普通の子
僕は、自分が普通ではないことを知っている。
三十二歳までの記憶を持った十歳。未来に起きる出来事をいくつか知り、十八歳になったら家を出てBitcoinを買おうとしている。
そんな小学四年生は、たぶん普通ではない。
だから最初のころは、普通の子供に見えるように気をつけていた。分かる問題でもすぐ答えず、知らないはずの言葉は使わない。大人びたことを言わず、なるべく目立たない。
けれど、それを続けているうちに一つ困ったことに気づいた。
普通の十歳とは、何だろう。
教室を見れば、休み時間になると真っ先に校庭へ飛び出す子がいる。本を読んでいる子も、一人で絵を描いている子もいる。忘れ物ばかりする子もいれば、何でも先生に質問する子もいる。算数だけ妙に得意だったり、大人と話す方が好きだったりする子もいる。
全員、十歳だった。
それなら僕は、誰に合わせようとしているのだろう。
ある日の算数で、先生が少し難しい問題を黒板に書いた。
「分かる人?」
何人かが手を挙げる。
僕も答えは分かっていたが、手を挙げなかった。最近、こういうことが増えていた。
昨日までの自分から急に変わらない方がいい。目立たない方が安全だ。そう考えて、できることまで隠している。
先生が指した子は途中まで正しく説明したが、最後の計算を間違えた。
「惜しい。ほかに分かる人?」
また手が挙がる。
僕は動かなかった。
すると、隣の席から小さな声がした。
「分かんない?」
「分かる」
「じゃあ手挙げればいいじゃん」
あまりに単純だった。
僕は手を挙げた。
「じゃあ、やってみて」
黒板の前へ出て、途中式を書き、答えを出す。
「はい、正解」
席へ戻った。
それだけだった。
誰も僕を不審そうには見なかった。休み時間になれば、さっきの問題などほとんど誰も気にしていない。
気にしていたのは僕だけだった。
一問解けたくらいで未来人だと思われるわけがない。本をたくさん読んでも、成績が上がっても、普通なら「勉強したから」で済む。
危ないのは、結果そのものではない。
そこへ至る過程を説明できないことだ。
算数ができるなら、勉強したから。本を知っているなら、読んだから。英語ができるなら、自分で覚えたから。
八年間あれば、その過程を実際に作ることができる。
逆に、何の前触れもなく二〇一三年のBitcoin価格を言い当てることには、今の僕からつながる理由がない。
その日の夜、ノートに書いた。
目立たないことより、説明できること。
その下に、もう一行。
能力を隠すために、能力を捨てない。
十八歳で家を出るには学力がいる。大学へ進むにも、未来知識が外れたあと働くにも必要になる。
未来を隠すために勉強まで手を抜くのは、本末転倒だった。
ただし、急に何でもできるようになる必要もない。
今から勉強すればいい。
翌週、国語の授業で作文を書くことになった。
題は「将来の夢」。
周囲から「野球選手」「先生」「ケーキ屋」「ゲームを作る人」といった声が聞こえてくる。
僕は原稿用紙の前で止まった。
三十二歳で十億円。
もちろん、そんなことは書けない。そもそも職業ですらない。
では、何になりたいのか。
研究者なのか、技術者なのか、会社員なのか。今のところ、自分でも分からない。
少し考えて、「ものを作る仕事」と書いた。
嘘ではなかった。
機械やコンピュータには昔から興味がある。中身を理解しているかと言われれば、ほとんど分からない。
作文には、機械がどうやって動くのか知りたいこと、コンピュータにも興味があること、役に立つものを作る仕事をしてみたいことを書いた。
数日後、返された作文には先生の文字があった。
「具体的に興味があることを書けていていいですね」
それだけだった。
家に帰ってから、部屋にある機械を改めて眺めた。
ラジオ。時計。ゲーム機。パソコン。
使い方は知っている。
でも、なぜ音が出るのか。なぜ画面が光るのか。どうして遠くの人と通信できるのか。
三十二歳まで生きたのに、きちんと説明できるものはほとんどなかった。
答えを知っていることと、仕組みを理解していることは違う。
僕は図書室で、子供向けの電気の本を探した。
乾電池、モーター、磁石、簡単な回路。
知っているつもりの内容も多かったが、読み始めると知らないことが次々に出てきた。
面白かった。
それなら十分だと思った。
将来役に立つから無理に興味を持つのではない。今の僕も知りたいと思えるなら、少しずつ調べていけばいい。
一方で、大人の記憶が役に立たない場面もあった。
休み時間に、クラスの二人が口論していた。どちらが先に使うと言ったのか、約束したのか。僕には大した問題には見えなかった。
「じゃんけんすれば?」
思わず口を挟んだ。
「でも、こいつが先に」
「どっちが先だったか分からないんでしょ」
「俺が先だって」
「分からないなら、じゃんけんで決めればいいじゃん」
二人が黙った。
近くにいた誰かが笑う。
「なんか先生みたい」
その言葉で、僕も黙った。
僕は問題を解決しようとしただけだった。
けれど、二人が求めていたのは解決ではなかったのかもしれない。自分の方が正しいと認めてほしい。それを飛ばして結論だけ渡されれば、面白くないのも当然だった。
三十二歳まで生きた記憶があれば、人間関係もうまくなる。
そんなことはなかった。
むしろ、答えが見えると思ったときほど、相手の気持ちを飛ばしてしまう。
帰り道で、そのうちの一人と一緒になった。
「昼のやつ、悪かった」
「何が?」
「じゃんけんすればって言ったやつ」
「別に」
「そう」
「でも、あいつが悪いからな」
「まだ言ってるの?」
「悪いもんは悪い」
僕は笑った。
それで終わった。
思っていたほど、相手は気にしていなかった。
僕はまた、一人で考えすぎていたらしい。
家に帰って、ノートへ一行だけ追加した。
正しさだけで人と話さない。
書いたからできるようになるわけではない。
たぶん、また失敗する。
それも含めて覚えていけばいい。
しばらくして、図書委員を決める時期が来た。
先生が黒板に委員会の名前を書き、「やりたい人はいますか」と聞いた。
僕は図書委員に手を挙げた。
ほかにも何人かいた。
「じゃあ、話し合って決めてください」
以前なら、そこで引いたかもしれない。競争してまで目立つ必要はないと思っただろう。
でも、図書室にはいたかった。
「僕、やりたい」
そう言うと、誰かが答えた。
「前から図書室いるもんな」
「じゃあ、いいんじゃない?」
あっさり決まった。
僕は正式な図書委員になった。
不自然なことは何もない。
図書室によく行き、手伝いをして、本を読むのが好きだから手を挙げた。
過去の行動が、今の選択につながっている。
それでいいのだと思った。
最初の仕事は、貸出と返却だった。空いた時間には本を棚へ戻し、おすすめの本を書く。
特別なことではない。
でも、楽しかった。
ある日の放課後、同級生が図書室へ来た。
「なんか面白いのない?」
「どんなの?」
「すぐ読めるやつ」
「怖いの平気?」
「平気」
僕は棚から一冊抜いた。
「じゃあ、これ」
「面白い?」
「僕は好き」
「じゃあ借りる」
その子は本を持ってカウンターへ向かった。
僕はまた棚へ戻る。
未来を操作したわけでも、何か利益を得たわけでもない。
ただ、僕が読んだ本を一冊薦めた。
それで誰かの今日が少し変わった。
そのくらいの変化なら、もう怖くなかった。
夜、ノートを開いた。
最初のころなら、「普通の子を演じる」と書いていたかもしれない。
今は違った。
普通になる必要はない。
少し考え、続きを書く。
今の自分から、次の自分につながるようにする。
本が好きだから図書委員になる。機械が気になるから電気を調べる。大学へ行きたいから勉強する。
未来人らしくない行動を選ぶ必要はない。
未来知識だけでは説明できない飛躍を避ければいい。
三十二歳までの記憶は消えない。
でも、これから十歳の僕が経験することも、一日ずつ増えていく。
どちらが本当の自分なのかと考える必要も、少しずつなくなっていた。
昔の記憶も、今日の経験も、どちらもこれからの僕を作る材料になる。
翌朝、学校へ行った。
友達と話し、授業では分かる問題に手を挙げた。昼休みには図書室へ行き、知らないことがあれば調べる。
腹が立つこともあるし、間違えることもある。
未来を知っていることを除けば、僕の毎日は思っていたより普通だった。
普通に見せようとしなくても、それで十分だった。




