2−1 友達
新年度になった。
体育館での始業式を終えて教室に戻る時、拓斗が後ろからつついてきた。
横に並んで話し始める。
「なあなあ、ちょっと噂で聞いたんだけどさ」
「べつにゴシップネタに興味はないぞ」
悠真は即答するが、
「いや、お前に大いに関わりのあることだぞ」と続ける。
嫌な予感がした。嫌なというか、面倒なことになりそうな。
「東雲が彼氏と別れたらしい。狙い目だぞ」
あれは恋ではなかった。いや恋だったのか? だとしても一時の気の迷いだった。それは恋なのだろうか。恋って何だ?
「急にそんなこと言われてもな」
そう答えた瞬間に、右肩に軽く衝撃が走った。
驚いて右を見ると、花蓮だった。肩をぶつけてきたらしい。
「よ! 堀田君。同じクラスだね」
「そうみたいだな」
「なんか浮かない顔してんなー。私と一緒なの嫌?」
「そんなことないよ」
「そかそか! なら良かった。同じクラスなら、生徒会の話もしやすいし。ま、とにかくよろしくな!」
そう言って悠真の背中をバンバンと叩いてどっかに行ってしまった。
「なんか嬉しそうだったな、東雲」
拓斗はニヤニヤしている。
悠真は何も言わず、新しいクラスの教室に入っていった。
*
昼休み、食堂入口にある自販機で缶コーヒーを買った。ブラックを買ってみる。
近くの席に座って飲んでみる。
「あー、やっぱ苦いな。沢屋さんは毎日これを飲んでるのか」
独り言を言っていると隣に座ってくる影があった。
「おす」花蓮だった。
「おう」悠真も応じる。
「あのさ、彼氏と別れた」
チラっと花蓮の方を見る。
「うん、聞いた。別に俺に言わなくたっていいじゃないか」
「なんか、ほら、私が付き合い始めたら、堀田君怒ってたみたいだったから、終わったことも報告しとこうかなって」
「いやいや、怒ってないぞ。何ていうか、その、ちょっと気まずかっただけだ」
「そか」
そう言って花蓮は悠真が飲んでいた缶コーヒーに目を向ける。
「何飲んでんの?」
「缶コーヒー」
「へえ、堀田君がコーヒー飲んでるの初めて見た」
「飲み始めたの最近だから」
「そう言えば」花蓮は自分の手に持ったロイヤルミルクティーのペットボトルに目を落とす。「堀田君のこと何も知らないな」
一瞬の沈黙。
「どんなやつだったの? 彼氏」悠真が口を開く。
「聞きたいの?」
「まあ、ちょっとは」そう言ってコーヒーを一口飲む。
「バスケ部で背が高くて、まあそのかっこよかったんだよね。部活で体育館半面ずつ使うことがあって、それでよく見てたから」
「なんで別れたの?」
「なんかオラオラ系というか、思ってたのと違った。いつも『俺が正しい』みたいな感じで」
「そうか。そういうこともあるかもな。ってか三ヶ月くらい? 結構早いな」
「二ヶ月。よくある話だよ。――だからさ、当分もう彼氏とかいいかなって。なんかめんどくさくなっちゃって」
「いいんじゃない?」
花蓮はニヤッと笑った。
「堀田君って聞き上手だよね。ちょっと元気出たわ」
そう言って悠真の背中をバンバンと叩いた。
「じゃあ、次、私選択科目だから先行くわ」
「おう」
手を振って花蓮は食堂から出ていった。
*
放課後、生徒会室に入る。
中にいたのは顧問の先生と花蓮だった。先生は、
「じゃ、東雲、後は頼んだぞ。締め切り近いから急いでな」と言って出ていってしまった。
「何か仕事?」悠真が訊く。
「体育館で新入生に部活紹介するじゃん。その段取り。プリントにまとめておいてって。締め切り来週の月曜だって。土日でやれってこと? あーむかつく」
「落ち着けって。確か――」
そう言って悠真は壁際に置いてあるパソコンの前に座る。
「ほら、あった」
「ん?」
花蓮が近付いてきて横から覗く。
「ここと、ここと、ここに、去年、一昨年、三年前のプリントのデータがあるね。――毎年そんなに変わってない」
悠真は少し考える。
「今年度、男子ソフトボール部が廃部になって、文芸同好会が部に昇格したから、そこだけ変更すれば使える」
隣に立つ花蓮の顔がパッと明るくなる。
「さすが堀田君! 助かったよ」
「今やっちゃうか」
そう言って悠真は今言った変更点をデータに反映させる。
「ほらできた」
プリンターから出てきたプリントを花蓮に手渡す。
「いや、助かった。マジ神だわ」
花蓮はプリントを受け取ると、悠真の背中をバンバンと叩く。
「それ痛いからやめろって」
「さっそく出してくる!」
「ちょっと待って!」
悠真はテーブルの上に置かれた空のペットボトルを指差すが、花蓮は、
「捨てといて!」と言って足早に出ていってしまった。扉も開いたままだった。
*
「拓斗」
駅のホームで悠真が話しかける。拓斗はスマホをいじっている。
「んー? 何?」拓斗は顔を上げずに応える。
「あれはないわ」
「なにがー?」
「東雲」
それを聞いてやっと拓斗が悠真を見る。
「何かあったか?」
「あったっていうか、これまで通りというか。俺が以前東雲のことが好きだったのは認める。確かに惹かれてた。でも今はないと思う。東雲も当分彼氏とかはいいって言ってたし」
「それは、東雲が『彼氏は要らない』って言ってるからもう好きじゃないって言ってるだけ?」
「ではないと思う。あいつとの関係は大切にしたい。だからこそ、友達のままでいたい」
「なんかさ」拓斗は悠真の目をじっと覗き込む。「お前、変わったな」
「そうかな?」
「うん。やっぱあの人、中田さんのお陰かもな」
悠真はふと思ってしまった。中田さんのコーヒーが飲みたい、と。この感情は何だろうか。名前を探したが、結局見つからなかった。




