安達原 3
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竜斗がXLサイズのスーツケースを持って来て、皆の前で開けて置いた。
「このスーツケースは高さ七十五センチ、幅は五十センチや。厚みは三十三センチで重さは七キロある。――こん中に身長百七十センチ、体重五十五キロから六十キロぐらいの人間がギリギリ入れる大きさや」
薫の説明に、大倉はしゃがんでスーツケースを確認し始めた。
「犯人は304号室に被害者を泊まらせて睡眠薬で眠らせた後、303号室からこのカラクリ箱を使って304号室に侵入したんや」
田中は薫の説明にまだ追いついていなかった。
薫は紗綾型のカラクリ箱(12×8×5センチ)を見せた。
「これ秘密箱言うねんけど、これな、見かけはただの箱の模型やけど、よー見たら隠された仕掛けがあんのや」
薫は箱を手に取り、何度もスライドさせながら微妙に位置を調整した。動かすたびに少しずつ蓋がずれ、箱は開いていった。十二回目の動きで蓋が開き、中は空だったが複雑な仕掛けだけが残っていた。
「この要領で303号室に秘密箱を作ったんや」
先ほどのカラクリ箱と同じ仕組みで、スーツケースが縦に収まるほどの突き出た紗綾型の出っ張りがあった。スーツケースの標準的な高さが約七十センチであれば、出っ張りの高さはそれを少し上回る約八十センチほどだ。
出っ張りには精緻なアートが施された格子のカバーがかけられ、大切な絵画にガラス張りの額縁をつけるかのようだった。
カバーは出っ張りが十センチほどしか見えないように設計されていた。客人がいても、誰もそこに手を触れることはないだろう。
薫は格子を丁寧に外した。続いて竜斗がしゃがみ込み、アンティーク金庫を扱うかのように出っ張りの上下に慎重に手をかけた。
まず、上部の出っ張りの中心にある幅三センチの板を左にスライドさせ、上全体を壁際に押し込む。再度同じ場所を左にスライドし、再び上全体を押し込むと、側面がわずかに上がった。
次に、下部の出っ張りの中心にある幅三センチの板を右にスライドさせ、下全体を壁際に押し込む。続けて、その板を先ほどの倍の距離だけ右にスライドし、再度下全体を壁に押し込む。そして、右にスライドさせた板を一旦元に戻し、最後にもう一度下全体を押し込む。
その瞬間、側面が完全に上に上がり、スーツケースがぴったり収まる空間が現れた。
「凄いですね……」
信濃は目を見開いて感心の声を漏らした。
大倉は薫が仕掛けを楽しんで作ったのだろうと想像し、笑みがこぼれた。
「この壁の仕掛けは高さ八十センチ、幅六十センチ。ホテルの壁芯(壁の厚さ)が十五センチやから、奥行きは三十五センチある。ちょうどスーツケースが入る大きさや」
「304号室の壁はどないしたら開くんや?」
大倉が薫に尋ねた。
「決まった重さで開くんや。――敦男から行方不明者の身長と体重を教えてもろたけど、たぶん真島葵は六十キロもないんちゃうか」
薫は田中を一瞥した。
「スーツケースの重さと合わせて、六十五~七十五キロの範囲の重さがここに乗ったら、壁の蓋を戻して、一分経ったら開くように設定しとる。もしかしたら、ちょっと長めに数分かかるかもしれへん。その間、スーツケースに閉じ込められた犯人は、息が詰まる苦しみを楽しむことになるんや。――それに、壁の蓋は両方同時に開くようには作っとらん。動くタイミングに微妙なズレが生じる仕掛けになっとるんや」
薫が言うと、竜斗が六十キロの錘を両手で持って来た。スーツケースに鉛を入れて閉じ、奥に置くと、先ほど開けた仕掛けを丁寧に元に戻した。
――六十秒後。
304号室の壁がスライドして上がった。仕掛けが作動してスーツケースは押し出されるように傾き、304号室の床にパタンと倒れた。
「たぶん、犯行に使われるスーツケースは、閉じこもった犯人が中から開けれるようになっとるんやろう」
薫がスーツケースを開くと、六十キロの錘が露になった。
錘を前に、大倉は腕を組んで興味深げに眺め、田中は息を呑み、信濃は真剣に観察していた。
「犯人は二人いてるはずや。一人は真島葵に似てる奴で、そいつはスーツケースに入って304号室に移動して、睡眠薬で眠らされた、自分そっくりな被害者をスーツケースに閉じ込めて、このカラクリ箱を使って303号室に移動させる。――ほんで、自分は堂々と304号室から出とるんや」
薫の言葉に大倉が眉を顰めた。
「なんでわざわざ手間かけんのや?」
「犯人にとってこの移動は儀式や。――人さらう時に、紗綾型の伝統文様つこうとる時点で計画的犯行や」
「なんでや?」
「紗綾型は不断長久って意味やで」
「不断長久って何や?」
「絶えることなく長く続く。――この殺人は止まらへんってことや」
大倉と田中は渋い顔になった。
「もう一人の犯人は、303号室でスーツケースに入った被害者を受け取り、そのスーツケースをリネン室のエレベーターで地下まで移動させて、車で指定された場所に運ぶ。――東京湾で溺死した子は、たまたま304号室にいたせいで命を奪われたんやろな。せやけど処理を下手な奴に頼んだせいで、こんな大事になってしもたんや」
薫の説明に、信濃は納得したように頷いた。
大倉は白須総監の息子も絡んでいなければ、この事件は有耶無耶に扱われ、表に出ることもなかったのではないかと思うと、胸の奥が締めつけられた。
「ほな、田中さん、スーツケースに入ってくれるか?」
「えっ?」
薫の唐突な依頼に、田中は目を見開いた。
「薫、なんでや?」
「今ここにおる奴で、真島葵の身長、体重に近いのは田中さんだけやん。――犯人が被害者をスーツケースに入れて、303号室に戻した時点で、このお披露目は終わりや」
薫はニヤリと笑った。
――ああ、やっぱり私はこの人が苦手……。
田中は視線を逸らし、心の中で呟いた。
「田中、入らんでええから」
「あっ、はい……」
「残念やなー」
薫はスーツケースに錘を入れて蓋を閉じると、壁際のスライドされた空間に押し込んだ。――六十秒後、扉が完全に閉まった。模型の反対側に回り、カラクリ箱を開ける要領でスーツケースを露わにした。
「スーツケースを出して、カラクリ箱を閉じて、ほんで被害者を運ぶ。――俺が犯人やったらこうするわな」
薫の言葉に田中は眉を顰め、不快感を滲ませた。




