走る
走ることには、未来知識がいらなかった。速く走れば息が切れ、長く走れば脚が重くなる。昨日できたからといって、今日も同じようにできるとは限らない。そこにはビットコインも二〇二六年も関係なかった。
だから僕は、走る時間が少し好きだった。
体育で校庭を何周か走ることになった日、先生は「最初から飛ばしすぎないように」と言った。僕は周りに合わせて、ゆっくり走り始める。
一周目は楽だった。二周目になると身体が温まり、呼吸が少し深くなる。三周目には脚が重くなり始めた。
前を走っていた子との差が少しずつ開いていく。
「遅いぞ」
後ろから声をかけられた。
「今から」
僕は少し速くした。
前の子に追いつき、そのまま抜こうとする。ところが半周もしないうちに息が苦しくなり、最後には逆に抜き返された。
「最初遅かったのに、最後死んでたじゃん」
「速くしすぎた」
「何で追いかけたの」
「抜けそうだったから」
「子供かよ」
「子供だよ」
自分で言って、笑った。
三十二歳までの記憶があっても、目の前の相手を抜けそうなら追いかけたくなるらしい。
授業が終わったあとも脚にはだるさが残っていた。それでも嫌ではなかった。頭の中で考え続けた疲れとは違って、身体を使ったことがはっきり分かる。
その夜、十八歳までの計画を開いた。
健康。
前から書いてあるが、これだけでは広すぎる。僕はその横に「走る」と加えた。
理由を書こうとする。
体力。健康。気分転換。
さらに将来役に立つ、と続けかけて手を止めた。
また未来の話にしようとしている。
少し考え、「少し楽しい」と書いた。
それで十分だった。
それから、ときどき一人でも走るようになった。学校から帰ったあとや休日に、近所を短く走る。毎日ではないし、距離も決めなかった。苦しくなりすぎる前に戻ってくる。それだけだった。
何度か続けるうちに、どのくらい速くなったのか知りたくなった。
時計を持って同じ道を走ってみる。
十六分。
次は十五分。
その次は十七分。
思ったほどきれいには縮まらない。風が強い日もあれば、疲れている日もある。途中で人に会って速度を落とすこともあった。
天気や睡眠まで記録すれば、理由を探せるかもしれない。
そこまで考えてやめた。
走ることまで台帳にしたくなかった。
たまに時間を測るくらいでいい。速くなることより、嫌にならずに続けられる方が大事だった。
ある休日、いつもより遠くまで行ってみた。
行きは気持ちよかった。冷たい空気を吸いながら、普段は歩かない道を進む。自分の足だけで行ける場所が少し広がったような気がした。
問題は帰りだった。
急に脚が重くなった。
家まではまだ遠い。少し走っては歩き、休んではまた走る。結局、思っていたよりずっと時間がかかった。
「どこまで行ってたの?」
帰ると聞かれた。
「ちょっと遠く」
「遅くなるなら言いなさい」
「ごめん」
部屋へ戻って座ると、脚がじんじんした。少し達成感はあるが、明日まで痛むようならやりすぎだ。
僕は健康の横に一つ書き足した。
限界までやらない。
できるところまで全部やる必要はない。時間があるから全部勉強するわけでも、金があるから全部投資するわけでもない。走ることも同じだった。
少し余らせて終わる。
そのくらいが、僕にはちょうどよかった。
学校でも持久走の記録を取るようになった。
「何番だった?」
「十二」
「俺、八」
「速いな」
「次は前のやつ抜く」
「僕じゃないんだ」
「お前はもっと後ろだろ」
「知ってるよ」
笑いながら話した。
速い子には、まだ全然勝てない。でも以前より呼吸が楽になり、最後まで同じくらいの速さで走れるようになっていた。
その変化は少し嬉しかった。
百点のように、全員に共通する正解があるわけでもない。昨日の自分より少し楽に走れれば、それだけでも分かることがある。
ある休日に走っていると、友達に見つかった。
「何してんの?」
「走ってる」
「何で?」
「なんとなく」
「部活でもないのに?」
「うん」
「変なの。パソコン調べたり、本読んだりもしてるし」
「普通じゃない?」
「普通はゲームする」
「昨日した」
「じゃあ普通」
基準が簡単だった。
そのまま少し一緒に走ることになり、すぐ競争になった。
「ここまでな」
「いいよ」
二人で走り出す。
僕は負けた。
「遅っ」
「そっちが速いんだよ」
「もう一回」
「嫌」
「何で」
「疲れた」
「弱」
「もう十分」
「俺は勝ったからいい」
そのあと二人で歩いて帰った。
一人で走ってもいいし、誰かと競争してもいい。記録を測っても、測らなくてもいい。
そういう緩さが気に入っていた。
図書室では本を読む。家ではパソコンを触る。学校では勉強する。そして外へ出れば走る。
未来知識とは関係のない時間が、少しずつ増えていた。
走っている最中には、何年後のことまで考える余裕がなくなる。次の角まで行く。呼吸を整える。足が重い。風が冷たい。
身体が今のことしか教えてくれない。
それがよかった。
僕は二〇二六年について多少のことを知っている。でも、今の脚があと何分走れるかは、走ってみないと分からない。
未来を知っている僕にも、現在しか分からないことがある。
雨が降った日は走れなかった。
窓の外を見ながら、少し物足りないと思った。
そのことに自分で驚いた。
健康のためにやらなければならないからではない。予定を一つ達成できなかったからでもない。
単に走りたかった。
僕は以前、二十二年先の出来事をいくつか覚えているのに、その日の雨さえ知らなかったことがある。
今も変わらない。
二〇二六年のことを知っていても、明日の天気は分からない。
でも、晴れたら走ればいい。雨なら本でも読めばいい。
その程度の未来なら、知らなくても困らなかった。
夜、十八歳までに身につけるものを見直した。
身体を維持する習慣。
その下に、「無理なく走る」とだけ加えた。
速くなることでも、大会で勝つことでもない。
ただ、この先も走ることが嫌いにならなければいいと思った。
十八歳になれば、大学へ行き、一人で暮らしているかもしれない。勉強やアルバイトで忙しくなるだろうし、ビットコインについて調べる時間も必要になる。
そのとき走る時間がどのくらい残っているかは分からない。
十五分でもいい。
外へ出て、自分の身体だけを使う時間があれば、頭の中を少し空にできる。
三十二歳なら、もっと分からない。
十億円を持っているかもしれないし、全く違う人生を送っているかもしれない。
それでも身体はある。
未来がどう変わっても、これは持っていかなければならない。
翌日、雨は上がっていた。
僕は外へ出て、ゆっくり走り始めた。
前を誰かが走っていても追わない。
昨日より速いかもしれないし、遅いかもしれない。今日は時計を持っていないので分からない。
しばらくすると呼吸が速くなった。でも、まだ苦しくはない。
このくらいでいい。
次の角まで走る。
曲がったところで、もう少し行けそうだと思った。
だから、その次の角まで走ることにした。




