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十歳からやり直して大富豪になるはずだった――未来のビットコインもAIも知っていた俺が、知らない明日を生きるまで  作者: 野狐禅


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6/9

台帳

前の人生と違う結果を、自分の行動で作ることができる。


図書室での小さな実験を終えた翌日から、僕は未来を必死に思い出そうとするのをやめた。


正確には、何かを思い出すたび、その場で意味を考えることをやめた。


それまでの僕は、記憶が浮かぶたびに、これは使える、これは怪しい、何年だった、とすぐ評価していた。けれど、それでは思い出すことと判断することが混ざってしまう。


Bitcoinが重要だと思っているから、都合のいい価格を思い出した気になるかもしれない。二〇一七年にEthereumを売りたいから、その年が最高だったと思い込むかもしれない。


記憶そのものが曖昧なのに、そこへ願望まで混ぜたら使い物にならない。


だから、三つに分けることにした。


記憶。評価。行動。


まず、思い出した内容をそのまま残す。使えるかどうかの評価はあとでする。そして実際に何をするかは、さらにそのあとで決める。


十歳になった僕が最初に必要としたのは、未来予知の本ではなかった。


情報を管理するための台帳だった。


問題は、その情報をどこへ置くかだった。


一冊のノートに全部を書き込むのは危ない。


Bitcoin、Ethereum、大地震、感染症、戦争。


今なら意味を知らない人も多いかもしれない。しかし、何年かすれば、それぞれの言葉が意味を持ち始める。


むしろ後になってから読まれる方が困る。


僕は机の上に三冊のノートを並べた。


一冊目は、誰に見られても困らないものにした。本、勉強、欲しいもの、将来やってみたいこと。表向きは、小学生が書く「将来ノート」でしかない。


二冊目には、実際に起きた出来事と予測の記録を残す。日付、予測、期限、結果。怪しまれたとしても、「ニュースや出来事を記録している」と言えば、まだ説明できる。


そして三冊目。


これだけは見られてはいけない。


未来知識そのものを整理するためのノートだ。


表紙には何も書かなかった。


最初のページを開き、必要だと思う項目を並べる。


名称

存在の確信度

時期の確信度

規模の確信度

介入可能性

利用価値

露見危険


七項目。


小学四年生のノートとしては、かなり変だった。


しかし、誰かに見せるために作るわけではない。


最初に書いた名称は、もちろんBitcoinだった。


Bitcoinそのものが存在することについては、ほとんど疑っていない。前の人生で何度も見聞きしたし、僕の資産計画の出発点にもなっていた。


だから、存在の確信度はA。


大幅に値上がりすることについても、Aとした。


一方、時期については少し落ちる。


二〇一二年には買える。二〇一三年ごろには大きく上昇する。このあたりはかなり強く覚えているが、日付や価格までは分からない。


時期はB。価格はC。


一枚何ドルだったのか。一Bitcoinが何円になったのか。二〇一三年の高値はいくらだったのか。


思い出そうとしても、数字が出てこない。


けれど、今の時点ではそれでもよかった。


最初の計画では十万円を入れて、百万円程度になれば十分だと考えている。十倍になる必要すらない。次の投資に使える種銭が増えれば、それで目的は達成できる。


介入可能性は低。


僕が十万円買ったくらいで、Bitcoinそのものの歴史が変わるとは考えにくい。


利用価値は高。


露見危険については少し迷って、中にした。


十歳の今は、当然何もできない。けれど十八歳になれば、口座、送金、税金、保管方法といった現実の問題が出てくる。そのころまでに、自分で扱えるようになっておかなければならない。


次に書いたのはMt.Goxだった。


Bitcoinに関係する大きな問題が起きたことは、はっきり覚えている。


取引所が破綻した。


Bitcoinそのものが消えたわけではない。預けていた場所に問題が起きた。


細部は曖昧だが、その区別だけは重要だった。


時期は二〇一四年ごろ。確信度はB。


僕は備考欄に、


取引所へ置きっぱなしにしない。


と書いた。


もっとも、どうやって保管するのかはまだ知らない。


「秘密鍵」という言葉は覚えているし、「ハードウェアウォレット」というものがあったことも知っている。しかし、二〇一二年の時点で何が使えるのかまでは分からない。


それは、そのとき調べればいい。


知ったふりをするより、知らないことを残しておく方が重要だった。


次はEthereum。


存在はA。大きく値上がりすることもA。


開始時期はMt.Goxの問題より少しあとだった記憶があるので、B。初期価格になると、ほとんど覚えていないためCにした。


かなり安い時期があった。


その程度しか分からない。


最初に作った計画では、Bitcoinで増やした資金と、それまでに貯めた金を合わせて二百万円程度をEthereumへ移し、二〇一七年に二千万円程度まで増やすことにしていた。


だが、その数字に確かな根拠があるわけではない。


百万円が二百万円になっているかもしれないし、買える量も価格も分からない。そもそも二〇一七年のどこで売るかによって、結果は大きく変わる。


これは未来の記録ではなく、記憶を材料に作った計画にすぎない。


そう考えると、数字を少し冷静に見られるようになった。


次にNVIDIAと書いたところで、鉛筆が止まった。


この会社は今、二〇〇四年の時点ですでに存在している。


前の人生では、AIという言葉と一緒に嫌になるほど名前を見た。GPU、半導体、データセンター。それらと結びついて、大きく株価が上昇したことも覚えている。


ただ、問題は時期だった。


いつから持っていればよかったのか。


新型コロナの前なのか、後なのか。


僕の中に強く残っているのは、コロナ後に買って、そのまま持っていれば大きく増えたという印象だけだった。


存在A。上昇A。時期B。倍率C。


倍率の欄に、


50倍?


と書いた。


しばらく眺めたあと、疑問符を二つ追加した。


50倍???


二千万円が五十倍になれば十億円。


計算自体は小学四年生でもできる。


だが、五十倍になるという前提には、ほとんど根拠がない。


その数字を使って「三十二歳で十億円」という計画を作ったことを思い出し、僕は備考に一文追加した。


上振れ想定。予測値ではない。


十億円という数字を見ても、以前ほど特別な感じはしなかった。


少し前までは、未来に待っている金額のように感じていた。


今はただの計算結果だ。


その方がいい。


続いて、新型コロナと書いた。


これは投資とは少し扱いが違った。


二〇二〇年。世界規模。生活への大きな影響。


そこまでは、ほとんど疑いようがない。


発生時期A。規模A。僕一人による介入可能性は、ほぼゼロ。


利用価値も高い。


ただし、利用価値の欄に「投資」とは書かなかった。


代わりに、


備える。


と書く。


マスク、食料、移動、学校、仕事、感染対策。


何をどこまで準備するべきかは、今は分からない。それでも、二〇二〇年に大きな混乱が来るという情報自体には価値がある。


金を増やすことより、自分や周囲が困らないようにする方が先だ。


次に「大地震」と書こうとして、手が止まった。


大きな地震はいくつもあった。


その全部について、場所と日付を正確に覚えているわけではない。


それ以上に問題なのは、どう使うかだった。


地震そのものを僕が止めることはできない。


だが、家具を固定することはできる。避難経路を確認することも、旅行の日を変えることもできる。


もし場所と日付を正確に覚えている地震があるなら、誰かに注意することだってできるかもしれない。


ただ、十歳の僕が突然、


「何月何日に大地震が来る」


と言ったらどうなるのか。


信じてもらえなければ意味がない。


そして、本当に当たってしまったら、それはそれで説明できない。


第3話の怪我を思い出した。


知っていたのに、僕は何もしなかった。


今でも少し引っかかっている。


だからといって、未来を知っていることを証明するような行動もしたくない。


しばらく迷った末、介入方針の欄には、


通常の防災として説明できる範囲で備える。


と書いた。


何もしない、と決めるつもりはなかった。


けれど、何でも救おうとするつもりもない。


普通の人間が、普通の理由でできることをする。


少なくとも今は、それが限界だった。


その後も、思い出せる名前を書き足していった。


ウクライナ。


二〇二二年ごろに大きな戦争が始まる。そこまではかなり確かだ。エネルギー、為替、株式市場にも大きな影響があった記憶はある。


しかし、何がどの程度動いたかとなると急に曖昧になる。


投資に直接使える情報としては、せいぜいBかCだった。


Kioxiaという名前も書いた。


半導体。上場。その後の株価上昇。


前の人生でニュースを見た記憶はある。


ただし、二〇二四年だったのか、二〇二五年だったのか。どの程度上昇したのか。


そこまで問われると自信がない。


確信度はC。


こうして一つずつ書き出してみると、AよりもBやCの方がずっと多かった。


僕は未来を知っている。


けれど、その知識は穴だらけだ。


もっと厄介なのは、どこに穴があるのかまで分からないことだった。


覚えていないことは分かる。


しかし、「覚えているつもりで間違っていること」は、自分では見つけにくい。


そう考えたとき、この台帳で一番大切なのは、何を知っているかではないのかもしれないと思った。


僕は後ろのページを開き、


不明事項


という見出しを作った。


Bitcoinの正確な価格。


Ethereumの開始時期と購入方法。


NVIDIAの買い時。


税制。


口座開設条件。


暗号資産の安全な保管方法。


米国株の購入方法。


思いつくものを順番に書いていく。


そして最後に、


自分の未来。


と書いた。


その一行だけ、少し大きくなった。


これが一番分からない。


前の人生の自分がどうなったかなら知っている。


けれど、今の僕がこれからどうなるかは知らない。


図書室で一冊の本を先に借りただけでも、前の人生とは違う出来事が起きた。


なら、進学先を変えたらどうなる。


十八歳でBitcoinを買ったら。


前とは違う人と出会ったら。


違う仕事を選んだら。


そのたびに、僕自身についての記憶は役に立たなくなっていく。


十億円を作れるかどうかより、そちらの方がずっと大きな未知だった。


その日の夕方、夕食前に三冊のノートを片づけようとして、別の問題に気づいた。


この三冊目を、どこへ置くのか。


机の引き出しでは簡単すぎる。本棚なら家族が触るかもしれない。ランドセルなど論外だ。


部屋を見回しているうちに、妙なことに気づいた。


未来を知っていることより、未来を知っている証拠を残すことの方が危険なのかもしれない。


記憶なら僕の頭の中にしかない。


しかし、ノートは誰でも読める。


しかも、そこには未来の企業名や出来事が、日付つきで並んでいる。


何年か後に誰かが見つければ、ただの子供の空想では済まなくなる可能性がある。


それは困る。


僕は三冊目を開き直し、危険度の高い情報については、そのまま名称を書かないことにした。


BitcoinをB、EthereumをE、NVIDIAをN。


そこまで書いて、また止まる。


単純すぎる。


僕が見れば一瞬で意味が分かる。家族が見ても意味は分からないかもしれないが、何年分も残せば規則性に気づく可能性はある。


かといって、本格的な暗号を作るのも良くない。


僕自身が忘れたら終わる。


必要なのは、絶対に解けない暗号ではない。


たまたま見られても意味が分かりにくく、それでいて自分には復元できる程度の隠し方だった。


だから、名称を直接書くページと、評価だけを残すページを分けることにした。


危険な情報の一部は別紙へ移す。


普段使うノートには、意味をぼかした要約だけを置く。


将来自分のPCを自由に使えるようになれば、また方法を変えればいい。自分だけの保管場所が持てるようになれば、紙にこだわる必要もない。


十八歳になれば、必要な安全性も今とは違う。


未来知識に有効期限があるのなら、保管方法にも有効期限がある。


人生計画だって同じだ。


今決めた方法を、二十年以上守り続ける必要はない。


僕は整理を終え、最初に作った人生計画を開いた。


Bitcoin。


Ethereum。


NVIDIA。


そして、


二〇二六年。三十二歳。十億円。


少し前までは、その数字が目的地だった。


そこへ向かえばいいと思っていた。


けれど今は、少し違って見える。


これは未来を知っているうちに描いた、仮の地図だ。


地図が古くなれば書き直す。


道がなくなれば、別の道を探す。


場合によっては、目的地そのものを変えてもいい。


では、何のために金を増やすのか。


十億円という数字の横で鉛筆を止め、しばらく考えた。


そして、小さく書いた。


目的――自分の人生を自分で決められる状態を作る。


十億円でなくてもいい。


一億円でも、それより少なくても、自分が望まないことを金のためだけに選ばずに済むなら、目的の大半は達成できる。


反対に、十億円あっても、それを失うことばかり恐れて何も選べないなら意味がない。


金額は手段だ。


そこを取り違えない方がいい。


僕は三冊目のノートを閉じかけ、もう一度開いた。


七つだった評価項目に、一つ足りないものがある。


介入リスク。


未来知識を使えば利益が出るかもしれない。


誰かを助けられるかもしれない。


しかし、その行動によって未来がどれほど変わるのか、自分がどれほど目立つのか、別の問題が起きないかも考えなければならない。


僕は新しい項目の下に、一文だけ書いた。


価値が高くても、危険なら使わない。


そこで鉛筆を置いた。


未来知識は、確かに資産なのだと思う。


けれど、資産だからといって、全部使えばいいわけではない。


価値を知らなければ使えないし、危険を知らなければ失う。管理できなければ、自分の方が振り回される。


未来知識台帳。


名前だけ聞けば、未来を当てるためのノートのようだった。


けれど、僕が作り始めたのは少し違う。


何を知っているのか。


何を知らないのか。


何を使い、何には触れないのか。


それを決めるためのノートだ。


未来に従うためではない。


未来に振り回されないために、僕は初めて未来を整理し始めた。


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