↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十歳からやり直して大富豪になるはずだった――未来のビットコインもAIも知っていた俺が、知らない明日を生きるまで  作者: 野狐禅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/13

余白

三十二歳で十億円。


未来知識台帳の中で、それは一番分かりやすい目標だった。


けれど最近、その数字が少し邪魔になっていた。


本を読む。友達と遊ぶ。図書室を手伝う。身体を動かす。家事を覚える。勉強する。


何かをするたび、頭のどこかで考えてしまう。


これは三十二歳の自分に役立つだろうか。


そう考え始めると、ほとんどの時間を削れてしまう。


友達と一時間遊ぶなら、勉強した方がいい。本を読むなら、英語や数学の本を選んだ方がいい。百円のお菓子を買うくらいなら、貯めた方がいい。


遠足も、遊びも、テレビも、十億円だけを基準にすれば無駄にできる。


その日の昼休み、僕は図書室へ行くつもりだった。


教室を出ようとすると、友達に呼び止められた。


「今日、外行かない?」


「何するの?」


「ドッジボール」


一瞬迷った。


図書室なら本を読める。ドッジボールが将来何の役に立つかと聞かれれば、運動や人間関係のためだと言うこともできる。


でも、本当はそんな理由ではなかった。


誘われて、少しやりたかった。


「行く」


校庭へ出て、チームを分けた。


ボールを避け、拾い、投げる。すぐに当てられて外野へ回った。


「今の線出てたって!」


「出てない!」


どうでもいいことで言い合い、数分後には別のことで笑っていた。


昼休みが終わるころには汗をかいていた。


教室へ戻りながら、ふと思う。


一時間勉強しなかった。本も読まなかった。未来について考えもしなかった。


それでも、何かを失った感じはしなかった。


三十二歳で十億円という目標から見れば、今日の昼休みは何も生み出していない。


でも、その基準だけで二十二年間を測っていいのだろうか。


放課後、ノートを開いた。


最初の方に書いた数字を見る。


三十二歳。

十億円。


その下に、一言だけ加えた。


何のために。


答えはすでに考えていた。


自由のため。


住む場所や働き方を選び、嫌なものを断れるようになるためだ。


なら、その自由を得るために、そこへ着くまでの生活を全部犠牲にするのはおかしい。


三十二歳になった瞬間から人生が始まるわけではない。


十歳の今日も人生だ。


十一歳も、十五歳も、二十三歳も同じだった。


僕は新しいページを開き、「未来のために削らないもの」と書いた。


最初に健康。


睡眠や食事を削って金や時間を作ることはしない。病院へ行く必要があるのに、投資資金が減るからと我慢することもしない。


次に教育。


Bitcoinへ入れる金を増やすために、進学や必要な教材を諦めない。未来知識が外れたときの保険というだけではない。金が増えても、知らないことが勝手に減るわけではないからだ。


三つ目は人間関係。


ここでは少し迷った。


誰とでも仲良くする、という意味ではない。嫌な相手から離れることも必要だと思う。


ただ、「将来の役に立たない」という理由だけで人と過ごす時間を切り捨てるのはやめる。


最後に、余白と書いた。


目的のない読書。遊び。くだらない話。ぼんやりしている時間。


一見すると何も生まない時間だった。


でも、それまで全部なくして三十二歳になったとき、十億円を何に使いたいのか分からなくなっていたら困る。


ページには四つだけ残った。


健康。

教育。

人間関係。

余白。


生活は健康の中へ含めることにした。項目を増やしても意味はない。


投資は、この四つを守った外側でやればいい。


Bitcoinのために食費を削らない。Ethereumのために大学を諦めない。NVIDIAのために人との時間まで全部売らない。


三十二歳のために、十歳を使い切らない。


そこまで決めると、少し頭が軽くなった。


翌日、学校でグループを作る授業があった。


人数が合わず、僕だけが一度余った。


ほんの数秒だった。先生がすぐ別の組へ入れてくれたし、誰かに拒絶されたわけでもない。


それでも、妙に傷ついた。


放課後まで少し引きずったまま図書室へ行くと、いつもの上級生が声をかけてきた。


「今日、元気なくない?」


「そう?」


「なんか静か」


「ちょっとだけ」


「何かあった?」


「別に」


そこで終わると思った。


でも、その子は棚から一冊抜いて、僕へ差し出した。


「これ読んだ?」


「読んでない」


「面白かったよ」


表紙を見る。


自分なら選ばなさそうな本だった。


「借りていいの?」


「図書室のだからいいでしょ。嫌なら戻せば」


少し笑った。


「読む」


それだけのことだった。


けれど、さっきまでより気分が軽くなっていた。


家に帰って読んでみると、思ったより面白かった。


自分では手を伸ばさなかった種類の物語だった。


そこで気づく。


未来知識には、自分が知っているものしか入っていない。


僕が覚えている会社。僕が覚えている事件。僕が覚えている相場。


どれだけ書き出しても、自分の記憶の外側には出られない。


でも、人と関われば、自分では選ばなかった本を渡される。


知らなかった考え方を聞くこともあるだろう。知らない場所へ誘われることも、予定になかった何かを好きになることもあるかもしれない。


人生には、知らないものが入ってくる。


その余地まで、計画で埋めてはいけない。


僕は未来知識台帳の端に書いた。


知らないものが入る余地を残す。


そして、十億円と書いたページへ戻った。


三十二歳で十億円。


数字は消さない。


けれど、三十二歳でどこに住み、何を仕事にし、誰と付き合い、何を好きになっているかまでは決めない。


今の僕には、そこまで知ることも決めることもできない。


十億円は、その選択肢を増やすための目安でしかない。


金額に届けば成功で、届かなければ失敗というものでもなかった。


僕は数字の横に短く書き足した。


選べる状態を作る。


それで十分だった。


その日の夜、翌日の予定を確認する。


授業。図書室。宿題。


そのあとに、友達と遊ぶ約束があった。


一時間。


十億円には、たぶん何の役にも立たない。


それでも消さなかった。


三十二歳の僕が何を大切にしているか、今はまだ分からない。


だから、未来の僕のために、今の僕が大切だと思うものまで売らない。


三十二歳で自由になるために、三十二歳までを不自由にする必要はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。