求塚 4
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鑑識課で、新庄が大倉に『覗いてはいけない部屋』の録画映像を見せていた。
モニターには山口静香が包丁を手に、田中を脅しながら地下へと連れていく様子が映っていた。少年たちの遺体を前に、山口は満足げに微笑んでいたが、田中に何かを語りかけた瞬間――田中は包丁を奪い、逆に突き刺した。
山口が椅子に座ったまま崩れ落ちると、田中は山口を椅子の向こう側へ押し倒して腰を下ろした。背もたれが隠しカメラの視界を覆い、画面は暗闇に閉ざされた。その向こうで何かが確実に動いた気配だけが残っていた。
大倉は固まった。
「この包丁……薫を刺したやつやな」
「ああ、そうだ」
「……田中が、薫を刺したんか?」
頭の中が真っ白になった。
相棒が親友を刺した現実に思考が追いつかなかった。
薫が刺された時、大倉は田中と一緒に新幹線に乗って新大阪駅へ向かっていた。
――俺は田中と一緒に、薫が運ばれた病院へ行ったんや。
でも違和感があった。東京駅で新幹線に乗り込んだ時、田中のジャケットから真島家の白檀の香りが漂ってきた。閉じ込めていた匂いをわざと解き放ったかのようだった。
田中は午前中に真島家へ設計図を取りに行ったと言っていたが、前日に行ったのかもしれない。同じ白檀のお香を買い、ビニール袋にジャケットと匂いを封じ込めた可能性もある。
新幹線の時刻を知っていれば、御堂筋線の改札で薫を待ち伏せることもできる。深夜の夜行バスで大阪入りすれば、犯行は物理的に可能だ。スーツの上にスウェットを重ね、黒いナイロンパーカーを着れば体型や服装を偽装できる。中敷きを入れれば足のサイズの違いもごまかせる。
「二時間……」
大倉が呟いた。
「どうした、大倉さん?」
新庄が心配そうに尋ねた。
「薫の身元が判明するのに、二時間かかったんや」
大倉は二時間の間に田中が新幹線に乗れば、東京駅で自分と遭遇することも可能だったと考えた。匂いを密封したジャケットは体型をごまかすために着込んだ服の下、腹当てに隠して持ち運んでいたに違いない。
薫に『覗いてはいけない部屋』を見つけられては、山口の遺体が発見される恐れがあった。田中はそれを阻止するために動いたのだ――大倉の中で疑いが強くなった。
大倉のスマートフォンが鳴った。確認すると発信者は田中だった。大倉は新庄と視線を交わした。
「もしもし……」
緊張しながら応答すると、スマートフォン越しに田中の声が響いた。
「もう気づかれたんですね、大倉さん……」
「田中、おまえ、なんでや……」
信じていた相棒の声に怒りも憎しみも湧かなかった。ただ、悲しみと戸惑いだけが胸を締めつけた。
「ごめんなさい……」
田中の声は震えていた。
「おまえ、今どこや?」
大倉は声を強めて問いかけた。
「私……ごめんなさい……どうしたらいいのか分からなくて……」
言葉の端々に、涙混じりの呼吸が引っかかった。
「おまえ、まさか死ぬつもりやないやろうな?」
大倉の胸に不安が込み上げた。
「大倉さん……ごめんなさい……」
田中の声は今にも消え入りそうだった。
薫は田中が犯人だと確信して反射的に大倉へ電話をかけたが、話し中だった。
「くそっ!」
歯噛みする薫の横で、麻希が怒りを爆発させた。
「あの女、薫さんを刺した後も平然としてたやん! 絶対に許さへん!」
薫は迷わず次の番号を押した。
スマートフォン越しに相手が名乗るより早く、叫んだ。
「靖代か!」
「はい、薫さん」
東京の大学にいる信濃が、落ち着いた声で応じた。
「犯人は田中や! 敦男が危ない!」
薫の言葉に信濃は息を呑み、席を立って飛び出した。
信濃と成田が鑑識課へ駆け込むと、大倉の姿はなかった。
「新庄さん、大倉さんは?」
成田が詰め寄るように聞いた。
「田中さんに会って、きちんと自首させるって言っていた……」
「どこに行ったか分かりますか?」
信濃の問いに、新庄は首を横に振った。
「大倉さんが危ない!」
成田の一言に、新庄は目を見開いた。
「大倉さんが危ない? まさか!」
「くそっ、どこに行った……」
成田が悔しそうに呟くと、信濃がハッとしたように顔を上げた。
「きっと『覗いてはいけない部屋』です! 私が田中さんならその場所に大倉さんを呼び出します!」
信濃と成田が慌てて飛び出すと、新庄はすぐに捜査本部へと電話をかけた。
「こちら新庄です。大倉さんが危険な状態にある可能性があります。至急、山口邸の警戒を強化してください」
受話器の向こうから慌ただしい声が返ってきた。
「了解、すぐに対処します。場所は山口邸で間違いないですか?」
「はい、その可能性が高いです。気をつけて動いてください!」
新庄は電話を切ると、額に汗を浮かべながら周囲を見回した。
信濃と成田が山口邸に到着すると、急いで車を降りて能楽堂へ向かった。
突然、銃声が響いた。
二人は反射的に視線を交わし、信濃は迷わず能楽堂へ駆け込んだ。
成田は素早く腰のホルスターから拳銃を抜き、両手で構えながら中へ進んだ。
信濃が『覗いてはいけない部屋』へ飛び込むと、大倉は田中に胸を撃たれ、仰向けに倒れていた。
「大倉さん!」
信濃は咄嗟にポケットからハンカチを取り出して、胸の傷口に押し当てた。
「大倉さん! しっかりしてください!」
圧迫する両手に血が滲み、生暖かい感触が伝わってきた。
大倉はぼんやりと信濃を見つめ、か細い声を絞り出した。
「……田中……」
成田が拳銃を構えて駆け込んできた。
鉄椅子の前で拳銃を構える田中は涙を浮かべ、震える声で言葉を詰まらせていた。
成田は田中を睨みつけ、凛とした声で叫んだ。
「田中! 銃を下ろせ!」
「もう……私は……」
田中は銃口を顎へ向けたが、引き金を引く指は止まり、視線だけが宙をさまよっていた。
「田中!」
成田は田中の右肩に銃口を合わせて引き金を引いた――乾いた銃声が響き、肩を撃ち抜いた。
拳銃が田中の手から滑り落ちて床に転がった。
「うっ……!」
田中は膝をつき、肩を押さえてうずくまった。
捜査員が次々と駆け込んできた。
「動くな!」
数人が田中を囲んで押さえつけた。
「……ごめんなさい……」
確保された田中は、横たわる大倉を見つめながら連れ出されていった。
信濃は胸部を圧迫し続けていた。
「大倉さん! しっかりしてください!」
大倉は意識が朦朧としていたが、何かを伝えようとしていた。
「……鳩や……」
信濃は口元に耳を近づけた。
「鳩?」
大倉は信濃の声を聞くとフッと笑った。そして……深い闇へ沈んでいった。
救急隊員が駆け込んできて、酸素マスクを当てて心拍を確認した。
「意識なし。すぐに病院へ搬送します」
信濃は指示に従い、大倉の胸元から手を離した。
救急隊員は大倉を担架に乗せて搬送していった。
信濃は血に染まった両手を見つめながら、成田と立ち尽くしていた。




