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黒塚の陰翳  作者: 猫田たい子
第二章
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正尊 2

2


 田中がドアを開けると、大倉は待ち構えていたかのように振り返り、椅子を差し出した。

「おお、田中。ちょうどええ、ここに座れや」

「はい……」

 緊張しながら椅子に腰を下ろした。

「田中さんですね。初めまして、坂本です」

「初めまして、田中です。大倉さんの相棒をやらせてもらっています」

 田中は薫が大倉のボーイスカウト仲間とは思えなかった。――坂本薫の落ち着きと洗練された雰囲気は、尋常ではなかった。

「薫が田中と話したい言うからな」

「敦男の相棒、そら見ときたいやん」

 薫の言葉に、田中は本当に友達なんだと納得した。

「ほな――本題に入りましょうか」

 薫は悪戯っぽく笑った。

「犯人は――真島葵に心を奪われとるなー」

 一通りの書類を確認した薫は、確信めいた口調で言った。

 田中の心は一瞬騒ついたが、表情には出さないよう努めた。

「……俺が犯人やったら、遺体はきれいなまま同じ姿勢で並べて壊れんように丁寧に保管する。たぶんモルグみたいな場所に隠されとるやろ。――大事なもんを扱うみたいに優しく……。音も匂いもせん、時間の止まった場所で……誰にも触らせへん。誰にも見せへん。――そこは犯人にとって自分だけの聖域や。時々そん中に入って自分のコレクションと一緒に時を過ごす。ただ『在る』美しさと向き合いながら自分に酔いしれるんや」

 田中は思わず息を呑んだ。薫の口調は丁寧だが、妙な艶やかさが滲んでいた。犯人を想像しているのではない。まるで『体験』として語っているような響きすらあった。

「ホテルの部屋のどっかに隠し扉があるはずや。被害者は睡眠薬で眠らされてそこから運ばれとる。東京湾に捨てられた遺体だけは――おそらく収まりきらんかったんやろうな」

 田中は「確かに……」と思った。東京湾の遺体は身長が高く、大柄な体格をしていた。運ぶにも処理するにも手間取ったに違いない。

「雑やな……詰めが甘い」

 薫はまるで自分の仕事を評価するように呟いた。

「――俺が犯人やったら、東京湾になんか捨てへん。ホテル内で確実に処理する」

 田中はゾッとして思わず大倉に視線を送った。大倉は気づきながらも応えようとせず、薫から目を離さなかった。

 薫の目は笑っていた。目の奥には底知れない何かが潜んでいた。田中は思考まで見透かされているような恐怖を覚えた。

 薫は防犯カメラの確認とホテル内の調査に同行したいと言い、最後に「犯行は長くても三年前からや」と告げて、田中をじっと見つめた。

 田中は目のやり場に困り、机の上にある薫のスマートフォンの犬の待ち受け画面に視線を落とした。

「薫、ホテルの密室トリックも暴けるか?」

「俺を誰や思ってんねん。一級建築士やで」

 薫はニヤリと笑った。

 まるで大倉が二人いるようで、田中は苦笑した。


 白須警視総監が全ての責任を負う形で、山口のホテルの防犯カメラ映像を押収する令状が発付された。息子の透馬を何としても見つけ出すための半ば強引な手段だったが、大倉にはむしろ好都合に思えた。

「大倉さん、山口静香からこれが届きました」

 成田が真島能楽堂の公演チケットを二枚、大倉に渡した。

「なんや、ケンカ売ってんのか?」

「見せてください」

 田中がチケットをひったくるように受け取り、日付を確認した。――明日公演の『船弁慶《ふなべんけい》』のチケットだった。

「令状が下りたのを知った上で送ってますね。二枚ってことは、大倉さんと田中さんに観に来いって言っているみたいですね」

 成田が言った。

「大倉さん、どうしますか?」

 田中が尋ねた。

「売られたケンカは買わなあかんなあ」

 大倉はニヤリと笑った。



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