船弁慶 2
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長山が三人を離れの能楽堂へ案内した。
「敷地内に能舞台があるなんて……」
新庄は先ほどのアート部屋にも驚いていたが、ここまでくるともうついていけないといった様子だった。
「こちらでございます」
長山がカードキーで扉を開けた。三人が中に入るとセンサーが反応して柔らかい照明が点いた。
中には橋掛かりのない小規模な能舞台が設えられていた。舞台前には広い空間が広がり、普段はここに椅子を並べて観客が舞台を鑑賞しているのが分かった。
「ここはどんな時に使われるんですか?」
田中が長山に尋ねた。
「こちらは月に一度開かれる、真島家の皆様をお招きする晩餐会の際に使用されます。お食事の前にこの舞台で過ごされるのが恒例となっております。――田中様と大倉様がご招待を受けられた際も、少し前に使われておりました」
「葵も使うんか?」
「いいえ」
大倉の問いに長山は首を横に振った。
舞台の周囲には白い砂利が敷かれ、木造の重厚な板床との鮮やかな対比が空間を引き締めていた。
新庄と大倉が鏡板付近にある隙間から床下を覗き込むと、空洞になっていた。中には同じ大きさの甕が間隔を変えながら無造作に並べられていた。これらの甕は能の舞や囃子、足拍子の音を床全体に響かせ、観客に届ける仕組みになっている。甕が共鳴することで舞台の振動が増幅され、音が空間に豊かに広がる。
大倉が階まで歩き、足をかけて舞台に上がろうとしたが――
「大倉さん、その舞台は神聖なもんだろ。捜査令状もないのに上がるのはさすがにマズいって」
新庄の言葉に大倉は足を止めて引っ込めた。真島家の能舞台で靴下のまま上がって叱られたことを思い出し、長山の隣に立つ田中を見ると、冷ややかな視線とぶつかった。
長山に見送られ、三人は山口邸を後にした。
「どうか奥様を探してください」
その一言に三人は山口家の執事としての誇りと、長年仕えてきた者にしか持てない強い想いを感じた。
長山は山口家の先代の主人が存命だった頃から仕えていた執事で、山口家のために尽力し続けてきた。その信念と誇りは忠誠心を超えて山口家の歴史そのものであった。
「山口静香ですけど、プライベートジェットを使えば海外逃亡も可能ですね。響機器用の大型ケースにでも隠れれば出国もできそうです」
捜査一課で、成田が田中と大倉に言った。
「そういう事件ありましたよね。確かに山口さんならお金もあるし……」
田中が同意するように返した。
「その線も含めて空港警察に連絡しておきます。山口静香が出国しないように手配しておきます」
成田はすぐに動こうとしたが――
「せやけど、もう行方不明になって二週間以上や。生きとったらとっくに逃げとるやろ」
「生きてたらって……大倉さん。山口が亡くなっている可能性もあると?」
「成田、刑事はな。生きとる可能性も死んどる可能性も、どっちも考えなあかんのや」
「でも、今回の首謀者はどう考えても山口でしょう」
「分かっとるがな。ただな……なんか違うんや……」
「大倉さん、何が違うのですか?」
田中が聞いた。
「分からん……何か引っかかるんや……」
大倉はため息交じりに呟いた。
「お疲れ様です」
信濃が三人の会話の中にすっと入ってきた。
「あっ、信濃さん。お疲れ様です」
田中が軽く会釈した。
「山口静香さんの邸宅に『覗いてはいけない部屋』はありましたか?」
早速本題に入った。
「ええ、ありましたよ」
「本当ですか、田中さん!」
信濃の顔がぱっと明るくなった。
「でも、美術館みたいな趣味の部屋でした」
「おかしいですね……」
そう呟いて考え込み「確か、能舞台がありましたよね?」と田中をじっと見つめながら尋ねた。
「はい、あります」
「その下にモルグはありませんでしたか?」
信濃の問いに、田中は目を細めて黙り込んだ。
「舞台の下は目視やけどな、壺みたいなんがようさんあったわ」
大倉が代わりに答えた。
「そうですか……」
「何か気になるんですか、信濃さん?」
田中が尋ねた。
「ええ。この事件は『黒塚』を基にしていると思うんです。――『黒塚』を意識していたとしたら、やっぱり……能舞台の下に『覗いてはいけない部屋』を造ると思ったんです。もし私が犯人なら――」
「その言葉、嫌いなんです」
田中がピシャリと遮った。
「そうでしたね」
「そんなん造れるスペースなかったで」
「能舞台は真島家にもありますか?」
「あるで。俺、一回足乗せて奥さんにめちゃめちゃ怒られたわ」
「その下は確認しましたか?」
信濃の問いに、大倉と田中が顔を見合わせた。
「……まだや」
大倉が答えた。




