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十歳からやり直して大富豪になるはずだった――未来のビットコインもAIも知っていた俺が、知らない明日を生きるまで  作者: 野狐禅


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5/12

変えられる

未来の予測が外れた。それだけなら、僕の記憶が間違っていたという説明で済む。


けれど、今なお残る疑問は別にあった。


前の人生で起きたことを覚えているとして、それと違う結果を、自分の意思で作ることはできるのか。


もし何をしても前と同じ出来事に戻るのなら、僕の知っている未来はかなり信用できる。Bitcoinを買っても、違う大学へ行こうとしても、事故を防ごうとしても、結局は二〇二六年まで同じような世界へたどり着くのかもしれない。


逆に、自分の行動一つで前の人生と違う結果が生まれるなら、話は変わる。


僕が知っている二〇二六年は、これから行動するたびに少しずつ遠ざかっていく。


どちらなのか。


Bitcoinがいくらになるかを考える前に、その性質を知っておきたかった。


もっとも、未来が変えられるかどうかなど、本当の意味では証明できないのかもしれない。


世界が最初からすべて決まっているなら、「未来を変えようとして僕が行動すること」まで決まっていたと言えてしまう。そんな話を考え始めれば、十歳の僕にはどうしようもない。


僕が確かめたいのは、そこではなかった。


前の人生で経験した出来事と、違う結果を意図的に作れるか。


それだけなら実験できる。


問題は、何を変えるかだった。


誰かを怪我させたり、学校行事を邪魔したり、家族に大きな嘘をついたりするのは論外だ。僕の行動だけで変えられて、失敗しても誰も困らず、それでいて前の人生でどうだったかを比較的よく覚えている出来事が必要になる。


そんな都合のいいものは、なかなか見つからなかった。


数日考えた末、きっかけは図書室で見つかった。


昼休み、いつものように本棚の間を歩いていると、窓際の棚に並んだ科学読み物の一冊が目に入った。


その表紙を見た瞬間、昔の記憶が浮かんだ。


宇宙について書かれた本だった。


太陽系、恒星、ブラックホール。小学生向けではあったが、前の人生の僕は内容の半分も理解できないまま、妙に気に入って何度も読んだ覚えがある。


そして、この本を自分から見つけたわけではなかった。


同じクラスの男子が先に借りていた。


「これ面白かった」


返却したあと、彼がそう言った。それを聞いて、僕も借りた。


どうでもいいほど小さな記憶だった。


歴史にも投資にも関係がない。誰の人生を左右したわけでもない。


だからこそ、実験に使える。


本を棚から抜き、裏表紙の貸出カードを確認した。


まだ誰の名前も書かれていない。


記憶にある男子の名前もなかった。


僕は本を持ったまま、その場で少し考えた。


前の人生では、彼が先だった。


なら、今ここで僕が借りれば、その一点だけは確実に違う。


誰も困らない。返却期限を守れば、彼もあとから普通に借りられる。


それだけのことなのに、貸出机まで歩く間、妙に緊張した。


「借りる?」


図書委員の子に聞かれた。


「うん」


貸出カードに自分の名前と日付を書く。


鉛筆の先が紙の上を動く。


それだけで終わった。


警報も鳴らない。時間が巻き戻ることもない。当然だった。


けれど、カードに残った名前は、僕の記憶とは違っていた。


家に帰ると、未来知識を記録しているノートを開いた。


新しいページに、実験1:図書室 と書く。


その下に、前の人生で覚えている順序と、今日起こしたことを記録した。


記憶:○○が先に借り、薦められて僕が借りる。

現在:僕が先に借りた。

影響:ほぼなし。


最後に、観察継続。 と付け足した。


最初は「未来が固定されているなら、何らかの形で元の順序へ戻るか」と書こうとしたが、途中でやめた。


そんな必要はない。


僕が返したあと彼が借りれば、二人とも同じ本を読むという大枠は同じでも、順序は変わったままだ。それを「元に戻った」と呼ぶのか、「未来が変わった」と呼ぶのかは、言葉の問題になってしまう。


重要なのはもっと単純だった。


前の人生で彼が先にした行動を、今回は僕が先にした。


その事実だけを見ればいい。


翌日、学校へ本を持っていった。


休み時間に席で読んでいると、例の男子が近づいてきた。


「それ何?」


声を聞いた瞬間、心臓が少し速くなった。


表紙を見せる。


「宇宙の本」


「面白い?」


その質問を聞いて、僕はすぐに答えられなかった。


覚えている会話と、向きが逆だった。


前の人生では、彼が僕に「面白かった」と言った。それを聞いた僕が、この本を借りた。


今は、彼が僕に感想を聞いている。


「まだ途中だけど、面白いよ」


「終わったら貸して」


「図書室のだから、返したら借りればいいよ」


「あ、そっか」


男子は笑って、自分の席へ戻っていった。


それだけだった。


世界は何も変わったようには見えない。教室の時計はいつも通り動いているし、先生もクラスメートも、僕たちの短い会話など気にしていない。


けれど、僕にとっては違った。


前の人生では、彼が僕に本を薦めた。


今回は、僕が彼に本を薦めた。


わずか数十秒の会話だ。それでも、僕が覚えている出来事とは明確に違う。


本を開いたまま、僕はしばらく同じ行を眺めていた。


変わった。


いや、もっと正確に言わなければならない。


記憶と違う結果を、自分の行動で作ることができた。


それなら十分だった。


昼休み、図書室へ行った。昨日と同じ棚があり、同じ机が並んでいる。外から見れば何も変わっていない。


僕の方が、一冊の本を先に借りただけだ。


それでも、人が話す内容と順序が変わった。


なら、僕に近い出来事ほど、もっと簡単に変わる可能性がある。


進学先を変えれば、出会う人が変わる。働く会社を変えれば、同僚も仕事も変わる。前とは違う相手と付き合えば、その人の人生にも影響する。


事故を一つ防いだだけでも、その後に本人が行く場所や会う人が変わるかもしれない。


そして、それは投資でも同じだ。


二〇一二年に僕がBitcoinを十万円買う程度なら、市場全体にはほとんど影響しないだろう。世界規模で見れば、無視できる金額だ。


けれど、資産が増え続けたらどうなる。


百万円。二千万円。一億円。十億円。


売買額が大きくなれば、自分の注文そのものが価格に影響する場面も出てくるかもしれない。市場だけではない。金を使って会社を作れば人を雇う。投資すれば企業の資金になる。不動産を買えば、そこに住むはずだった誰かが別の場所へ行く。


最初は小さな違いでも、積み重なれば広がっていく。


そこまで考えたとき、ようやく自分が一つ勘違いしていたことに気づいた。


僕は二〇二六年を、これからもう一度たどり着く場所のように考えていた。


けれど違う。


二〇二六年は、僕が一度通った場所にすぎない。


同じ道を歩かなければ、同じ場所へ着く保証はない。


その夜、未来知識台帳を開いた。


Bitcoin、Ethereum、NVIDIA、新型コロナ、戦争。思い出せる大きな出来事の横には、それぞれ記憶の確信度を書いてある。


そこへ、新しく一列加えた。


介入による変化の可能性。


大地震なら、僕一人の行動で発生そのものを変えることはまずできない。世界規模の感染症や技術革新についても、少なくとも今の僕が直接動かせる範囲は小さい。


反対に、学校の人間関係なら簡単に変わる。進学先や就職先は、ほぼ僕自身の選択で決まる。家族については、自分の行動だけでは決まらない部分も大きく、今のところ判断できない。


書き分けていくと、未来知識には少なくとも二つの性質があるように思えた。


一つは、僕が何をしても起こりそうな大きな流れだ。技術の発展、金融危機、感染症の流行。僕一人が多少違う行動を取ったくらいでは、簡単には消えそうにない。


もう一つは、僕自身が関わることで変化する出来事だ。


学校、友人、進学、仕事、家族。


こちらは、僕が前とは違う選択をした時点で、記憶の価値が急速に下がっていく。


少し皮肉だった。


僕が一番知りたいはずの「自分の未来」ほど、前の人生の記憶を信用できない。


自分自身が、最大の変数だからだ。


最初に作った人生計画を開く。


二〇一二年、Bitcoin。


二〇一三年、売却。


二〇一五年、Ethereum。


二〇一七年、売却。


二〇二〇年、新型コロナ後にNVIDIA。


二〇二六年、三十二歳で十億円。


以前は、それを予定表のように眺めていた。


今は違う。


Bitcoinそのものが存在し、大きく値上がりするという記憶は使えるかもしれない。しかし、僕が実際にいくら買えるのか、どの価格で売れるのか、そのあと何をするのかは、これからの行動次第だ。


僕は計画の横に一文を書き加えた。


市場への影響が小さいうちは、未来知識を利用する。


続けて、


自分の人生については、前の人生を予定表にしない。


と書いた。


少し考え、さらに一行加える。


状況が変われば、計画も変える。


たぶん、これが一番重要だった。


未来を知っているからこそ、計画は立てられる。


けれど、未来が自分の行動でずれていくなら、最初に作った計画を守り続けることには意味がない。


正しい計画を作ることより、間違った計画を捨てられることの方が大切になる。


翌日の昼休み、宇宙の本を図書室へ返した。


しばらくすると、例の男子がやってきた。


「あれ返した?」


「返したよ」


「じゃあ借りる」


彼は棚から本を抜き、貸出机へ持っていった。


僕は少し離れたところから、その様子を見ていた。


前の人生とは逆の順番だった。


それで何が変わったのかは分からない。


この本を先に読んだことで、僕が何かを早く知るかもしれない。彼が僕から薦められたことを覚えているかもしれない。あるいは、明日には二人とも忘れていて、その後の人生には何の影響もないかもしれない。


それを確かめる方法はなかった。


けれど、一つだけはっきりしたことがある。


僕はもう、前とまったく同じ人生を歩いてはいない。


家に帰ると、ノートの実験記録を開いた。


実験1図書室


結果欄に、最初は変更成功。と書いた。


しばらく眺めてから、その下にもう一文追加する。


前の人生と異なる結果を、意図的に作ることができた。


こちらの方が正確だった。


さらに「未来は変えられる」と書こうとして、鉛筆が止まった。


そこまで断言する必要はない。


分かったことだけを書けばいい。


僕が知っている未来は、必ず再現されるわけではない。


そして、自分が関わる出来事ほど、記憶から外れていく可能性が高い。


最後に、一行だけ書いた。


未来知識には、有効期限がある。


ただし、全部が同時に古くなるわけではない。


世界の大きな流れは、長く使えるかもしれない。


僕自身に近い未来は、もっと早く使えなくなる。


ノートの最初にある「十億円」という数字を見た。


以前より、少し遠く感じた。


未来を知っていること自体は、大きな武器になる。


けれど、その武器を使うたびに、僕は知っている未来から離れていく。


なら、問題はもう「未来を変えられるか」ではない。


どの未来を変え、どの未来には触れないのか。


次に決めなければならないのは、それだった。


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