正尊 4
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大倉が田中を連れてホテルに到着すると、その二部屋はすでに長期の予約が入っていた。
「わざとやろ」
大倉はフロント係を睨みつけて言ったが、フロント係は怯えるだけだった。
「すみません……。怖いですよね、この人」
田中は大倉の前に立ち、フロント係をなだめて続けた。
「予約の件は分かりましたので、せめて部屋のドアだけでも確認させてください」
二人はベルボーイに案内され、お目当ての部屋へ向かったが中には入れなかった。代わりにリネン室を確認すると「立ち入り禁止・工事中」の張り紙があった。
大倉は張り紙を見るなり睨みを利かせて言った。
「わざとやろ」
「えっ、何ですか?」
ベルボーイは戸惑ったように聞き返した。
「いつからリネン室は工事中ですか?」
田中が間に入って尋ねた。
「一昨日からです」
大倉から一歩下がって答えた。
「まあ、わざとですけどね」
田中は呟いた。
「あんな弁慶まで観せられて、まんまやられたな」
「……そうですね」
田中は顔を背け、間を置いてから答えた。
二人がホテルを出ると、大倉のスマートフォンが鳴った。
「薫か、どないした?」
「敦男、ホテルの部屋の確認、ちゃんとできたか?」
「あかんかった。リネン室も工事中にされとったわ」
「そんなことや思たわ」
薫はケタケタ笑った。
「なんやおまえ、失礼やな」
「山口静香のホテルな、あそこと同じ造りのホテルが新潟にもあんのや。――そのホテル、ちょうどハウスキーピングのバイト募集しとってな。アキが応募して、採用されたわ」
「アキちゃん、今、新潟におんのか?」
「ああ、アキは新潟の大学生や」
「せやけど、アキちゃん使うて大丈夫か?」
大倉は心配そうに尋ねた。
「大丈夫や。敦男、おまえアキの性格知っとるやろ」
一級建築士の薫は、設計図を見なくてもホテルの外観や内部を見ただけでおおよその図面を推測できる。
山口静香が手掛けるホテルは全国にいくつもあった。特に三年前に建てられた数軒は、今回事件が起きたホテルとほぼ同じ造りだと薫は気づいた。
あえてホテルの予約を避けたのは「もし自分が犯人なら」という視点からだった。部屋の鍵を開けた瞬間、山口に気づかれると踏んだからである。
「さすがやな、薫」
「犯人の考えの先、さらにその先を考えなあかん。――分かったかい、明智くん?」
薫は子供の頃、大倉に言われた言葉を口にした。
「なんやそれ」
大倉は覚えていなかったが、子供みたいに笑った。
田中は大倉の笑顔を見て、葵の牛若丸を観た後に見たくないと思った。
田中と大倉は新潟へ向かう新幹線に並んで座っていた。
「坂本さんはどうして刑事にならなかったのですか?」
田中の問いに大倉はフッと笑った。
大倉の反応を見て薫が『連鎖を断ち切った男』だったと気づき「すみません……」と謝った。
薫が刑事になったなら、きっと多くの事件を解決していただろうと大倉は思った。
今の日本では薫のように両親や親戚が暴力団に関わり犯罪歴がある者は、警察試験の一次審査の通知すら届かないだろう。警察官の採用に必須の『身辺調査』があるからだ。本人に罪はなくても血筋は変えられない。信頼と清廉さが最優先される組織にとって、薫の存在は『不適格』とみなされる。
薫は子供の頃から理解していたため、警察官になる夢を諦めた。(もともと警察は嫌いだったが)
一級建築士として活躍しているが、周囲からの嫌がらせは未だに続いている。いくつもの建築賞を受賞しても大手ゼネコンからのオファーはほとんどなく、ライバル建築士からの妨害がつきまとう。それでも動じることなく「普通に生活できればそれでいい」と日々を過ごしている。ネット社会となった現在、薫の身内に関する過去や個人情報を勝手に拡散する者には容赦しない。優秀な弁護士を通じて情報開示請求を行い、名誉毀損で訴え続けている。もちろん和解には絶対に応じない。
開示請求を通じて分かったのは、加害者の多くが建築関係者だったことだ。その事実に改めて自分が嫌われていることを実感しつつも、落ち込むことはない。それを逆手に取り、訴訟の事実を晒すことで、次第に嫌がらせの件数は減少していった。
「大倉さん、坂本さんのスマホの待ち受け画面を見ました?」
田中はぎこちない間に話題を変えた。
「犬やろ」
「坂本さん、犬が好きなんですね」
「――せやな」
大倉の返答に何か引っかかるものを感じたが、田中はこれ以上深く追及するのは避けた。
犬の待ち受け画面は薫自身が犬を好きだからではなく、かつて大倉に殺害を止められた出来事を忘れないための自分自身への抑止だった。大倉は本人から直接聞いたわけではないが意図に気づいていた。




