船弁慶 3
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大倉と田中は事前に慶之助に連絡を入れてから、鑑識の新庄を連れて真島家を訪れた。
慶介は検査入院の末、PSA値が基準を大きく超えていたことで前立腺がんと診断されていた。「舞台は命だ」と公言していたこともあり、手術は一か月後に延ばされて今になった。
「葵はおじい様の付き添いで、今日は病院におります」
「そうですか……」
慶之助の丁寧な口調に少し戸惑いながらも、田中は照れくさそうに頷いた。
真島家の能舞台は山口邸のものと似ていた。
「この舞台、山口さんとこと同じ設計か?」
「さすが大倉さん。同じ建築士の設計です」
慶之助は微笑みながら答えた。その笑顔はわざとらしく、大倉は目を細めた。
「では舞台に上がらせていただきます」
鑑識の新庄は足袋を履き、一礼して舞台に上がり、周囲に隠し扉がないかを確認し始めた。
「それにしても山口様が行方不明とは……本当に心配です」
慶之助は田中に身を寄せるように言った。
二人の距離の近さに大倉は違和感を覚えた。そのまま間にすっと割って入り、探るように言った。
「なんか心当たりはないんか?」
「全くありません……。ただ心配でなりません」
慶之助は大倉の目を見つめ返した。
新庄は舞台上を丹念に点検していた。床板に指を這わせ、軽く叩きながら音の違いを確かめ、金属探知機を手に取って仕掛けが隠されていないか慎重に探った。
舞台脇の点検口に身を屈めて狭い床下へ潜り込むと、土の上に並ぶ甕を懐中電灯で照らした。光が木組みに反射して揺れるたびかすかな気配が漂ったが、明らかな異常は見当たらなかった。
新庄は大倉の元へ戻り、首を横に振った。
「ここやないんか……」
大倉は肩を落として呟いた。
「大倉さん、俺は建物に詳しくないから……ほら、友達の坂本さん? その人なら何かしら気づくかも」
新庄の言葉に慶之助がすぐに反応した。
「坂本さんというのはどなたですか?」
「坂本さんは大倉さんの親友で、大阪で一級建築士をしています」
田中が慶之助に伝えた。
「そうですか」
「せやな、薫やったら何か気づくかもしれんな」
「でしたら、この舞台の設計図を坂本さんにお見せしても構いません」
慶之助の寛大な申し出に大倉は思わず顔を上げた。
――こんな大事な図面を簡単に他人に見せてええんか?
警戒心が過った大倉は目を細めて尋ねた。
「ほんまか?」
「ええ、ほんまです」
慶之助は口元に笑みを浮かべ、軽く関西弁をまねて答えた。その響きと仕草に、大倉は無意識のうちに構えを緩めていた。
その様子を見ていた新庄は、関西弁は下品だと思っていたが、美男子がしゃべるとそうでもない。大倉のしゃべり方だけが下品だとようやく気づいた。
「薫さん、来てくれるんですか! 楽しみです!」
捜査一課で、信濃が嬉しそうに田中と大倉に言った。
「まあ、来週やけどな」
大倉は椅子にもたれながら、天井を見上げて言った。
「その時に薫さんは山口静香さんの能舞台と、真島家の能舞台を確認するんですね?」
「はい……」
田中はどこか気乗りしない様子だった。
「不思議ですね。真島家の人たち、薫さんが来るのに反対しなかったんですか?」
「それがな、むしろ歓迎しよったんや。しかも能舞台の設計図まで用意してくれるんや」
「真島家の皆さん、いい人なんですね」
その言葉にはどこか棘があった。
「気持ち悪いくらいや」
「山口静香さんは見つかりそうですか?」
「いいえ……」
田中が答えた。
「山口の秘書とシェフも行方不明や。どこに隠れとんのや、ほんまに……」
「つまり秘書とシェフは共犯ってことですね。――あっ、シェフがいないなら、やっぱり肝を取っていたんですね!」
「おい、信濃。おまえデリケートなさすぎやぞ。その話はトーン下げてせえ」
「すみません……」
「信濃さんは、三人は一緒に逃走していると思いますか?」
田中が尋ねた。
「三人ともそれぞれ役割が違いますからね。逃走も別々にされていると思います。山口静香さんについては……全てを捨てて逃げるような人には見えません。何かトラブルに巻き込まれた可能性が高いと……思います」
信濃は少し曖昧な口調で答え、「でも……」と付け加えた。
「でも?」
「薫さんが来たらすぐに解決ですね」
信濃の言葉に田中は露骨に嫌な顔をしたので、大倉は笑いながら言った。
「田中、おまえ薫のこと嫌いすぎやろ。あいつ、そんな怖ないで」
「はい、分かってます……分かっているんですけど……」
「田中、おまえ信濃のことは怖ないんか?」
「えっ? 信濃さん? 全然怖くないですよ」
田中は信濃に向かってにっこり微笑んだので、信濃も微笑み返した。
「信濃はな、薫やで」
大倉がさらりと言った。
「大倉さん、冗談きついですよ。信濃さんは坂本さんとは全然違います」
田中は笑いながら言った。と同時に、背後から素の信濃が大倉を睨んでいた。




