1−4 溜め息
恋してないよ。恋して……。
改札に向かってとぼとぼ歩いていると、背中をバンと叩く手があった。
「おす、おはよう」
「おう」
もちろん拓斗だ。
「後ろ姿が既に失恋した男みたいだぞ」
悠真は少し俯いたまま無言で歩く。
中田さんと男性は人混みに紛れてもうどこに行ったか分からない。今見えている視界の中にもたぶんいない。
「おいおい待てって」
「あ、ごめん」
気が付くと早足になっていた。
ホームに着くと、適当なところに並んだ。拓斗も隣に立つ。
「ほんとに何があった? なんか普通じゃないけど。昨日のことと関係ある?」
「まあ……」
悠真は曖昧に答える。
電車が入ってきて、降車する人と入れ替わりに悠真と拓斗が入っていく。
「そういえば数学のテストだけどさ」
拓斗がやっとこの話題から離れてくれた。悠真もそれに合わせて『日常』を取り戻そうとする。
しかし、悠真はさっきの男性のことが頭から離れなかった。バスを待っていて迎えにくる間柄の同年代の男性。普通に考えれば恋人。
しかしそこで悠真はハッとする。これは恋ではないんだから!
「やっぱ変だな」
拓斗が悠真の顔を覗き込んでいた。
「いや、何でもないよ」
慌てて答える。
気まずい時間が流れていく。
*
駅に着いて校門を過ぎる。
「そういえばさ、隣のクラスの東雲、彼氏いるらしいな」
拓斗が嬉しそうに話す。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「単なるゴシップネタ的にだよ。どうせ俺は付き合えないだろうからな。外から見て楽しんでるだけだよ」
東雲花蓮。バレー部に所属する誰もが認める元気少女。男女ともに人気がある。
「悠真はああいうのタイプじゃないもんな」
「まあな」
そんな適当な返事をしたが、そのことについてはあまり考えたくなかった。
*
放課後になり、生徒会室に向かう。
悠真は生徒会の会計を努めている。
「お、やっと来たね、堀田君」
ドアを開けると同時に話しかけてきたのは花蓮だった。
「何回もLINE送ったのになんで返事しないの? 決算時期が近付いてるから、ちゃんとやってくれないと私が困るんだよ」
花蓮は少し怒っているようだ。
「はい、すいませんね。総務様」
「で? 仕上げてきてる?」
悠真は鞄からUSBメモリを取り出して手渡す。
「こんなのLINEで送ればいいのに」
そう言いながら花蓮は受け取ったUSBを持って壁際に置いてあるパソコンに差し込んだ。
「お、よくできてるね。オッケー。これで先生にドヤされずに済むよ」
そう言うと花蓮は印刷して、「じゃ、また」と言って出ていった。
悠真が一人取り残される。
年度末で春の雰囲気も出てきたが、まだまだ寒さが残る時期だ。窓の外を見てみると、運動部が元気に走っている。
「よくやるな」
さっきまで花蓮が座っていた席付近のテーブルを見てみると、空になったペットボトルが置いてある。
「ったく、あいつはガサツなんだから」
そう言って手に取り、部室端のゴミ箱へ持っていく。
ふとラベルを見る。カルピスウォーター。「果糖ぶどう糖液糖」という文字が目に入る。
はあ、と少し大きめに溜め息をつき、ペットボトルをゴミ箱に放り込んだ。
*
悠真は部活には入っていない。特に面白いと思えるものがなかったからだ。しかしテニス部に入っている拓斗とは昔から一緒に帰るのが習慣になっている。
今日も食堂と図書室で時間を潰した後、昇降口前のベンチに座って待っていた。
スマホをいじっていると、視界の端に、体育館の出入口から出てくる花蓮が見えた。知らない男子と一緒にいる。
「何見てんの?」
ドキッとして振り返る。拓斗だった。
「もしかして東雲? ――まさかお前」
「ち、違うよ」即座に否定する悠真。
「あれが朝に言ってた彼氏だよ。バスケ部でいかにもスポーツマンって感じだな」
「何が言いたいんだよ」悠真がふてくされる。
「いやべつに。ってか、東雲って生徒会で一緒なんだよな? 実際どんな感じの子なの?」
「ガサツ。見たまんまだよ」
気が付くと花蓮と彼氏が近くまで来ていた。
「堀田君、じゃあね」花蓮が片手を上げて悠真に挨拶しながら、すっと通り過ぎる。
悠真は花蓮を見るでもなく、返事をするでもなく、軽く手を上げただけだった。
「なんかお前さ」拓斗が少し訝しんでいる。「ちょっと冷たくね?」
「そんなことないよ」
そう言って悠真は立ち上がった。
*
校門までの道を歩く。少し前の方には花蓮と彼氏が歩いている。時折横を向いては前を向き、横を向いては前を向く。そのたびに花蓮の笑顔が見える。
悠真は小さく溜め息をついた。
その時だった。
「あ、堀田君」
声のする方を向くと、私服姿の男女がいた。胸がドキンと鳴った。
中田さんだった。
中田さんは隣にいた男性に何か一言言うと、軽く手を振って、悠真の方に歩いてきた。
花蓮が振り返り、不思議そうな視線を向けている。
「本当に会ったね」
悠真は何も言えなくなる。
「どうしたの? 堀田君」
「あ、いえ、ちょっと驚いてしまって」
「確かにね。私も驚いた」
中田さんはチラっと拓斗を見る。
「あのー、お二人はどのような関係で?」
拓斗がニヤニヤしながら訊いてきた。
「これはごめんごめん」中田さんがニコっとしながら続ける。「私は中田実莉っていいます。駅前のカフェでバイトしてるんだけど、堀田君がよく来てくれてて。住んでる団地もたまたま同じでね」
「な、なるほど。ぼ、僕は菅原拓斗っていいます。よろしくお願いします」
「菅原君、よろしくね」そう言って中田さんは悠真に向き直る。「これから帰るところ?」
「はい」
「じゃあ、一緒行こうか。今日もバイトだし。今日は来る?」
「あ、はい。この前いただいた割引券使ってみようかなって」
「いいね、ぜひ来てよ。――じゃあ行こうか」
そう言って中田さんはクルッと翻って前を向いた。シャンプーのいい匂いがふわっと香る。
慌てて二人は中田さんを追いかける。
悠真は、中田さんを見つめる花蓮が目に入ったが、構わず通り過ぎた。




