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十歳からやり直して大富豪になるはずだった――未来のビットコインもAIも知っていた俺が、知らない明日を生きるまで  作者: 野狐禅


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コンピュータ

家のパソコンは、ずっとそこにあった。調べものをしたり、ゲームをしたり、簡単な文章を書いたりするために、僕も前から使っている。だから、自分ではパソコンを使えるつもりだった。


英語のページを読むようになってから、それが少し違うと気づいた。


電源を入れれば画面が出る。アイコンを押せばソフトが開き、インターネットにもつながる。それくらいの操作はできる。


でも、なぜそれで動くのかは、ほとんど知らなかった。


CPU(中央処理装置)、メモリ、ハードディスク、OS(基本ソフトウェア)、LAN(構内ネットワーク)、IPアドレス(ネットワーク上の住所)、サーバー。三十二歳までの記憶には、そういう言葉が残っている。


ところが「CPUは何をしているのか」と聞かれると、急に怪しくなる。「インターネットにつながるとは何が起きているのか」なら、もっと説明できない。


知っている言葉を並べることと、理解していることは違った。


二〇一二年になったら、ビットコインを買うつもりでいる。それは紙の株券ではない。コンピュータ上で扱い、送金し、秘密鍵を管理し、ソフトウェアを使う。


値上がりすることだけ知っていても、操作を間違えて失えば意味がない。


僕はノートに「パソコンを使えるようになる」と書いてから、すぐに線を引いた。曖昧すぎる。


代わりに、もう少し具体的にした。


ファイルがどこにあるか分かる。必要なものを複製できる。ソフトを自分で入れられる。ネットワークの基本を知る。分からないエラーを自分で調べる。そして、何かを変える前に元へ戻せるよう準備する。


最後の一つは、特に重要だと思った。


失敗しないことを前提にするのではなく、失敗しても戻れるようにしておく。


まずは、家のパソコンの中を見ることから始めた。


もちろん、本体を勝手に分解するわけではない。そんなことをすれば怒られる。


画面の中にあるフォルダやファイルを眺め、拡張子や容量を確認する。どこに文章があり、どこに写真があり、何を消してはいけないのかを調べた。


今まで何となく使っていたものにも、一つずつ名前と役割がある。


図書室でも、子供向けのパソコン入門やインターネットの本を借りた。


最初に面白かったのは二進数だった。


コンピュータは0と1で動く。


その言葉自体は前から知っていた。でも、なぜ0と1だけで文字や絵や音まで扱えるのかは、きちんと考えたことがなかった。


紙に数字を書く。


0、1、10、11、100。


二進数なら、それぞれ十進数の0、1、2、3、4になる。


難しいことではない。


それでも、少し面白かった。


同じ数字でも、表し方を変えれば見え方が変わる。文字や画像も、機械の中では人間が見ているものとは別の形で扱われている。


英語を勉強したときにも似た感覚があった。


日本語と英語で、同じものを違う形にして表す。コンピュータも、文字や音を別の表現へ変えて扱っている。


休み時間に友達とゲームの話をしていると、昨日どこまで進んだか聞かれた。


「まだそこ」


「遅くない?」


「ほかのことしてた」


「何?」


「パソコン調べてた」


「ゲームしてたんじゃん」


「ゲームじゃなくて、仕組みの方」


「何それ」


「コンピュータって0と1で動いてるんだって」


「それ知ってる」


「じゃあ、なんで0と1なの?」


「知らん」


「僕もそれ調べてた」


「楽しい?」


「ちょっと」


「変なの」


笑われたので、僕も笑った。


別に隠す必要はなかった。


パソコンに興味があるから調べている。それだけで説明できる。


むしろ今からそういうことを続けていれば、八年後に少しくらい詳しくなっていても不自然ではない。


家では、自分用のファイルも少しずつ作るようになった。本の感想、英単語、調べたこと、学校の課題。ただし、未来知識そのものは保存しなかった。


家族も使うパソコンだ。誰かに見られる可能性がある。


それに、デジタルだから安全とは限らない。簡単に複製できるし、簡単に消える。


そこで、どうでもいいファイルを使ってバックアップの練習をした。


一つ作り、別の場所へコピーする。元を消して、コピーから戻してみる。


簡単だった。


ところが、何度か試しているうちに必要なファイルまで間違えて消した。


一瞬焦ったが、ごみ箱に残っていたので元へ戻せた。


ほっとすると同時に、少し怖くなった。


これが将来のビットコインだったら、ごみ箱から戻せるとは限らない。


まだ失っても困らないものを扱っている間に、失敗しておいた方がいいのかもしれない。


ある日、家のインターネットが突然つながらなくなった。


「パソコン壊れた?」


家族の誰かが言った。


僕も最初はそう思ったが、画面は普通に動いている。保存してあるファイルも開ける。


壊れたのは、少なくともパソコン全部ではない。


接続の表示を見る。再起動する。通信に使っている機械の電源も確認する。


結局、僕には直せなかった。大人が何かを確認すると、しばらくしてまたつながるようになった。


何をしたのか分からなかったことが、少し悔しかった。


でも、一つだけ分かったことがある。


「動かない」では大きすぎる。


パソコンは起動する。ファイルは開く。インターネットだけが使えない。


そこまで分ければ、調べる場所を狭くできる。


僕はノートに「問題を小さくする」と書いた。


算数が分からない、ではなく、どの式のどこが分からないのか。パソコンが壊れた、ではなく、どこまでは正常に動いているのか。


未来知識についても同じだった。


ビットコインを知っている、では大きすぎる。


存在することは覚えている。値上がりする記憶も強い。しかし時期や価格は曖昧だ。


一つにまとめず、分けて考える。


僕はコンピュータそのものだけでなく、この考え方が気に入り始めていた。


学校でコンピュータを使ったとき、それが少し役に立った。


先生の指示どおりに文字を入力し、ファイルを保存する。隣の子が突然困った声を出した。


「消えた」


「何が?」


「さっき書いたやつ」


「保存した?」


「したと思う」


「どこに?」


「知らない」


一緒にフォルダを探した。名前を確認していると、別の場所に保存されていたファイルが見つかった。


「あった」


「すげえ」


「場所が違っただけだよ」


「何で分かったの?」


「前に調べたから」


それで話は終わった。


僕は少しずつ、三十二歳の記憶にあった知識を、今の経験へ置き換えているのだと思った。


昔から名前だけ知っていたことでも、今、本で読む。実際に触る。失敗する。それでようやく、今の僕が身につけた知識になる。


未来の記憶は、時間がたてば現実とずれていくかもしれない。


でも、自分で理解したことなら、未来が変わっても使える。


そのころ、家に使われなくなった古いラジオがあるのを見つけた。


「これ、開けてもいい?」


「壊れてるからいいけど、危ないことしないでよ」


「うん」


ねじを外してケースを開けると、中から緑色の基板が出てきた。


小さな部品がいくつも並んでいる。


抵抗、コンデンサ。それらしい名前は知っていても、実物を見てすぐ判別できるほどではない。


図書室から借りた本を横へ置き、写真と実物を見比べた。


「これかな」


一つ見つける。


隣にも似た部品がある。


回路がどうつながっているのかは、まだほとんど読めない。それでも、黒い箱の中に何か分からない力が詰まっているわけではなく、部品と線が組み合わさって動いていることだけは見える。


しばらく眺めたあと、元に戻した。


ねじが一本余った。


「……何で?」


もう一度開ける。


どこに入っていたのか分からない。


十分ほど悩んでから、分解する前に写真を撮っておけばよかったことに気づいた。


三十二歳の記憶は、ねじ一本の場所も教えてくれなかった。


少し可笑しくなった。


次からは、触る前に記録する。


新しいルールが一つ増えた。


夜、十八歳までの計画を開き、英語の近くに「コンピュータ」と書いた。


使うだけではなく、調べる。仕組みを知る。失敗したとき、どこが悪いのか切り分けられるようになる。


その下に「プログラミング」と書きかけて、手を止めた。


今すぐ始める必要があるかは分からない。


未来の世界では、できた方が便利だった。それでも、便利そうなものを全部先取りしていたら終わりがない。


興味が続けば、そのときやればいい。


僕は代わりに「後で」とだけ書いた。


大学の学部も、まだ決めない。


最近面白いと思うものは、電気、コンピュータ、通信、英語、数学。本も好きだ。


今はばらばらでいい。


十歳の僕が「将来は電気電子工学」と決めて、その通りに八年間を使う必要はない。面白いものを少しずつ追い、その先に選びたい学問があれば選べばいい。


最後に未来知識台帳を開いた。


ビットコイン、イーサリアム、エヌビディア。


以前は、どれも将来金になる名前に見えていた。


今は少し違う。


ビットコインもイーサリアムも、コンピュータと通信の上で動く。エヌビディアは、そのコンピュータを支えるものを作っている。


僕は、それらが大きくなる未来を知っている。


でも、なぜ大きくなるのかはまだ十分に理解していない。


だったら、値段を覚えていることより先に、何なのかを知ればいい。


ビットコインの欄には「価格より先に仕組みを調べる」、エヌビディアには「株価より先に何を作っている会社か調べる」と書き加えた。


未来知識が当たるかどうかは、自分では決められない。


理解することなら、今からできる。


机の横には、元に戻した古いラジオがある。ねじも今度は全部入っている。


電源は入らない。僕にはまだ直せない。


それでも昨日までただの黒い箱だったものが、今日は部品の集まりに見えていた。


パソコンの中も、未来も、まだ分からないことばかりだ。


けれど、分からないまま使うより、一つずつ中を見ていく方が面白い。


僕はパソコンの電源を切った。


画面が暗くなる。


その瞬間、中で何が起きているのかは、まだ説明できない。


だから次は、それを調べればいい。


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