正尊 1
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捜査一課に戻ると、成田が田中と大倉に声をかけた。
「おかえりなさい。――大倉さん、頼まれていた件ですが、調べました」
「どうやった?」
大倉は成田から書類を受け取った。
「行方不明者の中には、堺陽向を含めて児童養護施設で暮らしていた子供が七人いました。他の六人がいた施設についてですが……山口静香が支援している施設は五つありました」
成田の説明を聞きながら、大倉は書類を確認した。
「山口は施設以外にも、美術館、病院、大学……あちこちに支援しとるな」
「はい。いたるところに……」
「おかしないか……」
「何がですか?」
成田が顔を上げた。
「まるで山口が犯人やと、わざと示してるみたいに感じるんや」
「大倉さんは、山口静香が怪しいとは思わないんですか?」
「分からんな……」
大倉は椅子に腰を下ろし、深いため息をついた。
「成田さん、ホテルの防犯カメラはどうなりましたか?」
田中が尋ねた。
「令状が下りません」
「そうですか……」
「ホテル周辺のカメラから、高橋朔の姿は確認できたんか?」
大倉が成田に尋ねた。
「いいえ。――おかしいですよね。ホテルに入ったのは確認できたのに、周辺から出たのが確認できないなんて……」
「推理小説の密室トリックみたいですね」
田中がさらりと言った。
「それや!」
「えっ?」
田中と成田が同時に大倉を見た。
「そんなん好きな奴がおる」
大倉は二人を見てニヤリと笑った。
一級建築士の坂本薫が捜査一課を訪れたのは、翌日の夕方だった。
「まさか、警視庁に足を踏み入れる日が来るとはな」
成田に案内されながら薫は建物を見上げ、外壁の継ぎ目や窓の配置を眺めながら、どこか感慨深げに呟いた。
「こちらでお待ちください」
促されて薫は会議室へ入った。
腰を下ろす前に天井の照明や梁、壁材の質感をざっと確認し、椅子の脚を軽く押して安定を確かめた。
成田は薫の仕草を横目に、思わずフッと笑った。
薫が腰を下ろすのを見届けると、軽く頭を下げて部屋を出た。
「わざわざ悪いな、薫」
大倉が入ってきて、向かいの席に腰を下ろした。
「たまたま東京で仕事やってん。せっかくやから、警視庁の建物、拝んどこうと思てな」
「元気にしとったか?」
「子供が生まれてな」
「そうか。そりゃおめでたや」
「守るもんができてもうたわ」
「ええこっちゃ」
大倉は心からそう思った。
守るものがなかった頃の薫は、時に手に負えないほど危うかった。危うさゆえに犯人の心理に深く踏み込み、数々の事件で突破口を開いてきた。
今回も同じ視点から何かを掴んでくれるかもしれない――大倉は期待していたが、家庭を持った今の薫には、もう昔の鋭さは失われたのかもしれない……。
そんな諦めが過った。
「――で、敦男。何が知りたい?」
薫の顔付きがフッと変わった。
捜査一課のデスクで、田中は成田と並んで山口静香の支援先を調べていた。
「一級建築士の坂本さんって、大倉さんの知り合いなんですね」
手元の書類をめくりながら、田中が何気なく口にした。
「小学生の頃、同じボーイスカウトにいたみたいです」
「大倉さんがボーイスカウト? クラシック並みに似合わないですね」
「田中さん、大倉さんに失礼ですよ」
「そうですね……」
田中は軽く笑った。
「十年前の大阪の女性監禁事件、覚えていますか?」
「ああ、ありましたね。――確か、大阪府警と和歌山県警がかなり揉めた事件ですよね」
「あの事件、坂本さんの協力で解決したみたいです」
「えっ、そうなんですか?」
田中が驚いて顔を上げると、成田は頷いた。
「建築士は建物の癖や構造に敏感で、刑事とは違う視点を持っているんです。その重要性を思い知らされました」
「建築士、侮れませんね」
事件は十年前、大倉の管轄内で起きた。
大阪市内の日本橋で働く水商売の女性が数人、続けて行方不明になった。そのうち一人は犯人の車に無理やり乗せられたものの、必死に抵抗して逃げ出すことができた。恐怖に震えながら警察に被害届を出したことで事件が発覚したが、他の被害者の存在までは掴めず、捜査は難航していた。
まだ駆け出しの一級建築士だった薫は、偶然訪れた和歌山県美谷郡青葉町で奇妙な建物に目を留めた。外観を一目見ただけで建物が二重構造になっていることを見抜き、内部に『監禁に使える空間』が存在すると直感したのだ。
薫は常に「もし自分が犯人ならどう動くか」という視点で物事を考えていた。その物言いは周囲をぞっとさせるほど具体的で、事件現場でも遺体の運搬方法から処理の手順に至るまで、事実だけを説明してみせた。
普通なら警察が鵜呑みにするような話ではない。だが大倉だけは違った。薫の内側に潜む『闇』を知っていたからこそ、薫の言葉に耳を傾け、独自に建物の調査へと踏み込んだ。
調べた結果、建物は数年前に改装されており、設計図や発注履歴には複数の不自然な改変が残されていた。車をそのままシャッター付きの駐車場へ入れれば、外部の目に触れないまま人を監禁できる構造だった。
大倉は得られた情報を和歌山県警に報告したが、期待とは程遠い反応だった。情報こそ受け取られたものの、その後の調査状況は一切共有されず、捜査の主導権は終始、和歌山県警が握り続けた。大阪府警からの助言は「参考」として扱われ、事実上は黙殺されたに等しかった。
事件の発端は大阪、現場は和歌山――管轄の複雑さが捜査の協力を著しく妨げていた。府県をまたぐ事件では、縄張り意識が壁になることもある。この事件でも組織間の溝が真実への道を阻んでいた。
結局、薫は「警察は信用できない」と判断し、独自に行動を開始。結果的に事件を解決へと導くことになった。
「大倉さん、坂本さんに何を聞くつもりなんでしょうね」
田中が成田に尋ねた。
「気になるなら、同席したらどうですか?」
「でも……大倉さん、二人で話すって言ってたんですよ」
田中のスマートフォンが鳴った。画面を確認すると、そのまま立ち上がり、部屋を出た。




