね」

「はい、師匠!」

「では、また明日ね」

「はい!ありがとうございます」


そう言って、彼女は外に出て行った。


こうして彼女はアルド・エタロンを師事し、彼女は修行を始めた。



そして一年の月日が流れた。彼の過酷な修行に、泣き言一つ言わず、セレスは耐えていた。

今ではそこらの騎士よりも強くなっていた。


「それじゃあ、今日はここまでおしまい」

「はい、ありがとうございました」

「それじゃあ、また明日」


彼は手を振って彼女を見送った、彼女は負けまいと大きく手を振った。

そして今日の彼女はとてもご機嫌だった。

今日の午後は久しぶりに兄と買い物に行ける日だからである。

そして現在の彼女はここで気づくべきだった、今日が王子の暗殺日だということを。


「どこに買い物に行こうかな、食材かな? 新しい扇かな」


彼女はあの厳しい修行の帰り道を浮かれた様子で歩いていた。

しかし現在のセレスの心は妙な焦燥感に駆られていた。


――何かを思い出しそうな気がする。

――思い出して、思い出すな。


その二つの思考が反発する。


――頭が痛いどうして?

――先に進め。

――先に進むな。

――どうしてそんなことを言うの?


しかしその問いに答える者はいなかった。

ただそれが頭の中でこだまするだけだった。

その時、声が聞こえた。それはラグナとヴァンの声だった。

彼女はそれが気になり、声のする方を見つめた。

そこで彼女が見たのは、ヴァンとラグナが言い争いをしている場面だった。

セレスはとっさに柱の近くに隠れて様子を見た。


「何を言い争いしているの? 怖いよ」


彼女の顔は青ざめていたが、彼女はその場から離れられなかった。

彼女はあの事件が頭から離れないからである。

だから彼女は短剣を抜き、いつでも出ることができるように構えた。


「大丈夫、今のあたしなら、お兄ちゃんを守れる」


セレスはそう自身に暗示をかけていた。

そうしている間に二人の言い争う声はだんだんと大きくなっていった。

そしてついにヴァンがラグナの胸元を掴み、ラグナの身体は宙に浮かぶ。

さらにヴァンは手元によくわからないカプセルを持っていた。

彼はそれをラグナに飲ませたのた。

それを見て焦った彼女は短剣を握り締めて、その場所に出た。

いきなり現れたセレスにヴァンは驚き、ラグナの胸元を掴んでいた手を離した。

そのせいでラグナは床に打ちつけられ、苦しそうにうめいていた。

それで彼女は二人の距離が開いたのを見て、少し安心したが、警戒はまだ緩めなかった。


「お兄ちゃんに何を飲ませたの? もしかして毒か何かなの?

「そんなわけないじゃないですか、姫様、私は王子の護衛ですよ」

「だったら何を飲ませたの? お兄ちゃんは苦しそうにうめいているのよ。それなのに違うって言えるの

「それは……」


ヴァンは言いにくそうに口籠もった、セレスはそれを彼がラグナに毒を飲ませたことを肯定していると感じ、短剣を彼に向けた。


「やはり貴方がお兄ちゃんに……」

「人の話しを聞かない姫だね」

「だったら答えてよ」

「それは難しい相談ですよ」

「それなら、無理やり聞かせてもらうだけよ」


セレスは短剣をヴァンめがけて振り上げた。

しかし彼に致命傷は与えられず、かすり傷だけだった。


「まだダメか」

「いやいや、たった一年で私に傷をつけられるようになるなんて天性の才能ですかね」


ヴァンはあくまで茶化すように笑いながら言う。


「うるさい」


彼女はそれに怒りながらも剣で彼の喉めがけて切りつけた。

しかし彼はぎりぎりのところで後ろに下がって避ける。

そんな攻防はかなり長い時間続いた。

しかし勝敗は意外なほどあっけなくついた。

ヴァンが彼女の短剣を避けたわずかな隙に、彼女は彼の腹部めがけて短剣を突き刺した。

今度こそ彼女は手応えを感じていた。そして短剣をゆっくりと抜く。

その時に小さなうめき声が聞こえた。

そこで彼女は気づく。

この声はヴァンではないことに、それは先ほどまで、床に倒れていた彼女の兄の声であった。


「……お兄ちゃん?」


彼はヴァンを守るために自らの力を振り絞り、前に出て彼女に刺されたのだ。

そして彼はその場で崩れ落ちた。


「王子!」


彼はラグナに駆け寄り、セレスはただその場で呆然としていた。


――私は知らない、こんな場面、知らない、知らない、あたしは……。


「僕は……大丈夫」

「喋らないでください」

「ははっ、ヴァンは相変わらず……心配症だな……」

「黙れと言っているだろ!」


ヴァンの表情は今まで見た中で一番険しかった。

それでも彼は喋るのを止めなかった。


「セティ……こっちに」

「お兄ちゃん……あたし、あたし」


彼女の顔は悲痛に歪んでいた。その顔を彼は優しく撫でた。


「お兄ちゃんは大丈夫だからさ、だから泣かない……で、それに、彼は悪くないから」


そこでラグナは気を失った。

その場にいたセレスはひたすら、あたしのせいであたしのせいで、と呟き、泣き崩れた。


「馬鹿なことをして……」


ヴァンのその言葉はセレスとラグナの二人に向けられていた。

彼はセレスに対して憎しみしか持てなかった。

しっかりと答えなかった彼にも問題があることは自覚していたがそれでも彼はそうとしか思えなかった。


ヴァンはラグナを抱えて、その場を去った。

セレスだけをその場に残して。


――これは夢……?

――そうであってほしいよ。

――それとも現実? ……ならどうしてあたしは覚えていないの?


彼女の手から短剣が音もなく零れ落ちた。





あの事件から数日が経った。

ラグナはそのまま帰らぬ人となり、国中が騒然となっていた。

そしてセレスは、先ほどとは違う感覚に襲われていた。



この感覚でセレスは過去の自分が見たものではなく、違うものを見せられているのだと感じ、彼女は知り得なかった過去を知れる機会を得たのだと解釈した。

姿も今の姿になっている、それに周りにも見えていないみたいだった。

それがわかった彼女は牢屋に囚われている人が誰なのか確認するために牢屋のある塔に向かった。

事実として残っているのはアルド・エタロンがラグナ王子を殺したことになっている。

だが真実は彼女がラグナを刺したことが原因である。

だからきっと自分が牢屋にいるべきであると今ならそう思う。


それにこのあたりの記憶はなぜだか不自然なほど帝国に残っている記録通りのことしか覚えていない。


だから彼女は牢屋に向かった。


ようやくたどり着いた牢屋にいる彼は普段より痩せこけているが、まだ元気そうに見えた。


彼はあの事件で王子を刺した犯人としてここに囚われていた。

彼が捕まったのはセレスが王子を刺した犯人であるということを王がもみ消すためであった。

しばらく彼を見つめていると誰か訪ねてきたみたいだった。

その来訪者は悲しみと疑問を浮かべてここに来ていた。

そんな彼の心情を知ってか知らずか、わからないがアルドは力なく笑って彼に声をかけた。


「ああ来てくれたの、ロック」


この場に来たのはあのロックだった。


「アルドさんの頼みですからね」


かなり若い彼は、不自然な笑顔を浮かべおり、その不自然な笑顔以外は、今のロッシュに似ていた。


「そう言ってくれて嬉しいよ……実は頼みがある」


ロックは黙って頷いた。


「これをセレス姫に飲ましてから連れてきてくれないか?」


そう言って見せたのは一粒の錠剤だった。これを見てロックの顔から表情が消えた。


「アルドさんこれは……ダメです、これは……」

「よく知っているね、これは相手の記憶を消し、違う記憶にすることのできる秘薬だ」

「そんなものを飲まして、どうする気ですか……」

「彼女のあの記憶を……大事な人を傷つけたことを受け止めきれるようになるまで消しておいて、僕がしたことにする。たぶん記録には僕が王子に手をかけたことになるだろうし」

「そんなの貴方がやる必要あるんですか、アルドさん」


ロックが辛そうに叫ぶと、彼は反対に力強い目で薬を渡した。


「頼んだよ」


その目に言葉に彼は負け、セレスのところへと向かった。

そして現在のセレスも後に続いた。


セレスの部屋には女の子らしい飾り気はあまりなく、彼女のここでの扱いを表しているかのごとく殺風景だった。

そして彼女はベッドの上でうつぶせになりながら嗚咽をもらして泣いていた。


「師匠、どうして貴方があたしの代わりに犯人になるの? あたしのせいなのに……あたしが師匠に教えを請わなきゃこんなことにはならなかったのに……こんな力、手に入れなければ」

そんな彼女にロックは優しく近づき、声をかけた。

「セレス姫、顔を上げてください」

「貴方は?」

「小隊長のロック・ウェイランドです」

 

彼は彼女に軽く自己紹介をした。

それを聞いた彼女は力なく微笑むと彼の次の言葉を待った。


「さあ、気持ちを落ちつけるための薬を持って参りました、お飲みください」


彼女はその薬を言われるがまま受け取ると、差し出された水を受け取って、一気に飲んだ。


「気分が落ちついた気がします。ありがとうございます」


ロックは笑っていたがその顔は歪んでいた、しかしそれには彼女は気がつかなかった。


「……姫様、アルドさんに会いに行きませんか」

「先ほどの言葉聞いていたのですか?」

「はい、ですから本人に聞きに行きましょう、知りたいでしょう?」


その呟きに彼女はよろよろと立ち上がり、部屋を出て牢屋に向かった。

ロックもそれに続いた。



彼女が牢屋につき、アルドに近寄った時、彼の変わり果てた姿に、彼女はせきを切ったように泣いた。

それを慰めるように彼は彼女の頭を撫でる。


「セレス姫、自分を責めないで、力の使い方を教えることができなかった、僕の責任だから」

「違うわ、あたしが未熟だったの、それにみんなあたしの話しを聞いてくれない……師匠が犯人じゃないって、みんなに言ったのに誰も信じてくれないの、あたしのせいなのに、あたしのせいでこんなことになって、ごめんなさい、ごめんなさい……」


彼女の顔は歪み、目から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。


「泣かないでセレス」

「でもあたしが、あんなことをしなきゃ、あたしのせいだ、あたしの……あたしの」


彼は先ほどよりさらに優しく撫でた。そして彼女は気持ち悪そうにうつむいた。


「師匠、気持ち悪い……」

「大丈夫かい? 休むといいよ」


アルドが彼女から手を離すとその途端に彼女の顔は険しくなった。


「貴方に心配されるいわれはありません、王子殺しの貴方に」


急に態度の変わったセレスに驚きもせずにアルドはにこやかに笑っていた。


「それもそうだね……でもね、セレス姫、最後に一つだけ教えるよ。力だけあっても意味なんてないんだ、力だけだと僕のようになるからね、それに力は捨てることもできる」


「そんなこと貴方に言われたくはありません、それじゃあさようなら元・師匠」


それだけ言って彼女は冷たい目で彼を一瞥して、その場を去った。

彼ら二人の安心と悲しみが入り混じった視線に気がつかないまま……。


――なぜ、こんなことが、あたしは知らない、こんなことは知らない……。


彼女は頭を抱えて叫んだ。しかし彼女は頭を横に振った。


――ううん、逃げちゃダメだ、私は思い出した。これは真実だと心が叫んでいる。

――あたしの辛い記憶はあの薬のせいでなくなり、違う記憶が上書きされた。

――アルド隊長……ううん、師匠、ごめんなさい。

――貴方の人生とグリスの幸せな人生を奪ってしまって。

――そしてそんなあたしが生きていていいの?


彼女の思考がここまで考えた時、彼女のまわりに色がなくなり、ただの暗闇が広がった。

その暗闇の中には棍を手に持っている少女と呼ばれるぐらいの歳のセレスがいた。

彼女はわざとらしく足音を立てセレスに近づいていた。


「貴女は……あたし? 小さい頃の」


彼女に疑問に答えるように幼いセレスは口を開いた。


「……半分正解で半分不正解だ、私の名前はセルマ・クレスト。幼いお前が強い力に怯え、生きたくないと思い、セレスの人格を自ら隠して生まれた、力を使いこなすための人格、それが私だ。そして姫であることを捨て騎士になった私でもある。そして兄を守れなかった後悔を、国と民に向け、彼らを救うことが罪滅ぼしになると信じていた。そして師匠に教えてもらった剣を捨て、別の武術を学んだ。だがあの時のお前は師事していた人が兄を殺したと知ったゆえの絶望と自分自身の愚かさで私が生まれたと思っていたようだがな」

「でも貴女はあたしが姫に戻ると決めた時にいなくなったはずなのに……」

「いなくなったわけではない、お前が勝手に私を封じたのだ」


セルマは一歩、また一歩と彼女に近づいた。セレスの顔には汗がたれた。


「そんなことありえない」

「お前が主人格だから、私を封じることぐらいありえるさ。そしてお前は私が消滅したと思ったのだろう、だが私はまだお前の中にいる」

「それならどうして今頃になって出てくるのよ、いたというのならあたしのことを助けてくれてもよかったじゃないの……貴女がいなくなったせいであたしは弱くなったのに……一人で何もできないほどにね、そしてあたしは一人になったの」


セレスの言葉にセルマの顔は険しく変わり、さらに悲しそうな顔を浮かべた。


「本当にそう思っているのか?」

「そうだよ、あたしは弱い、一人じゃ何もできない。それにね、あたしが苦しんでいても誰も助けてなんてくれなかったよ。そう誰もね」


それを言ったセレスの表情は苦痛と悲痛に歪んでいた。

それに対してセルマは何も言わずに持っていた棍を構えた。


「……それでは他のことを聞こう、お前は力を得るために私と戦う意志はあるか?」

「何を言い出すの? 貴女はあたしでもあるのに争う必要な……」


彼女の言葉は最後まで言うことはできなかった。

その理由はセルマが棍を振り回して彼女の腹部に棍を沈めたからである。


「くっ」


その痛さにセレスは小さくうめき声をもらす。


「……黒玉は強い物を求めている、だからお前は私を倒して、黒玉に認められないとこの力は渡せない」

「……どうしても戦わないといけないんだね」

「やめるか?」


彼女は首を左右に振った。


「戦うわ、今は負けられないの、あの世界のためにも」


セレスも細剣を抜き構える。

それに対してセルマは何か言いたそうにしていたが、何も言わずに再び棍を強く握り締める。

二人は牽制しながらその場から動かなかった。

しかし場の流れを変えるために先に動いたのはセルマだった。

セルマはセレスに向かって攻撃が当たる範囲まで踏み込み、そこから身体を右にひねり元に戻す時に棍を上に勢いよく振り上げた。

その混をセレスは細剣で受け流そうとしたがセルマの力の方が強く逆に弾かれてしまった。

弾かれた力でセレスは体勢を崩してしまった。


「なんて力なの、体勢を立て直……」

「遅い!」


崩れた体勢を立て直そうとしていたが、間に合わずにセルマの混の攻撃が腹部に当たり、セレスは右の方に吹っ飛んだ。

それでも彼女は吹っ飛んだ先で息を整えながら立ち上がった。


「……まだまだよ」

「渾身の力を込めたのに立つのか、お前はタフだな」

「あたしは世界のために黒い玉の力を手に入れるために来たのよ、だから負けられないの」


その言葉にセルマは心底呆れたような顔になった。


「……嘘をつくことをやめないか、セレス」

「な、何をいうの、あたしは嘘なんてついてない」


否定はしているが明らかに狼狽の色が見えた、嘘をついているのは明らかだった。

そしてセルマは彼女の嘘を指摘した。


「お前は途中から戦うことが怖くなってだろう?」

「途中ってどこから」


セレスは真剣な顔つきでセルマに言葉を返していたが声が震えていた。


「王子暗殺事件からだ」


彼女の顔は強張り手が震えていた。

それでも彼女は細剣を手放さなかった。


「たとえそうだとしても、あたしは……あたしは」


彼女は細剣を振り上げ、セルマめがけて振り落としたが、それは難なく受け流されてセレスの細剣は弾かれてしまった。


「まだ、わからないのかお前は」


セルマの表情は悲しみと苦しさに満ちていた。


「誰かお前に戦えと言ったか? 言ってないだろう? それならやめればいい、辛いのだろう。それにお前が戦うのをやめても誰も何も言わない」


セレスは今にも泣きそうな面持ちだった。


「一人で戦うのは確かに辛いし、苦しいし、きっとあたしが、戦うのをやめても誰も何も言わないよ。でも戦うのをやめるわけにはいかないの、だってあたしだけしか戦えないのだから、国を救うのも立て直すのも、もうあたししかできないんだから!」

「お前は今でも一人で戦っているつもりか?」

「……もちろんよ」


セルマは悲しそうに一度目を伏せてから再びセレスを見つめた。


「わからずや……」


彼女は混を地面につけた。その棍を軸にして彼女は地面を蹴り、そのままをセレスの腹部に強烈な蹴りをくらわした。

セレスは手で防御をしたがセルマの蹴りの威力の方がはるかに強く意味をなさなかった。


「くっ……」


赤い血が床に散らばった。それは先ほどの攻撃で口から血を吐いたセレスの血だった。

それを見てもセルマは攻撃の手を休めない。次々とセレスに棍を叩き込む。

一方セレスは防御すらせずに殴られ続けていた。

そしてセルマは大きな打撃を与えようと大きく混を振り上げた。

セレスはそれを見て諦めた顔で笑っていた。

その顔にセルマは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「どうしてそんな顔をするの? あたしを今叩けば黒い玉の力は貴女のものよ」

「どうして抵抗しない」

「気づいたの、あたしじゃ貴女には勝てない、それだったら貴女にこの力を預けて二人の手助けをしてあげてほしいってね」


そこにあったのは先ほどと同じ諦めたような笑顔だった。


「……私はお前のその考えが嫌いだ、どうしてお前はずっと一人で勝手に苦しんで、悲しんで最後に諦めるのだ」

「……ううん、諦めたわけじゃないよ、それよりも、もっとずるいこと、あたしは逃げたの。ごめんね、セルマ」


セレスは怖いのか目をつむった。

しかしセルマは振り上げていた棍をゆっくりと下におろした。


「……お前はまだ助けを求めてないだろう、それでも、諦めるのか」


セレスは小さく頭を左右に振った。


「途中から諦めていたの、助けを求めても返ってこないって、だからやる必要なんてない」


そう言った彼女の顔は先ほどの諦めた笑顔ではなく微妙に引きつった笑顔だった。

それを見てセルマは心の底から苛立っていた、彼女の中に頑なに助けを求めず、それでいて助けてほしいという矛盾を感じていたからである。


「お前は助けても言えないくせに助けてもらおうとするな」

「……貴女に何がわかるの? あたしが話しかけても、みんなあたしの話しなんて聞いてくれない……やっと聞いてくれても弱みを見せたら、すぐに意見をひるがえされる、それなら誰を頼ればよかったのよ、ねえ、教えてよ、セルマ」


彼女は声を荒げて叫び、セルマに掴みかかろうとしたが、セルマがそれを避けたため、セレスの手は空振った。そしてセルマは小さく語りかけるように彼女に言った。


「……いただろう、あの二人が、彼らなら助けてくれたさ、だけどお前は巻き込みまいと切り捨てただけの話しだ、そうお前は自ら孤独になっていただけにすぎない」


その言葉に彼女の脳裏にはあの時までの様々な思い出が蘇ってきた。

そして彼女は自然と涙をこぼしていた。


「……そうだったね、あたしが断ち切っただけで一人じゃなかった、あたしは一人じゃない、あたしにはあの二人がいた」


彼女はここでようやく気がついた、彼女にも頼れた人がいたことを……でもそれは彼女自身が断ち切ったことにも気がついた。それに気づいた彼女の表情はやはり暗かった。


「でも、もう遅いよ、自分で彼らを騙したのにどんな顔で助けてって言えばいいの?」


セルマは嬉しさを感じていた。

ようやくセレスがそのことに気がつき、誰かに助けてもらおうとする気持ちを持った。

それが嬉しかったのだ。


「気がついたなら簡単だ、今までことを詫びて許しをもらってから、助けてと言えばいい、彼らなら当たり前に受け入れ、助けてくれる」


そうセルマは断言するがセレスの顔色は変わらずに、ただうつむいているだけだった。

それに少しため息をつきながらセルマは自信満々に言った。


「グリスとロッシュを信じろ、私たちの弟子だぞ」


その言葉に彼女の顔つきは変わった。


「そうだ、そうだね、彼らはあたしたちの弟子。師匠であるあたしが信じないなんて、ありえないよね。大丈夫、彼らなら許してくれるよね」


後半の言葉は暗示のようなものだったが、セレスがこう思えたことが、セルマにとっては満足だった。


「その通りだ、ようやくわかったな」

「うん、ようやくわかったよ。セルマ、ありがとう」

「何、礼を言われる筋合いなどはない、お前は私だからな」

「それでもありがとう」


彼女たちは笑っていた。その笑顔は晴れやかだった。

そしてセレスは真剣な表情になり、セルマに話しかけた。


「それでね、セルマ、さっきの言葉取り消すね。あたしはあたしの力で黒い玉の力を手に入れて、二人のところへ戻るよ、だから、決着をつけよう」


彼女の顔は輝いていた、それを見てセルマは少しだけ笑うと、棍を手放した。

それを不思議に思いながらセレスは彼女に問いかける。


「どうして手放したの」

「それは簡単だ、試練が終わったからだ」

そうセルマが言うと辺りは暗闇から徐々に色がつき始めた。


「終わりなの?」

「そうだ、この試練はお前自身が真実を知り、どういう決断をするのかを見るためのものだったのだ」

「……それであたしはどうだったの」

「お前は真実を知り動揺し、真実を何とか受け入れようとし、そして一人で苦しんだ。さらに自分しか戦えないと一人で戦った。そして諦め逃げた、それだけだったら落第だ」


彼女はそこで一旦言葉を切った。その動作にセレスは少し緊張した。


「しかし、お前は一人ではないと気づき、二人のために諦めないことを選び、そして彼らに頼ろうとした。それで合格だ」

「でも、あたしはまだ、隊長のこともお兄ちゃんのことも完璧に受け入れられていないよ

「真実を知って受け入れようとしただけで十分だ。それに私はお前が心配だったのだ、このままだと近い将来、誰にも頼らずにお前が破滅していた可能性もあったからな」


彼女は今まで見たことのないような笑顔でセレスに話した。

それを聞いて彼女はセルマにお礼を言った。


「心配してくれてありがとう」

「気にしなくてもよい、それよりも涙を拭きなさい」


どうやら合格した安堵感から緊張の糸が切れたようでその場で彼女は泣いていた。

そして彼女が落ちついた頃にセルマが小さく呟いた。


「そろそろ時間だ、私はここで消える……お別れだ」

「……お別れなんだね」

「辛いか?」

「うん、辛いよ、でもあたしはもう一人じゃないって気がついたから」

「そうか……」


その言葉にセルマは優しく微笑むと彼女に床に落ちていた棍を拾い、手渡した。


「セレス、これを私の代わりに持っていってくれ」

「いいの?」

「ああ、私はここでお前の中に消え同化するだろう、そのほうがお前のためにもなる。だがそれはさすがにさびしい、だからそれを渡す。それは私の生きていた証だからな、それで彼らの手助けをしてほしい」

「わかったよ」


セレスはその受け取った棍を愛おしそうに抱えた。


「さらばだ、私」

「バイバイ、あたし」


セルマはその場に立ったまま少しずつ消えていった。

そして完全に消えた時、彼女の頬には一筋の涙が伝った。


「ありがとう……セルマ」


そして彼女の傍にはあの幼いセレスが現れていた。

セレスはそれに気がつかなかったが、彼女は静かに口を開いた。


「……やっと自分自身がやったことを自覚したのね」


セレスは幼いセレスがいきなり出てきたことに驚き、言葉が出なかった。

その表情に少しだけ不服そうな幼いセレスだったが嫌みを含みながら話し出した。


「そんなに驚かなくても、傷つくよ。まったく、あたしは試練を乗り越えた貴女にこの力を授けようとしたのに」


そういった彼女の手には強大なエネルギーを感じる黒い玉があった。

セレスはそれに感嘆の声を上げた。


「すごいエネルギー……」

「力を注ぐからその棍を掲げて」


セレスは言われるまま空に棍を掲げた。黒い玉はその棍に向かって飛んでいき、そして当って弾けた。

そして棍の色が不思議なことに黒くなった。


「これがこの玉の力、なんて強くて優しいの……」

「大切に扱ってね、セレス」

「……うん、セルマの分まで大切に扱うよ」


幼いセレスは満面の笑顔を浮かべて、満足そうに消えていった。

そして彼女が消えると、セレスがいた空間の足場が消えてなくなっていた。

それに気がついた彼女だったが、少しも慌てずに目をつむる、そして次に目を開けるとそこには驚いた顔をした二人がいた。それを見て微笑み、こう言った。


「ただいま」


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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