求塚 2
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大倉も信濃と同じで葵を疑っていた。決定的な証拠は何もなく、すでに捜査が終了している以上、今さら動くことはできなかった。
だが、『覗いてはいけない部屋』で見つかった隠しカメラの存在が流れを変えようとしていた。クラウドに保存された映像を確認できれば、山口静香を殺害した犯人を特定できるかもしれない。その人物は新大阪で薫を刺した人物と同一人物ではないか――そう考えていた。
確証を得る前にどうしても葵に会って話がしたかった。胸の奥で何かが急かしていた。
葵は慶介が入退院を繰り返す市民病院に、身の回りの世話で通っていた。
看護師たちの話では、午後になると屋上に姿を見せるという。その時間を見計らって大倉は病院へ向かった。
屋上へ出ると、葵は『羽衣』の舞を舞っていた。その動きはあまりに軽やかで、時間そのものが息を潜めたかのようだった。しなやかに流れる腕、空気をなぞる足さばき――舞は不思議な引力を帯びていた。
大倉は男である自分でさえ、その魅力に息を呑んだ。
葵は大倉の気配に気づいて舞を止めると、不貞腐れたように頭を下げた。
「さすがやな」
いつもと違う大倉の様子を警戒して、葵は黙ったまま睨み返した。
「山口静香が殺された部屋にな、隠しカメラがあったんや。――科捜研が今その映像を調べとる。もうすぐ山口を殺した犯人が分かるはずや」
大倉は蛇のような目つきで一歩詰め寄った。
「……葵、おまえやろ」
互いに視線を逸らさぬまま空気が張り詰めた。
突然、葵はこらえきれずに吹き出して声を上げて笑った。子供のように笑いながら、久しぶりの関西弁で言った。
「その推理、めちゃめちゃおもろいな」
大倉は不意を突かれ、蛇の目どころか完全に目が点になった。
――なんや俺、まちごうてたんか?
「まあ、世間は山口さんの事件で僕と慶之助を怪しい思うとるやろうけど、そんなわけないやん」
「葵、おまえ真島の人間、憎いんやろ?」
大倉は弱々しく尋ねた。
「めちゃめちゃ憎いに決まっとるやん!」
「ほんなら山口静香に頼んで――」
「なんで頼まなあかんねん」
葵は遮るように言った。
「真島の人間が憎いから慶之助より能の技術をちゃんと身につけて、それで仕返ししようとしてるだけや。それやのになんで殺さなあかんねん。――だいたい自分に似たやつ集めるとか、キモイしおかしいやん」
考えれば確かにそうだった。葵の雰囲気に似た青年が山口の手によって誘拐されただけで、葵が関係していると考えるのはおかしい。大倉は訳が分からなくなった。
「そんでもおまえ、お母さんの遺骨、山口に頼んで引き取ったやろ?」
大倉は成田から聞いた京都での話を思い出しながら、確かめるように尋ねた。
「はぁ? あの人、おかんの遺骨引き取ったんか?」
葵は呆れたように言った。
「知らんのか?」
「なんも知らん……。なんも教えてもらわれへん……。おかん死んだ時もや」
「葵……」
大倉は息をついた。
「せやけど勝手に犯人扱いされて、ほんま迷惑しとんねん」
葵はため息交じりに呟いた。
屋上にいた数羽の鳩が二人の真上を飛び去った。
大倉は鳩に目を奪われ、その姿を見上げ続けた。
葵は大倉の様子をじっと眺めた。
「大倉さん……」
葵の声に大倉は視線を戻した。
「なんや?」
「大倉さん、ほんまおもろいなー。僕……大倉さんのこと、嫌いやないで!」
無邪気に笑う葵の言葉に大倉はハッとした。久下の家で息子・智也に言われた言葉を思い出し、葵が智也と重なった。大倉の眼差しが父親のように優しくなった。
スマートフォンが鳴った。
「もしもし」
電話に出ると新庄からだった。
「大倉さん、カメラの映像確認できて犯人が映ってた……」
新庄は重々しい声で告げた。
「誰や?」
「それが――」
新庄の口から名前が告げられた瞬間、大倉の胸が騒ついたが顔には出さず、ただ葵を見つめた。
葵はきょとんとした顔で大倉を見返した。
「ああ、すぐに行く……」
大倉は弱々しく電話を切った。
「葵……悪かったな……」
「別にええよ」
「そっか……ほな、行くわな」
「大倉さん、また来てな」
葵は無邪気に笑った。
大倉は微笑み返し、屋上を後にした。




