1−8 仲直り
翌朝、バス停に向かって歩いている最中、悠真はずっと呟いていた。
「これは恋じゃない。これは恋じゃない」
バス停に着く。
バスが来る。
バスに乗る。
そして――
「おはよう、堀田君」
これは恋じゃない。
「おはようございます、中田さん。今日も綺麗ですね」
「え? どうしたの急に? お世辞?」
中田さんはちょっと驚いている。
「いや、中田さんの笑顔、俺好きなんですよ。見ていると元気になるっていうか」
これは恋じゃない。年の離れた先輩との自然なやりとりなんだ。
「そっか、なんか嬉しいな。ありがとね」
中田さんはふふっと笑った。
「あ、そうだ」中田さんが悠真に向き直る。「今日の放課後空いてる?」
「はい、俺帰宅部ですし」
「じゃあ、四時半に守衛所の近くで待ち合わせ。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ただ生徒会の仕事がちょっと入るかも」
「その時は連絡ちょうだい。あ、まだ交換してなかったね」
そう言って中田さんはスマホを操作してLINEのQRコードを差し出してきた。
悠真は手の震えが悟られないように気を付けながらスマホで読み取る。
中田さんのLINE……。
そこから中田さんと何を話していたのか、覚えていない。
*
放課後、生徒会室の扉を開く。
中には花蓮が一人で座っていた。
今回花蓮には申し訳ないことをした。自分は花蓮のことを……どう思っていたのだろう。今でもはっきりとは割り切れない。好きだったのか、どうなのか。いや、好意を抱いていたのは確かだろう。それが恋かは別として。そこに彼氏ができ、どうしていいか分からなくなった。それで冷たい態度を取ってしまった。
気持ちの整理は後でいい。それよりもまず、大切なことがある。
「あー、やっと来た」
「遅くなってごめん」
悠真を見た花蓮が少し固まる。
「あ、うん、いいよ」
花蓮の口角が上がるのが分かる。
悠真はテーブルを挟んで花蓮の向かい側に座った。
「生徒会誌の原稿持ってきた。先生のサインも貰ってる」
「オッケー。仕事早いね」
書類を受け取り、花蓮が確認をする。「うん、これなら大丈夫そう」
花蓮が顔を上げる。
悠真と花蓮の目が合った。そこには見慣れた——一年の時からいつものように近くにいた顔がある。少し幼さの残る、『元気少女』。
「「あの」」二人の声が重なる。
「「先にどうぞ」」
さすがにおかしくなって二人とも笑い出した。
「ごめんな、東雲」悠真が話し出した。「彼氏ができたって聞いて、どう接したらいいのか分からなくて」
「そっか。話してくれて良かった」花蓮は少し俯く。「私もごめんね。いつも話してた堀田君があまり目を見てくれなくなって——その、気になっちゃって、菅原君まで巻き込んじゃって。ちょっと反省してる」
「そこは俺からまとめて謝っとく。俺が悪かったんだし」
花蓮は顔を上げて微笑む。
「うん、ありがと」
「じゃあ、用があるから、また」
「うん、また」
悠真は立ち上がって軽く微笑むと、生徒会室を出た。
「あれは恋じゃなかった。あれは恋じゃなかった」
小さな声で何度も呟きながら、守衛所へ向かった。




