1−2 バス停
悠真のカフェ通いが一ヶ月半を迎えたころ、さすがに財布事情が厳しくなってきた。
中田さんのシフトは結構不規則でよく分からなかった。一日飛ばしかと思いきやある時急に連続で出ていたり、急に一週間いなかったりもする。
その日悠真はこづかいがもらえる日の直前で本当にお金がなかった。
バスターミナルのベンチに座り、バスを待つことにする。そこからカフェは見えるのだが、窓ガラスが反射して中は見えない。
ここにも悠真の流儀があって、窓から中を覗くということはしない。お金も払わないのに中田さんがいるかどうかだけを確認するなんで、そんな「ズル」は許せないのだ。
「だってそんなことしたら、恋してるみたいじゃん」
ふと心の声が呟きになる。
「やはりな」
ベンチの後ろから声がした。
驚いて振り返ると、拓斗だった。
「恋が何だとか言ったな今」
「いやー、そんなこと言ってないよ」
「いや、言ってただろ。『俺はやっぱりあの人に恋してるんだな』」
「そんなことは言ってない!『恋してるみたいだ』って……」
一瞬二人の動きが止まった。
拓斗が悠真の肩をトントンと叩き、
「ま、少年よ頑張りたまえ、じゃあな」
と言って、去っていった。
ああ、めんどくさいやつに見つかったかもしれない。
*
バスの時間が近付いてきたので、バス停に移動することにした。
十分前だがもうそれなりに列ができていた。しかしこの長さならちゃんと座れる。我ながら計算ばっちりだ。しかし往々にして現実というのは計算外のことが起こるものだ。
列に並ぶ。一人前はベージュ色のコートを着た女性だった。見えるのは斜め後ろからの姿。髪はちょっと茶髪でポニーテール。黒いシュシュ。
あれ? これどこかで見たような。
顔が少しだけ見えた時、悠真は心臓が止まりそうになった。中田さんだ。あの大きな丸い目、間違いない。
気付かないふりをして後ろに並ぶ。いや、中田さんは道路に向かって立っているので、正確には隣に立つことになる。左の視界の中に中田さんがチラチラ見える。ドキドキが止まらない。
これじゃまるで恋してるみたいじゃないか。
その時だ、視界の端で中田さんが動いた。
「あ」
確かに中田さんはそう言った。確かに「あ」と。でもすぐに元の位置に戻った。
スマホを開いて時間を見る。まだ六分もある。俺の心臓はもつのだろうか。
一瞬ギュッと目をつぶった。
「あの」
ハッとして悠真は中田さんの方を見た。
「あ、やっぱり。いつも来てくれる高校生君だよね」
中田さんの大きな目。それが今目の前にある。450円を払っていないのに。
「あ、はい」
「いつも来てくれてありがとうね。コーヒー好きなの?」
「あ、はい。最近ちょっとハマってて」
嘘に決まっているが、もう何も考えられなかった。
「そうなんだー。じゃあ、カフェラテとか、エスプレッソ系もおすすめだよ。あ」と言って中田さんは持っていた鞄に手を入れて何かを探した。
「はい、これ」
「割引券?」
「知り合いに配ってって言われたんだけど、余っちゃって。10枚くらいでいいかな。400円でエスプレッソ系のコーヒーも飲めるよ」
胸がじんわりしてくる。中田さんが俺に……。
「ありがとうございます! 絶対行きます!」
急に大きな声が出て悠真は自分で驚いた。
「本当にコーヒーが好きなんだね。何だか嬉しいよ」
そこでバスが来た。流れるように人が入っていく。中田さんも「じゃ」と言ってその流れに飲まれていく。
往々にして現実というのは計算外のことが起こるものだ。
悠真の手前で、つまり中田さんで全ての座席が埋まり、悠真は立って帰ることになった。




