親から離れる
十八歳になったら、家を出る。
僕はそれを、Bitcoinより先に決めた。
十億円を目指すことも、未来知識を使うことも、その後だ。まず、自分の生活を自分で決められる場所へ移る。それが最初の目標だった。
今の僕は十歳で、食事も服も学校も、生活のほとんどを親に依存している。嫌だからといって、今日から一人で暮らせるわけではない。金もないし、子供だけではできない契約や手続きも多い。
現実的な出口は、進学だった。
僕はノートに書いた。
十八歳。
大学。
家を出る。
できれば寮。
大学進学なら、家を離れる理由をわざわざ作る必要がない。寮なら家賃も比較的安く、学校にも近い。
僕が欲しいのは、劇的な逃亡ではなかった。
普通に進学して、普通に家を出る。その結果として、生活の主導権が自分へ移ればいい。
未来の記憶について説明する必要もない。親から離れたい理由を全部話す必要もない。
自立は、普通に説明できる形で進める。
そう決めてから、十八歳で家を出るために何が必要かを書き出した。
大学へ受かる学力。学費。住む場所。生活費。引っ越しの初期費用。銀行や各種手続き。そして、自分で日常生活を回す力。
思っていたより多い。
十八歳になれば自動的に自由になるわけではない。生活能力まで誕生日に生えてくるわけでもない。
なら、八年間で準備すればいい。
まずは学力だった。
大学へ行くなら、当然合格しなければならない。できれば家から通えない場所がいい。ただし、家を出ることだけを理由に大学の質を落とすつもりはなかった。
学びたい内容、費用、寮、卒業後の進路。それらを比べたうえで、同程度の選択肢が二つあるなら、家から離れられる方を選ぶ。
そのくらいでいい。
生活については、前の人生の経験がある。料理も洗濯も掃除も、まったく知らないわけではない。
ただし、今から突然、大人のように家事を仕切れば不自然だ。
だから、自分の服を畳む。掃除を手伝う。簡単な料理を覚える。買い物に行く。
子供として不自然でない範囲で、できることを増やしていく。
大人の記憶があるからといって、子供時代を飛ばす必要はない。
次は金だった。
大学へ行くにも、家を出るにも、Bitcoinを買うにも金がいる。
そして、同じ金を三回使うことはできない。
僕はノートの前のページを開いた。
学費と生活費を確保する。家を出るための費用を確保する。しばらく収入がなくても暮らせる余裕を持つ。
Bitcoinは、その外側の金で買う。
順番を逆にしてはいけない。
未来で何倍になると知っていても、引っ越し費用を投資してはいけない。翌月の食費も、学費も使わない。
そもそも、その未来が本当に来る保証もない。
僕はノートに一行だけ書いた。
投資は独立の後ろ。
十八歳で家を出る金が足りないなら、Bitcoinへの投資額を減らす。逆にはしない。
資金の出所も分けて考えることにした。
お年玉や、自分で働いて得た金。教育のためにもらった金。奨学金のような借りた金。
同じ十万円でも意味は違う。
大学進学のために祖父母が助けてくれたとして、その金をBitcoinへ回すのは違う。引っ越し代として受け取ったなら、引っ越しに使う。
投資するのは、自分が自由に処分してよい金だけだ。
もし十万円が一千万円や一億円になったとき、「最初の十万円は誰の金だったのか」という問題を残したくなかった。
小さな金額のうちから分けておけばいい。
祖父母から支援を受けられる可能性はある。
前の人生の記憶では、教育についてなら助けてもらえるかもしれない。
でも、それを前提にはしない。
国公立大学、学生寮、奨学金、授業料の減免、アルバイト。その時点で使える制度を調べる。
助けてもらえたら使う。ただし、助けがなければ成立しない計画にはしない。
自立とは、誰の助けも借りないことではない。
何を受け取り、何のために使うのかを、自分で理解して決めることだと思う。
手続きについても同じだった。
今から二〇一二年の制度を覚える必要はない。制度は変わる。
大切なのは、分からなければ自分で調べ、役所や学校や銀行へ問い合わせられることだ。
親がやってくれないから何もできない。
その状態だけは避けたい。
そして、家族との関係について考えたところで、鉛筆が止まった。
十八歳で家を出る。
では、それまでの八年間をどう過ごすのか。
ずっと反抗することもできる。三十二歳までの記憶を使えば、親の言うことのおかしさを指摘できる場面もあるだろう。
でも、目的は親との議論に勝つことではない。
学校へ通い、身体を壊さず、大学へ進み、家を出ることだ。
なら、対立には意味があるかを考えた方がいい。
自分を守るために言う必要があるなら言う。
ただ相手を言い負かしたいだけなら、やらない。
正しいことを言えば、生活が良くなるとは限らない。
僕はノートに、
正しさより、出られる状態を守る。
と書いた。
それでも、前の人生の記憶だけで今の父や母を決めつけるのも違うと思った。
僕の知っている二人は、この先二十二年間を生きたあとの記憶だ。
今の二人は、まだそこへ向かう途中にいる。
僕が違う行動をすれば、関係が変わる可能性もある。
警戒はする。
でも、未来の記憶だけで今の相手に判決を下すことはしない。
その一文を書くのには、少し時間がかかった。
未来の記憶には、使いたいものだけでなく、思い出したくないものもある。
それでも、この八年間を過去への怒りだけで使いたくはなかった。
最後は健康だった。
家を出るには、生きてそこまでたどり着かなければならない。
受験、勉強、アルバイト、投資。その全部を優先して身体を壊せば、計画そのものが意味を失う。
だから、大学よりもBitcoinよりも先に置く。
十八歳まで、自分を壊さない。
睡眠をとる。食べる。身体を動かす。必要なら病院へ行く。
三十二歳の記憶があるからといって、十歳の身体まで三十二歳になったわけではない。
それは、もう分かっている。
ここまで考えてから、十八歳までの計画を書き直した。
一、十八歳まで自分を壊さない。
二、大学へ進める学力をつける。
三、自分で生活できるようになる。
四、進学を利用して家を出る。
五、生活を守った外側に投資資金を作る。
六、二〇一二年の現実を確認してからBitcoinを判断する。
最初は、「十八歳、十万円、Bitcoin」としか考えていなかった。
今は、その十万円より前に準備すべきことがいくつもある。
そして、もう一つ可能性があった。
高校の寮だ。
条件の合う高校があり、寮があって、費用も現実的で、進学先としても合理的なら、十五歳で家を出てもいい。
ただし、家を出るためだけに高校を選ぶつもりはない。
教育として良い選択なら寮へ行く。
そうでなければ、十八歳まで待つ。
僕は、
十五歳、寮は条件付き。
十八歳、大学進学で原則独立。
と書いた。
計画は出口を作るためにある。
出口を一つに決めるためではない。
その夜、布団に入ると、家の中の音が聞こえた。
今はここで暮らしている。
明日もここにいる。
来年も、たぶんいる。
十八歳まで八年。
長い。
Bitcoinまで八年。大学まで八年。
でも、その八年間を、ただ家を出る日まで耐える時間にはしたくなかった。
学校へ行く。本を読む。友達を作る。身体を動かす。できることを増やす。
そうやって生活した先に十八歳が来ればいい。
子供時代の全部を、脱出までの待合室にする必要はない。
僕は布団から起き上がり、ノートの最後に書いた。
十八歳は、脱出日ではない。
自分で生活を選び始める日。
親から離れるだけでは、自立にはならない。
家を出たあと、金がなく、生活もできず、進路も決められず、結局また誰かに全部を任せるなら、住む場所が変わっただけだ。
だから、八年間で準備する。
大学へ進める力。
一人で暮らす力。
金を管理する力。
必要なときに助けを求める力。
そして、自分で選び、その結果を引き受ける力。
Bitcoinは、そのあとでいい。
未来を知っていても、僕を一日で十八歳にしてはくれない。
八年という時間だけは、前と同じように、自分で生きるしかなかった。




