2−6 ベランダ
「さて、問題です。これは、カフェラテでしょうか? それともカプチーノでしょうか?」
悠真は実莉と部室のベランダに置いてあるベンチに座っていた。部室棟の外は梅雨らしく雨が降っている。暑くもなく寒くもない。
「難しいですね」悠真はマグカップを受け取り、一口飲む。「どっちもあのカフェでも飲んだことがあります。カプチーノはカフェラテと同じで、エスプレッソに泡立てたミルクを入れたものだけど、比率や泡立て具合が違う。ですよね?」
実莉は何も言わず、ニヤニヤしている。
もう数口飲む。
「これはカプチーノですね。泡がしっかりしてて、少し苦みが強い」
実莉がじーっと悠真の目を見つめてくる。
「正解! よく分かったね。この違い、分かってない人って結構多いんだよ」
少し誇らしい気持ちになる。
「ちなみに悠真君はどっちが好き?」
「カフェラテの方が飲みやすいけど、最近はちょっと苦いのもいいなって思えるようになってきました」
「おー、『大人の階段』ってやつ?」
「何ですかそれ?」
「んー、よく分かんないけど親が言ってた」
「実莉さんはどっちが好きですか?」
「断然、カフェラテ! ミルク感がたまんない!」
「でもちゃんと苦味も感じられるのがいいんですよね」
「そう」
前を向くと道路や校舎が見える。
雨が少し弱くなってきた。パラパラという音の間隔が広くなっていく。
目の前の道路を一台の車が水を跳ね上げながら通り過ぎていく。
「貴さん……沢屋さんと、別れた」
悠真は驚いて反射的に実莉を見る。
「就活、うまくいってないみたい。なんかひどいこといっぱい言われちゃって……私も疲れちゃった。一時の気の迷い? だったのかなって」
一瞬の沈黙。まだ雨の音は聞こえている。
「もともと『どっち』からだったんですか?」
「完全に私。ゼミに入ったばかりの頃、教授といつも難しい話をしていて、素敵だなって思って」
「俺、最近思うんです。過去の想いだったとしても、それを『一時の気の迷い』として切り捨てたくはないなって。だってそこにいた時の気持ちは本物だったんだから。実莉さんもそうだったんじゃないですか?」
実莉は小さく頷く。
「悠真君も? 東雲さんだったっけ」
「ああ、はい。ちょっと恥ずかしい過去ですけど。あの後、彼氏と別れたらしいんですよ。でも俺の中での気持ちは戻りませんでした。でも、『あれは恋ではなかった』と否定もしないことにしました」
「なんか素敵だね。悠真君ちょっとかっこいい」実莉はふふっと笑う。「正直言うと、沢屋さんのこと、好きじゃなかったんだって思いたいのかも。その方が気持ちが楽になるからね。でも悠真君の言葉を聞いて、それじゃダメなんじゃないかって思ったよ」
実莉が悠真の目を覗き込んでくる。
「いつからそんなに大人になっちゃったのかな?」
「そんなことないですよ。ただ自分の気持ちに正直に向き合いたいなって思っただけです」
その言葉を聞いて実莉は一瞬何かを考えているようだった。
「自分の気持ちに素直に、か。ちゃんと自分の心と向き合って乗り越えないといけないね」
そう言って実莉はニコっと笑う。
悠真は思う。俺もだ。俺も、自分の気持ちに向き合いたい。
俺は、実莉さんのことが好きだ。
これは、恋。
もう否定はしない。
実莉さんがつらい時、一番近くにいたい。寄り添っていたい。もし、実莉さんが望むなら。
「俺も、実莉さんの『堀田ミルク』になれましたかね?」
「もちろんだよ。初めの頃からずっと」
いつの間にか雨はやみ、少し日が差してきた。
「梅雨の晴れ間ですね」空を見ながら悠真は呟く。
「うん、このまま梅雨が明けちゃえばいいのにね」
雲の隙間から覗く日の光を受けて、雨に濡れた校舎や道路がキラキラと輝いている。
「梅雨が明けたら」少し伏し目がちに悠真は続ける。「一緒に出かけませんか?」
「うん、いいよ。どこに行きたいの?」
「あの店以外のカフェ巡り」
ツボったのか実莉が急に笑い出す。「本当にコーヒー好きなんだね」
「そりゃあ、『絆』ですからね、俺と実莉さんの」
「そだね。私と悠真君の」
二人はふふっとはにかみながら、雲間から漏れる日の光を眺めた。




