1−6 無言の意味
翌日のバス。
「おはよう、堀田君」
「中田さん、おはようございます」
いつものバス停から中田さんは乗ってきた。そしていつものように椅子には座れない。
「昨日のカフェラテ、どうだった?」
「おいしかったです。ブレンドコーヒーとはまた違って、ミルクのお陰でだいぶ飲みやすいですね」
「そうか、それは良かった」
「ちょっと訊いてもいいですか?」
隣に立つ中田さんが悠真に顔だけ向き直る。丸く大きな目が悠真を見つめる。
「うん、どうぞ」
「俺、実は最近本格的にコーヒー飲み始めたばかりで――。カフェラテはカフェオレとは違うんですか?」
「お、いいところに気付いたね、少年」
中田さんがニヤッとする。初めて見る表情かもしれない。
「コーヒー豆を砕いて、お湯を注いで普通に淹れるのがドリップコーヒー。これにミルクを入れたのがカフェオレね。圧力をかけたお湯で抽出するのがエスプレッソで、これに泡立てたミルクを入れたのがカフェラテ。ってとこかな。普通のコーヒーにミルクを入れたのがカフェオレで、濃いコーヒーにミルク多めに入れたのがカフェラテ、くらいに理解すればいいと思う」
「なるほど。ありがとうございます」
「堀田君はなんでコーヒー飲み始めたの? カフェの客層で高校生ってめずらしいんだよね」
「それは――」
中田さんの笑顔が見たかったから、なんて言えない。
「大人になりたいから、かな」
それを聞いて、中田さんが軽く笑う。
「ごめん。ちょっとかわいいなって思っちゃって」
悠真はちょっとむっとした。
「からかわないでくださいよ」
中田さんは、今度はふふっと控えめに笑った。
バスは終点の手前の交差点を曲がった。
バスターミナルが近付いてくる。
またいる。同じ男性。
「中田さん――」
吊り革を握る手に力が入る。
「あの方って、この前キャンパスでいた人ですよね……」
伏し目がちに中田さんを見上げる。中田さんの目は既にバスのフロントガラスの向こう、その男性に向けられていた。
「うん、貴さんね、彼氏だよ」
*
四時間目が終わった途端、拓斗が弁当箱を持って悠真の隣に立った。
「おい、悠真、なんかしゃべれよ」
悠真は黙っていた。朝からずっとそうだった。
無言のまま食事が始まる。
一口一口。向かい側に座った拓斗はずっと悠真を見つめながら食べている。
食べ終わった時にやっと悠真が口を開く。
「放課後なら、いい」
*
昇降口前のベンチに腰掛ける。
二人とも黙ったままだ。
少しして悠真が話し出す。
「拓斗、何か訊きたかったんじゃないのか」
「お前こそ、何か言いたくなったんじゃないのか」
また無言。
はあと溜め息をついて悠真が話し始める。
「中田さんのことは好きじゃないよ。もちろん人としては好きだけど。恋愛としては、ないよ」
「お前が言いたいことは分かった。でもな、俺が訊きたかったのはそれじゃない」
拓斗がそう言ったタイミングでベンチの後ろからふわっと現れたのは花蓮だった。悠真の目の前に立つ。
「堀田君、最近冷たいなーって」
見た感じそれほど深刻な表情はしていない。花蓮はもともとそんな人なのかもしれないが。
「生徒会で一緒だろ? やっぱそういうの良くないと思ってさ」
拓斗と花蓮、二人が悠真を凝視する。
「何もないよ。そんなに見つめられても困る」
花蓮は、押し問答をいくらしてもしょうがないと思ったのか、はたまたま悠真がいたたまれなくなったのか、それ以上押すでもなく、
「じゃ、また」と言って帰っていった。
「悠真、実はな」拓斗が悠真の目をじっと見てくる。「昨日、東雲からLINEがあってな、相談されたんだよ。お前がなんか冷たいって。もしかして私が彼氏作ったから怒ってるのかなって言ってたぞ」
「なんで東雲が彼氏を作ると俺が怒ることになるんだ?」
「ほら、一年の時に東雲がお前を生徒会に誘ってからずっと仲良かったじゃん。お互い恋愛対象じゃないって感じだったけど。それでも彼氏できたら……何というか、複雑な思いがあったりするのかなって」
「……それと、昨日言ってた中田さんの話と何か関係があるのか?」
「お前ももし恋を知って、彼女ができたら、東雲の気持ちも分かるようになるのかなって思ったんだよ」
悠真は俯いた。俯きながら、手のひらを強く握った。
「……れに……なよ」
「え?」
「俺に構うなよ! なんでそんなにこだわるんだよ! ほっといてくれよ!」
一瞬の沈黙。
拓斗の手が悠真の背中に乗せられる。
「これでも俺は恩を感じてるんだぜ」
悠真は黙って顔を上げる。
「中三のころだよ。お前は覚えてないかもしれないけど」拓斗の真剣な目が悠真の心に映り込む。「成績がどんどん落ちていって焦ってた時、お前毎日のように放課後の勉強付き合ってくれたよな」
「あれは……教えてほしいって言われたから。ただ知ってることを教えてただけで」
「あの時な、親に毎日のように怒鳴られてたんだ。うちの親どっちも医者だからお前も医者になれってうるさいんだ。『何だこの成績は? 何のために高い金出して私立に入れたと思ってんだ』って。中三なんてまだまだ子供じゃん。相当参ってたわけよ。そんな時、お前、毎日毎日付き合ってくれたんだぜ。しかも分からないところを訊くとめんどくさがるどころか、嬉しそうに教えてくれたんだ」
「そうだったっけ?」
ふふっと笑って拓斗は続ける。
「その無自覚なところもお前のいいところだな」
「そうか。ごめん、拓斗」
悠真は握りしめていた拳をゆっくりと開くと、顔を上げて拓斗を見て言った。
「お前の想像した通りだよ。好きだったんだよ、東雲のことが」




