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黒塚の陰翳  作者: 猫田たい子
第一章
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道成寺 2

2


「舞台を楽しんでいただけましたか?」

 舞台裏で、慶介は少し皮肉を込めて大倉に声をかけた。

「まあ……」

 ウトウトしながら舞台を眺めていた大倉は、バツが悪そうに答えた。

「あなたは真剣に鑑賞されていましたね」

 今度は田中に向かって微笑んだ。

「……はい、なかなか興味深かったです」

 田中は隣の男に目を奪われていたことを見抜かれたのだと思い、恥ずかしそうに答えた。

 大倉が慶介に行方不明者の写真を見せようとしたその時――

 華やかな着物に身を包んだ山口《やまぐち》静香《しずか》(60)が、秘書の春日《かすが》(40)を従え、豪華な花束を抱えて入ってきた。

 すれ違いざま、甘く濃密な花の香りが田中と大倉の鼻をかすめた。かすかなスパイスの刺激を帯びた香りは意図的に纏った仮面のように、女の艶やかさと底知れぬ気配を感じさせた。

「素晴らしい舞台でしたわ」

「これは山口様、いつもありがとうございます」

 慶介が頭を下げると、田中と大倉の前からいなくなった。と同時に、真島葵(あおい)(22)が現れ、二人を別部屋へ案内した。

 田中は頬を赤らめた。舞台で目を奪われた男だったからだ。

「こちらでお待ちください」

 葵は二人に頭を下げると、自らも正座して待った。

 しばらく田中にはぎこちない間ができ、居心地の悪さに耐えかねて「あの……舞台、よかったです」と口にした。

 田中が照れながら話しかける姿を見て、大倉は呆れて目を細めた。

「ありがとうございます」

 表情一つ変えずに頭を下げた。

「あんたは……真島さんの孫か?」

「はい。私は真島葵と申します」

「葵!」

 突然の大声に、葵は小さく肩を震わせた。

 兄の真島慶之助(けいのすけ)(25)が襖を開け、部屋に入ってきた。部屋の空気が凍りついた。

「山口様にすぐにお茶をお持ちしろ」

 田中と大倉には目もくれず低い声で命じると、何事もなかったかのように背を向けて出ていった。

「失礼します」

 葵は二人に頭を下げ、部屋を出ていった。

「なんや……国宝の孫って大変やな」

「そうですね……」

 田中は同情した。


 警視庁・捜査一課に戻った田中と大倉に、刑事の成田《なりた》清史郎《せいしろう》(28)が声をかけてきた。

「大倉さん、田中さん、何か分かりましたか?」

「全然あかん。成田、おまえは?」

「東京湾で見つかった遺体ですが、死因は溺死。ただ、睡眠薬を服用していたことが分かりました」

「ほな、眠ったまま殺害されたんか」

「はい、検視の見立てではそうです」

「身元は分かったんか?」

「はい、判明しました。秋田県湯沢市(ゆざわし)の湯沢西高等学校に通う、高橋《たかはし》朔《さく》、十七歳です」

 大倉は息子と同じ年齢だと分かり、思わず息を呑んだ。

「秋田から東京に何しに来とったんや?」

「それが――」

 成田は一枚の写真を差し出しながら言った。

「高橋がSNSに投稿していた内容によれば、友達の松原《まつばら》孝《たかし》と一緒に、真島能楽堂で『道成寺』を観る予定だったそうです」

 田中と大倉は顔を見合わせた。

「これが松原孝です」

 成田が見せた写真は、行方不明の白須の息子と雰囲気がよく似た端正な顔立ちの青年だった。

 大倉はその横に、透馬を含む八人の行方不明者の写真を並べた。

「全員、雰囲気が似ていますね。偶然でしょうか」

 成田が呟いた。

 田中は八人の写真を見つめ、考えたくなかったが葵に似ているような気がして目が泳いだ。

「全員、真島葵に似てるな」

 大倉は田中の不安をよそに言った。


 東京湾で遺体となって発見された高橋朔は、身長が百八十センチを超える大柄な体格だった。秋田から身元確認に訪れた高橋の母親は、行方不明となっている松原とは「ほとんど共通点がない」と語った。では、なぜ二人は一緒に東京に来たのか。

 高橋はキセルの常習犯で、今回も東京へ向かう松原に便乗し、新幹線に無賃乗車していた。二人の足取りを防犯カメラで追ったところ、都内の高級ホテルに入っていく姿が確認された。

 捜査班はホテル側に映像の提供を求めたが「当ホテルの宿泊客ではない」として協力を拒まれた。

「二人がこのホテルに入ったことは確認済みです。捜査にご協力いただけないでしょうか」

 成田がフロント係に丁寧に頭を下げるも、対応は冷たく門前払いだった。

 ホテルを出たところで大倉が成田に声をかけた。

「どうやった?」

「高橋はともかく、松原に関しては、予約すらされていませんでした」

「松原の家族には連絡とれたんか?」

「……それがですね」

 松原は母子家庭で育った。母親は秋田で水商売をしており、息子が東京へ向かったことさえ知らなかったという。行方不明になっている息子の消息にもほとんど関心を示さず、二週間が経過しているにも関わらず行方不明届を出す気配すらなかった。

「酷い母親ですよ……」

 成田はため息交じりに呟いた。

「このホテルは東京の地下に繋がっとるからな。ホテル側が防犯カメラ提出してくれへんなら、ホテルに泊まったか分からへんな」

 大倉が言った。

「大倉さん、成田さん、地下の防犯カメラを入手しました」

 田中が現れて報告した。

「そうか」

「まずはその映像を確認ですね」

 成田が二人に告げた。

 田中は少し間を置いて口を開いた。

「このホテルって……確か、山口静香の経営するホテルじゃないですか?」

「誰ですか?」

 成田が尋ねた。

「実業家です。先週、大倉さんと真島能楽堂に行った時、山口静香もいました。――もしかすると他の行方不明者も、彼女のホテルで失踪していたりして……」

 田中が冗談めかして付け加えると、大倉は眉を顰《ひそ》めた。



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