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黒塚の陰翳  作者: 猫田たい子
第九章
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求塚 2

2


 大倉も信濃と同じで葵を疑っていた。決定的な証拠は何もなく、すでに捜査が終了している以上、今さら動くことはできなかった。

 だが、『覗いてはいけない部屋』で見つかった隠しカメラの存在が流れを変えようとしていた。クラウドに保存された映像を確認できれば、山口静香を殺害した犯人を特定できるかもしれない。その人物は新大阪で薫を刺した人物と同一人物ではないか――そう考えていた。

 確証を得る前にどうしても葵に会って話がしたかった。胸の奥で何かが急かしていた。

 葵は慶介が入退院を繰り返す市民病院に、身の回りの世話で通っていた。

 看護師たちの話では、午後になると屋上に姿を見せるという。その時間を見計らって大倉は病院へ向かった。

 屋上へ出ると、葵は『羽衣』の舞を舞っていた。その動きはあまりに軽やかで、時間そのものが息を潜めたかのようだった。しなやかに流れる腕、空気をなぞる足さばき――舞は不思議な引力を帯びていた。

 大倉は男である自分でさえ、その魅力に息を呑んだ。

 葵は大倉の気配に気づいて舞を止めると、不貞腐れたように頭を下げた。

「さすがやな」

 いつもと違う大倉の様子を警戒して、葵は黙ったまま睨み返した。

「山口静香が殺された部屋にな、隠しカメラがあったんや。――科捜研が今その映像を調べとる。もうすぐ山口を殺した犯人が分かるはずや」

 大倉は蛇のような目つきで一歩詰め寄った。

「……葵、おまえやろ」

 互いに視線を逸らさぬまま空気が張り詰めた。

 突然、葵はこらえきれずに吹き出して声を上げて笑った。子供のように笑いながら、久しぶりの関西弁で言った。

「その推理、めちゃめちゃおもろいな」

 大倉は不意を突かれ、蛇の目どころか完全に目が点になった。

――なんや俺、まちごうてたんか?

「まあ、世間は山口さんの事件で僕と慶之助を怪しい思うとるやろうけど、そんなわけないやん」

「葵、おまえ真島の人間、憎いんやろ?」

 大倉は弱々しく尋ねた。

「めちゃめちゃ憎いに決まっとるやん!」

「ほんなら山口静香に頼んで――」

「なんで頼まなあかんねん」

 葵は遮るように言った。

「真島の人間が憎いから慶之助より能の技術をちゃんと身につけて、それで仕返ししようとしてるだけや。それやのになんで殺さなあかんねん。――だいたい自分に似たやつ集めるとか、キモイしおかしいやん」

 考えれば確かにそうだった。葵の雰囲気に似た青年が山口の手によって誘拐されただけで、葵が関係していると考えるのはおかしい。大倉は訳が分からなくなった。

「そんでもおまえ、お母さんの遺骨、山口に頼んで引き取ったやろ?」

 大倉は成田から聞いた京都での話を思い出しながら、確かめるように尋ねた。

「はぁ? あの人、おかんの遺骨引き取ったんか?」

 葵は呆れたように言った。

「知らんのか?」

「なんも知らん……。なんも教えてもらわれへん……。おかん死んだ時もや」

「葵……」

 大倉は息をついた。

「せやけど勝手に犯人扱いされて、ほんま迷惑しとんねん」

 葵はため息交じりに呟いた。

 屋上にいた数羽の鳩が二人の真上を飛び去った。

 大倉は鳩に目を奪われ、その姿を見上げ続けた。

 葵は大倉の様子をじっと眺めた。

「大倉さん……」

 葵の声に大倉は視線を戻した。

「なんや?」

「大倉さん、ほんまおもろいなー。僕……大倉さんのこと、嫌いやないで!」

 無邪気に笑う葵の言葉に大倉はハッとした。久下の家で息子・智也に言われた言葉を思い出し、葵が智也と重なった。大倉の眼差しが父親のように優しくなった。

 スマートフォンが鳴った。

「もしもし」

 電話に出ると新庄からだった。

「大倉さん、カメラの映像確認できて犯人が映ってた……」

 新庄は重々しい声で告げた。

「誰や?」

「それが――」

 新庄の口から名前が告げられた瞬間、大倉の胸が騒ついたが顔には出さず、ただ葵を見つめた。

 葵はきょとんとした顔で大倉を見返した。

「ああ、すぐに行く……」

 大倉は弱々しく電話を切った。

「葵……悪かったな……」

「別にええよ」

「そっか……ほな、行くわな」

「大倉さん、また来てな」

 葵は無邪気に笑った。

 大倉は微笑み返し、屋上を後にした。



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