秘密
誰か一人くらいには、話してもいいのではないか。
そう思ったのは、未来知識台帳を隠し直していたときだった。紙を分け、名前を記号に変え、見つかっても意味が分かりにくい場所へしまう。そこまでしてから、ふと手が止まった。
僕は、この先ずっと一人でこれを抱えるのだろうか。
三十二歳まで生きた記憶があること。二〇二六年までの出来事をいくつか知っていること。十八歳になったらビットコインを買うつもりでいること。そして、僕が行動すれば、覚えている未来そのものが変わるかもしれないこと。
誰にも話さない。それは最初から決めていた。
でも、なぜ話さないのかを、きちんと考えたことはなかった。
僕は白い紙を一枚出した。
親に話すところを想像する。
信じてもらえなければ、それで終わる。信じられた方が、むしろ困るかもしれない。何が起こるのか、金になる情報はあるのか、事故や災害は分かるのか。どこまで聞かれるのか分からない。
何より、十八歳で家を出る計画まで知られたくなかった。
祖父母ならどうかとも考えた。
信用していないわけではない。大学や生活のことで、将来頼ることもあるかもしれない。でも、それと転生の話をすることは別だった。
一度でも未来を言い当てれば、その後の僕の言葉は変わってしまう。
「この道は危ないと思う」
ただの忠告ではなくなる。
「この会社は伸びるかもしれない」
ただの予想ではなくなる。
僕の言葉そのものに、未来情報としての価値がついてしまう。それは、自分でも扱いきれそうになかった。
友達なら、もっと簡単だった。
十歳の秘密が、翌日まで秘密である保証はない。
もちろん、誰もが口軽いわけではない。でも、秘密を守れる人か確かめるために、転生の話を使うわけにはいかなかった。
僕は紙に書いた。
話した後は、元に戻せない。
黙っている間は、後から話せる。話した後に、「やっぱり知らなかったことにして」とは言えない。
それだけでも、今は話さない理由として十分だった。
それでも、少し寂しかった。
そこで初めて、別の問題に気づいた。
話す必要があるかどうかと、話したいかどうかは違う。
僕は誰かに言ってみたいのかもしれない。
三十二歳まで一度生きたこと。戻ってからも、記憶が正しいのか分からず何度も確かめたこと。事故を知っていて何もしなかったこと。未来が変わると分かってから、どこまで手を出していいのか迷っていること。
全部話して、「それは大変だったね」と言ってもらいたい。
たぶん、そういう気持ちが少しある。
でも、それは安全とは別の話だった。
僕が秘密を話せば、相手にも秘密を持たせることになる。
聞いた人は、それを誰にも言わない責任を負う。事故や災害の話まで聞けば、知らなかったころには戻れない。
僕一人が抱えているものを、相手にも背負わせる。
秘密を共有するという言葉は親密に聞こえる。でも、共有された側にとっては、荷物になることもある。
僕は紙にもう一行書いた。
話すことは、相手にも秘密を持たせること。
数日後、学校でその意味を少し知ることになった。
休み時間、一人の子が僕の机まで来た。
「ちょっと聞いて」
「何?」
「誰にも言わない?」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「内容による」
「何それ」
「聞く前に絶対言わないって決めるの、無理じゃない?」
「じゃあいい」
「危ないこと?」
「違う」
「なら聞く」
「言わない?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
相手はしばらく迷ってから、結局話した。
好きな子がいる。
それだけだった。
「絶対言うなよ」
「言わないよ」
「さっき、たぶんって言ったじゃん」
「こういうのなら言わない」
「最初から言えよ」
「内容知らなかったから」
「変なの」
僕は誰にも言わなかった。
それなのに、その日のうちに話は広まった。
「何でみんな知ってんだよ」
本人が怒っていたので聞いてみた。
「ほかに誰に話したの?」
「三人」
「僕を入れたら四人じゃん」
「でも、みんな言わないって言った」
「誰が言ったの?」
「分かんない」
本人にも、もう分からなくなっていた。
一人に話す。その一人が別の誰かに話す。悪意がなくても、人数が増えれば秘密は自分の手を離れていく。
僕の話なら、最初は冗談として広まるだけかもしれない。
十歳のころ、未来から来たと言っていた。
ビットコインというものが大きく値上がりすると言っていた。
その時点では、変な子の作り話で終わる。
でも八年後、本当に僕がビットコインを買ったら。
さらに、その後もいくつかの出来事を当てたら。
昔の冗談が、冗談ではなくなるかもしれない。
そんな種を、自分から残す必要はない。
その夜、未来知識台帳に「秘密」と書いた。
転生は話さない。未来知識を持っているとも言わない。予言のようなことを繰り返さない。
投資をするときは、その時点で説明できる理由を持つ。
それだけ書いて、いったん止めた。
秘密を増やしすぎても仕方がない。
数日後、図書室で本を戻していると、先生に声をかけられた。
「最近、よく考え込んでるね」
「そうですか?」
「前からかな。何か悩みある?」
一瞬、言葉が止まった。
ある。
未来がどこまで変わるのか。記憶はいつまで信用できるのか。親元をどう離れるのか。投資は本当にうまくいくのか。
何より、なぜ僕がここに戻ったのか。
「別にないです」
そう答えると、先生はそれ以上聞かなかった。
「何かあったら言ってね」
「はい」
それだけだった。
図書室を出たあと、少し嫌な感じが残った。
嘘をついた。
でも、転生のことを話すわけにはいかない。
そこで、二つを混ぜていたことに気づいた。
秘密があることと、誰にも相談しないことは違う。
未来の記憶については話さなくてもいい。
でも、友達とうまくいかないなら、そのことは相談できる。勉強や進路で困ったなら、それも相談できる。将来、家を出たいと思ったときだって、転生を説明しなくても話せる部分はある。
全部の理由を話さなければ、何も相談できないわけではない。
僕は帰宅してから、台帳に一行加えた。
秘密と孤立を混同しない。
その下にも書く。
相談できることは、普通に相談する。
こちらの方が、ずっと大事な気がした。
未来知識を持っているから、自分が一番正しい。誰にも頼らず、全部一人で決める。
そうなれば危ない。
僕の記憶が外れることは、もう分かっている。人の気持ちも読み違えるし、学校の問題だって間違える。
なら、普通のことについては、普通に人の意見を聞けばいい。
英語を勉強する理由を聞かれたら、海外の情報を読みたいと言える。本当のことだ。
コンピュータを調べる理由なら、興味があるからでいい。それも本当だ。
遠くの大学へ行きたいと思ったなら、学びたいことや一人暮らしについて話せる。
転生を隠すために、偽物の自分を作る必要はない。
本当のことを全部言わないことと、嘘の人間になることは違う。
その区別がつくと、少し楽になった。
将来、とても親しい人ができたときにどうするかは分からない。
その人にも話さないのかもしれない。話した方がいいと思う日が来るかもしれない。
でも、それを十歳の僕が決める必要はなかった。
永遠に話さない、と決める必要もない。
今、話す理由がない。
なら、今は話さない。
それだけで十分だった。
翌日、学校へ行くと、好きな子の秘密はもう別の話題に押し流されていた。
「昨日のテレビ見た?」
「途中まで」
「最後すごかったぞ」
「言うなよ」
「じゃあ秘密」
「それはネタバレだろ」
「同じじゃん」
「違うよ」
みんなが笑う。
秘密にも、いろいろある。
数時間だけ守ればいいものもある。数日で意味がなくなるものもある。何年も持つものもある。
僕の秘密がどれなのかは、まだ分からない。
二〇二六年になれば、未来知識としての価値はほとんどなくなる。その先は僕も知らない。
それでも、三十二歳まで一度生きたという記憶そのものは残るかもしれない。
何十年持つことになるのかも分からない。
だから、今から一生分の結論を出さないことにした。
未来知識台帳の最後に書く。
今は話さない。
短い。
でも、それでよかった。
ノートを閉じる。
明日になれば、友達とはまた話す。本を薦め、遊びの約束をして、学校であったくだらないことも話す。
話せることはいくらでもある。
一つ秘密があるからといって、僕の全部を隠す必要はない。
未来を知っていることだけは、今は言わない。
それ以外の僕まで、誰にも見せない人間になるつもりはなかった。




