1−5 割引券
地下鉄はそれなりに混んでいて、座れなかった。中田さん、悠真、拓斗の順に並んで立つ。
何か考えている中田さんの横顔は凛々しくて、それでいてどこか優しげで、悠真は、ああ年上の女の人なんだなと改めて感じた。
「堀田君」
見とれていた悠真は話しかけられたことに気付かず、一瞬反応が遅れた。
「あ、はい」
「あの割引券なんだけど、何にする?」
悠真はいつも一瞬だけ見るメニューを思い出そうとしたが無理だった。そりゃそうだ。ブレンドコーヒーしか見ていないのだから。
「何に使えるんですか?」
「飲み物なら何にでも。商品によって値下げ率が違うけど。あ、ブレンドコーヒーには使えない。せっかくだからエスプレッソ系にするといいよ。エスプレッソ単品よりはミルクの入ったカフェラテとかいいかも」
「じゃあ、カフェラテで」
「オッケー、分かった」
そこで左横っ腹につんつん指を刺される感覚があった。もちろん拓斗だ。
「お前――」
「拓斗」悠真は少し強い口調になる。
「何だ?」
「今は何も言うなよ」顔を見ずに答える。
拓斗は悠真の剣幕に押されたのか、それ以上何も言わなかった。
悠真は駅で拓斗と別れ、中田さんとカフェに向かう。
店の入口で立ち止まって、中田さんは悠真に顔を向けてニコッとする。この笑顔はどこかほっとする。
「私は中で着替えてからレジに立つけど、先に注文しててもいいよ」
悠真は店の中を覗き込む。レジにいるのは鈴木さんだった。
「ここで待ってます」
中田さんは一瞬何か言おうとしたが、
「分かった」とだけ言って店の中に入っていった。
数分後、中田さんがレジに立ったのを見計らって店内に入る。悠真より前には二人並んでいてその人たちの接客する中田さんを眺める。
いつもの笑顔の中田さんがいた。一人一人ちゃんと目を合わせてニコッとしてから注文を受ける。これが中田さんだなと温かな気持ちになると同時に、少し悔しい思いが湧いてくることに気付く。どうしてだろう。
悠真の番になる。
「いらっしゃいませ、堀田君」
その中田さんの笑顔に違和感を覚えた。さっきの客に向けたのとはまた少し違う笑顔のような気がした。……そんな都合のいい話はないか。
「どうしたの?」
黙っていたことに気付いてハッとする。
「すいません。さっき言ってたやつで」
「カフェラテですね。レギュラーサイズでいいですか?」
「はい。お願いします」
そう言って悠真は割引券を出す。
「割引券のご利用ありがとうございます」と言って中田さんはふふっと笑う。
その笑みを見て悠真は急に恥ずかしくなり俯いてしまう。
決済をして受け取り口に移動する。
少ししてカフェラテが出てくる。「どうぞ」そう言って手元だけを見て渡してきたのは鈴木さんだった。トレーごと受け取りつつ、チラっと中田さん見る。そこには次のお客さんと話すいつもの中田さんがいた。
さっきの違和感は何だったのだろう。
一時間ほどしたころ、中田さんは布巾を持って空いているテーブルを拭いて回った。
悠真の近くに来た時、中田さんが、
「私閉店までだから、高校生君は待ってなくていいからね」と言うのを聞いて、悠真はカーっと顔が赤くなるのを感じた。できれば一緒に帰りたいという気持ちを見透かされた気がした。
「は、はい」慌てて返事をする。
*
家に着いたころに、ちょうどスマホが鳴った。拓斗からのLINE通話だった。なぜ通話?
「単刀直入に言う」拓斗はなぜか嬉しそうだ。
「はぁ」
「お前、中田さんのこと好きだろう」
「その、好きっていうのは――」
「どうせ『人としては好きだ』とか言うんだろ? そうじゃなくて、恋愛対象として、だよ」
悠真は一瞬押し黙った。
「なんで電話までかけてきたんだ? そこまでして訊くことじゃないだろ」
「いいや、お前の友人として、お前の気持ちに付き合う義務がある」
「はあ、拓斗って、そんな熱いやつだったっけ?」
「そうだよ。ま、実際に通話してみて確信に変わったよ。詳しくは明日話そう」
悠真の返事を聞く前に拓斗は通話を切った。
なんなんだ、まったく。




