求塚 1
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翌日の夕方、成田と信濃は仲良く捜査一課に現れた。
「大倉さん、田中さん。――どうぞ、お土産です」
信濃は笑顔で、京都の八つ橋が入った紙袋を二人に差し出した。
「なんや、もう帰って来たんか?」
「はい……。一泊二日でしたが、いい旅行でした」
成田は照れくさそうに答えた。
化粧した信濃を大倉は二度見した。
「信濃、珍しく化粧してるやん。――おまえ、美人やな。ほんでも化粧せんほうがええな」
「大倉さん、セクハラですよ」
田中が注意した。
「大倉さん、ありがとうございます。お化粧はしてもらいました」
「で、おまえら何しに京都へ行ったんや?」
大倉の問いに、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
田中はその様子を見て、疑いが薄れたように言った。
「成田さんの前で化粧するぐらいですから、婚前旅行ですか?」
「はい……。東山にある『清水三年坂美術館』に行って来ました」
「美術館に何しに行ったんや?」
「蒔絵を鑑賞しました」
「蒔絵? なんやそれ?」
「蒔絵は漆器に描かれる日本の伝統工芸品です。金や銀の粉を漆に蒔きつけて絵を描くもので、光に当たると柔らかく輝きます。――能では、囃子方の太鼓や笛にもこうした蒔絵が施されていて、音とともに視覚の美も楽しめます」
「そうなんですね」
田中は興味ありげに言ったが、大倉は関心なさそうだった。
「そうすると……その美術館で出会った方と仲良くなりまして……」
信濃は田中に向かって話を続けた。
「女性ですか?」
「はい。お化粧はその方にしてもらいました」
「そうなんですか……」
「その方、美術館の近くにある『葵飾簪』の店主さんで――」
「葵?」
大倉が目を細めた。
「偶然にも、真島葵さんの亡くなったお母さんが働いていたお店でした」
「えっ?」
「そこのおかみさんからお茶に誘われて、成田さんと一緒に、葵さんのお母さんの話を聞いてきました」
信濃は田中に微笑んで言った。
「信濃さん、それって偶然じゃないですよね?」
田中は苛立ちを見せながら問い詰めた。
「いいえ。たまたま美術館に行ったら――」
「嘘は止めてください!」
田中が立ち上がり、声を荒げて信濃を睨んだ。
「田中、落ち着けや」
大倉は言った。
「今回の山口さんの事件には、真島葵が絡んでいると思います」
信濃は素の顔になって言った。
「葵さんは犯人じゃありません! この事件は解決済みなのにどうして掘り返すんですか!」
田中は初めて見る信濃の素の顔に一瞬たじろぎながらも、強い口調で言い返した。
二人が睨み合う中、新庄が顔を覗かせた。
「……なんか、タイミング悪かったかな」
「新庄か、なんや?」
大倉が新庄を見て尋ねた。
「科捜研から連絡です。鉄椅子に隠されていた監視カメラですが、映像の確認ができるそうです」
「ほんまか!」
大倉が喜びの声を上げ、全員が驚いた。
「ただ、映像はクラウド上に保存されているため、運営会社への開示請求が必要で……確認まで一週間ぐらい時間がかかるそうです」
新庄は軽く会釈をして、足早に部屋を後にした。
「これで誰が犯人か映像で分かるな」
大倉の言葉に、信濃と田中は互いの視線を外した。
「信濃、ほんで香水は見つかったんか?」
「ああ、山口さんが『大切な時』に使っていた香水ですね。――いいえ、見つかっていません」
その返答に、田中はフッと笑ったが、成田は信濃を一瞥した。
「信濃さん、ご飯に行きましょう」
成田は顔を覗き込んだ。
「はい、成田さん」
信濃は笑顔で答えたが、思い出したようにバッグから三つ折りパンフレットと簪が包まれた包装紙を取り出し、田中の机に置いた。
「田中さん、この美術館は葵さんのお母さんがよく通われていたそうです。――これは葵飾簪です。お土産です。葵さんの名前はこの飾簪から取ったそうです」
田中は背を向けたまま黙っていた。
「それでは失礼します」
信濃は成田を連れて、仲良く部屋を出て行った。
田中は黙ったまま簪に手を触れ、愛おしそうに見つめた。
エレベーター前で、成田は信濃に尋ねた。
「香水が見つかったこと、どうして嘘をついたんですか?」
「そうですね……。田中さんに意地悪したくなって……」
「意地悪だけですか?」
「それと……成田さんと私だけの秘密にしたいと思いました」
「そうやって、また俺を惑わせるんですか?」
「成田さんは刑事ですから、そんな惑わしには騙されませんよ」
エレベーターが着き、二人は乗り込んだ。




