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黒塚の陰翳  作者: 猫田たい子
第一章
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道成寺 5

5


「調査期間を一年から五年に広げ、全国の行方不明者を洗い直しました。――十五歳から二十歳で、顔の雰囲気が似た人物は計三十七名です」

 田中は顔写真を机上に並べた。

「多くが片親、もしくは児童養護施設で育った子供ばかりです。遺体も見つかっておらず、ただ『行方不明届』が出されているだけです。――もしかしたら届すら出されていない子もいるかもしれません」

 成田が日本地図を広げ、赤いマジックでバツ印をつけていく。

「……東京が一番多いですね」

 東京の上にバツを描き、「8」と書き添えた。

「白須総監の息子は片親ちゃうやろ?」

 大倉が確認すると、成田は少し言いにくそうに口を開いた。

「それが……息子さんの失踪の数か月前に、離婚されていたそうです」

 大倉の脳裏に白須総監の息子・透馬の顔が過り、息子・智也の姿が重なった。

「だから狙われた可能性があります」

 成田が言うと、田中は身を乗り出した。

「白須総監が離婚してなければ、息子さんは行方不明にならなかったってことですか?」

「それはない!」

 大倉は思わず声を張り上げた。離婚を経験した者としてその言葉は認めたくなかった。

「大倉さん、白須総監と直接会って話をされたほうがいいと思います」

 成田の言葉に大倉は小さく頷き、「せやな」と席を立った。

 

 白須は五年前、大阪府警の本部長だった。当時、大倉は大阪市中央区・東警察署の強行犯係に所属していた。

 透馬は塾へ行かず、ゲームセンターで一人時間を潰すような子だった。

 ある日、大倉が仕事で難波《なんば》近くを通りかかった時、透馬が数人の高校生に囲まれカツアゲを受けている場面に出くわした。

 大倉は咄嗟に高校生たちを追い払ったが、透馬は「家に帰りたくない」と頑なに拒んだ。仕方なく東署へ連れて行くと、母親が迎えに来たが、それでも「帰りたくない」と首を振り続けた。

 白須が現れ、怒気をはらんだ声で叱責を始めた。怯える透馬の姿に大倉は咄嗟に二人の間に割って入り、白須と言い争いになった。

 自分の息子は守れなかったのに他人の、それも本部長の息子を守っている状況に違和感を覚えつつも、その夜、透馬を近所のラーメン屋に連れて行き、腹いっぱい食べさせながら時間をかけて話を聞いた。

 白須のことは苦手だった。それでも透馬の前では「偉い父親だ」と持ち上げた。

 翌年、白須が東京へ転勤するまでの間、透馬は何度か大倉を訪ねてきた。二人でラーメンを食べに行った回数は――皮肉にも自分の息子より多かった。

 元妻の再婚を機に、智也とは三年も連絡が途絶えている。先ほど、久下の息子が智也と同じ高校に通っていると聞き、少しだけ近況を知ることができた。大阪を離れ、東京へ逃げた自分を、息子はきっと軽蔑しているに違いない。

 大倉が警視総監室を訪れると、そこにはやつれた白須が座っていた。


「大倉さん、警視総監と何を話されたんですか?」

 JR新幹線・やまびこの車内で、田中が声を潜めて聞いた。

「まあ、いろいろとな」

 大倉は窓の外を見つめた。

 田中は一瞬、さらに問い詰めようか迷ったが、大倉の冷たい視線の前で、これ以上踏み込むのは無粋だと感じた。

 二人が降り立ったのは、栃木県小山市《とちぎけんおやまし》にある小山駅だった。

 改札を抜けるとすぐにタクシーに乗り込み、郊外の児童養護施設・小山学園へ向かった。

 小山学園では、家庭の事情で親と暮らせない二十人ほどの子供たちが生活している。そのうちの一人が堺《さかい》陽向《ひなた》、十七歳。昨年から行方不明で、施設から正式な届け出が出されていた。

 玄関先で女性園長・上谷《うえたに》(55)が二人を迎えた。

「東京からわざわざお越しくださり、ありがとうございます」

 丁寧な口調だったが、疲れが滲んでいた。

 田中と大倉は案内され、事務所へ向かった。

 事務所に入ると、使い込まれた机や棚が並んでいた。窓際のストーブには焦げ跡があり、布張りのパイプ椅子もほつれが目立った。

 二人はその椅子に腰を下ろした。

「堺陽向さんは、去年から行方不明なんですね?」

 田中が向かいに座る上谷を見ながら尋ねた。

「……はい」

 返事はどこか歯切れが悪かった。

「何か、心当たりでも?」

 大倉が口を挟んだ。

「はい……。陽向くんは、もともとこの園にいるのを嫌がっていました」

 上谷の言葉に、二人は顔を見合わせた。

「もしかしたら……自分の意思で戻らないのかもしれません」

「上谷さん、どういう意味ですか?」

 田中が尋ねた。

「――実は……陽向くんの両親は、犯罪に関わっていて……」

 言葉を探す上谷の代わりに、大倉が口を開いた。

「――栃木青年殺人事件か」

「……はい」

 上谷は深く頷いた。

 十年前、栃木県常渕市(つねぶちし)で、五歳から十歳までの男児五人が行方不明になった。犯人は陽向の父親だった。

 父親は男児を誘拐する際、警戒心を解くために息子の陽向を利用していた。そして、男児を凌辱してから殺害し、遺体を陽向と母親に解体させていた。

 母親は次第に精神がおかしくなり、父親を殺害してから警察に、凶器を持ったまま自首をした。

 陽向も父親から暴力と性的虐待を受けていたことが分かった……。

「酷い……」

 上谷の話を聞き、田中は顔を伏せた。

「それが原因で陽向くんは人を信用していません。……誰かに連れ去られたり事件に巻き込まれたりする可能性は低いと思います」

「上谷園長、それはちゃう!」

 大倉の熱に押され、上谷は思わず肩を震わせた。

「どんな子でもな、突然事件に巻き込まれることはあるんや。――それにな、陽向くんの居場所はここしかないんや。戻ってきた時ちゃんと迎えてやらなあかんやろ」

 そう言いながら、白須警視総監との会話を思い出した。

「大倉、もう透馬は――」

「白須総監、何を諦めとんのや! 俺が絶対に見つけたる!」

――透馬、おまえ一体どこにおるんや。

「そうですね。刑事さんの言う通りです」

 上谷は目に涙を浮かべ、頷いた。

 田中も上谷の言葉に頷くと同時に、壁の隅に飾られた一枚の写真に視線が止まった。

「上谷さん、あの写真は!」

 思わず立ち上がり、指さした。

 それは、上谷園長と山口が親しげに並んでいる写真だった。



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