船弁慶 4
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薫が東京へ来る前日、慶之助が電話で大倉に能舞台の設計図が用意できたと報告した。
「慶之助が取りに来て大丈夫や言うてるけど、俺は明日一日中、薫に付きっきりやからな」
「大倉さん、それなら明日朝一に、私がここに来る前に真島家に取りに行きます」
「田中、助かるわ」
「山口邸の設計図はどないなっとる」
「それは、執事の長山さんが、坂本さんが来られた時に渡すと言っていました」
「さよか。――薫が『覗いてはいけない部屋』を見つけてくれたらええんやけど……」
「そうですね……」
田中は呟いた。
だが、薫は東京に来ることはなかった。
翌朝、薫は新大阪駅を七時三十分発、東京駅に九時五十七分着予定の新幹線に乗るはずだった。
七時に薫から「今から乗る」というメールが届いたため、大倉は九時半に家を出て東京駅へ向かうつもりでいた。
出かける準備をしていた時、大阪府警の久下からスマートフォンに着信が入った。
「久下か、どないした?」
「大倉、大変や! 坂本さんが新大阪駅で刺されて病院に運ばれた!」
「なんやて!」
「御堂筋線の改札を出て、新幹線へ向かう階段で誰かに刺されたらしい」
「何時頃の話や?」
「朝の七時過ぎや」
久下の言葉に大倉はメールの時間を思い返した。
「なんで連絡がこんなに遅れたんや!」
「犯人かどうかは分からんけど、坂本さんが階段で転げ落ちた時、荷物もスマホも盗まれてしもたんや。せやから身元の確認に時間がかかってもうてな」
「落とし物が持ち主の元に戻る日本はいったいどこ行ったんや……」
大倉は悔しそうに呟いた。
「すぐにそっちへ向かう!」
電話を切ると同時に田中に電話をかけた。
「田中! 薫が刺された! 俺は今から大阪へ向かう!」
「えっ! 坂本さん、大丈夫なんですか?」
「分からん! 今は集中治療室や!」
「集中治療室……そんな……私も一緒に大阪へ行きます!」
二人は十過ぎに東京駅で待ち合わせて、そのまま新大阪行きの新幹線に乗り込んだ。
新幹線の座席に座ると、大倉は田中のジャケットからふんわり漂う白檀の香りに気づいた。
「田中、おまえ、真島んとこに行ってたんか?」
「はい、舞台の設計図を取りに行っていました」
田中はバッグの中から茶封筒に入った設計図を見せた。
「なあ、薫を刺した犯人やけど……」
「はい……」
田中は大倉を睨むように見た。
「今日、薫が東京に来るって知っとった奴やと思うんや」
「えっ? どういうことですか?」
「薫に『覗いてはいけない部屋』を見つけられたら困る奴や」
「山口静香……とか?」
「せや。山口と関わっとる奴や。――慶之助は薫が東京に来るのを知っとったな」
「はい……。でも今朝、慶之助さんにお会いしましたよ。設計図も慶之助さんからお借りしました」
「葵は?」
「えっ?」
田中の顔が曇った。
「今朝、葵はおったか?」
「――葵さんは……いませんでした。でも、国宝のお世話で病院にいると慶之助さんが言っていました」
「ほんまか?」
大倉は田中を睨みながら尋ねた。
「大倉さん……その目、止めてください……怖いです……」
「すまん……」
大倉はため息をつき、窓の外を見つめた。車窓に映る景色は目に入らず、頭の中は薫の安否への不安でいっぱいだった。
二人が新大阪駅に着くと久下が迎えに来ていて、そのまま薫が運ばれた総合病院まで向かった。
田中は久下と初めて顔を合わせたが、挨拶もそこそこに車の後部座席に大倉と並んで乗り込んだ。
「薫の荷物は盗まれたんか?」
大倉は運転する久下に尋ねた。
「防犯カメラを確認したら、坂本さんを刺した犯人が奪っ取った」
「防犯カメラあるんやったら、犯人の顔分かるやろ」
「それがな……全身黒ずくめや。サングラスにマスク、手袋まで。ほんでフード付きのジャンパーや」
「体格ぐらい分かるやろ」
「刺した奴な、奪った坂本さんのバッグを、地べたに座り込んどったホームレスに渡したらしい。話聞いたら、黒いスニーカー履いとって自分より足が大きかった言うてた」
「ほな男か?」
「分からへんけど小太りやったらしい。――カメラからもそういう印象やったわ」
バックミラー越しに久下と目が合い、田中は視線を逸らした。
「薫のスマホは?」
「それがな……坂本さんが階段から転げ落ちた時、近くにおった大学生がスマホをくすねとってな。そんで身元の確認が遅れたんや。――坂本さんの奥さんが『新幹線乗ったら連絡する』言うてたのに、いつまでたっても連絡けーへんからおかしい思てスマホのGPS調べたら、なんや難波にあるって分かってな。それで俺に連絡が来たっちゅうわけや」
話しているうちに車は総合病院に到着した。三人はすぐに車を降りて薫のもとへ急いだ。




