隅田川 5
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翌日、信濃と成田は新幹線の座席に座っていた。
「信濃さん、京都へ行く目的はなんですか?」
「山口さんの『大切な時』に使っていた香水を探しに行きます」
「真島葵のことですね」
「成田さん、お気づきだったんですね。流石です」
信濃は微笑んだ。
「俺は……この気持ちをどうしたらいいですか?」
「そうですね……」
信濃は考えながら「成田さんは今、吊り橋効果にかかっているだけだと思います」と付け加えた。
「俺は刑事です。そんな単純な考えで信濃さんを好きになりません」
「そうですか……」
成田は信濃の手を取って言った。
「この事件が解決したら、俺のことをきちんと考えてください」
「この事件はまだ解決していないと考えているとは、やっぱり成田さんは刑事ですね」
「大倉さんだってそうですよ」
「はい……。でも田中さんは違います」
信濃は素の顔になった。
「解決したら、俺のこと――」
「もちろんです。絶対に香水を見つけましょう」
成田の手を握ったまま即答した。
鑑識課の新庄に、大倉と田中が会いに来た。
「新庄、カメラに何か映ってたか?」
「ああ、大倉さん、田中さん。あのカメラは故障してたよ」
「じゃあ、確認はできないんですね」
田中がすぐに尋ねた。
「内部の記録媒体も調べたけどデータは残ってなかった。映像がクラウドに自動で送られてる可能性があるから、今は科捜研で確認してもらってる」
「映像の確認にどれくらいかかりますか?」
「……十日くらいかな。映像が残っていたとしても、クラウドの運営会社に開示を求めるとなると、もう少し時間がかかるかもしれない」
新庄は考えながら答えた。
「そうですか……」
「新庄、おおきに」
部屋を出ようとする二人に、新庄が声をかけた。
「成田さん、信濃さんといい感じだな」
「どこがや! 成田が勝手に勘違いしとるだけや」
「そんなことない。長年この仕事をしてると指紋や足跡だけじゃなくて、人の痕跡も読めるようになる。――信濃さんが成田さんを見る目もその一つ。あれはかなり頼りにしてる」
新庄は二人を見てニヤリと笑った。
「信濃さんが?」
田中が目を細めて呟いた。
「二人で京都旅行だってさ。若いっていいよなあ」
新庄が羨ましそうに言った。
「京都? あいつら京都に行ったんか?」
大倉は何かを考えた。
信濃と成田は、京都市東山区の細い石畳を抜けた先にある老舗のかんざし屋を訪れた。
軒先の白い暖簾が風に揺れ、控えめな木の看板には「葵飾簪」と墨で記されていた。
店内に客の姿はなく、ガラス棚には季節や用途に応じた多彩な簪が並んでいた。銀地に透かし細工を施した「風車簪」、絹糸で花びらを象った「花細工簪」、赤珊瑚をあしらった「玉簪」など、どれも職人の技が感じられる美しいものばかりだった。
「信濃さん、ここは?」
成田は店内を見渡しながら尋ねた。
「真島葵の亡くなった母親が、葵を身ごもった後に働いていた場所です」
「誰からこの場所を聞いたんですか?」
「長山さんにお願いして、山口さんの弁護士を紹介してもらいました。その方から話を聞くことができました」
「それで……どうやって……ここに辿り着いたのですか?」
「山口さんはご主人の想い出ではなく、真島葵に関係する香水を使っていたのかもしれないと思ったんです」
「ああ……」
成田は納得して頷いた。
「そう考えると真島葵の母親が使っていた香水じゃないかと……」
「そうですか……」
成田は刑事である自分よりも、信濃の洞察力が優れていることに劣等感を覚えた。
着物姿の女店主(60)が現れた。信濃の顔を見て驚いたようだった。
「おこしやす」
「東京から来ました信濃と申します」
「成田です」
二人は店主に頭を下げた。
「山口さんの弁護士先生から聞いています。渡辺どす。――ほな、ちょっと話が込み入ると思いますさかい、お店、閉めさせてもらいますわ」
渡辺は入り口の暖簾を下ろし、扉に「準備中」の札をかけた。
「どうぞ奥へ。たいしたとこやおへんけど、ゆっくりしていってください」
案内されたのは奥にある畳の部屋だった。
信濃と成田が正座すると、渡辺は湯飲みを二つ差し出した。
「お口に合うかどうか分かりませんけど、どうぞ」
「ありがとうございます」
二人は礼を言い、茶に口をつけた。
「山口さん……怖い事件でしたなあ」
「はい……」
「あの方……あれだけの事件を起こして世間を騒がせはったけど、うちにとっては命綱どした。――五年前、借金で首が回らんようになって仕入れもできず、常連さんも離れてしもうて……そんな時に現れはったんですわ、山口さんが……」




