図書室
図書室にいると、時間の流れ方が少し変わる。
教室にいれば次の授業を考え、家にいれば次に何を言われるかを気にする。未来知識台帳を開けば、頭はすぐ二〇一二年や二〇一七年、二〇二六年へ飛んでいく。
いつも、今より先のことを考えている。
でも、本を読んでいる間だけは違った。
今、このページを読む。それだけでいい。
最近は、昼休みになるとかなりの頻度で図書室へ来ていた。
最初は未来の記憶を確かめるためだった。出版年を見て、昔読んだ本を探し、覚えている内容と今あるものを照らし合わせる。
いつの間にか、それをしなくなっていた。
単純に、本を読みたかった。
「また来たの?」
カウンターにいた上級生に声をかけられた。
「うん」
「何読むの?」
「まだ決めてない」
「この前、宇宙の本借りてたよね。こういうの好き?」
「たぶん」
「たぶん?」
僕も自分でよく分かっていなかった。
三十二歳だった僕が好きだった本と、今の僕が読みたい本が同じとは限らない。
棚の間を歩く。
科学、歴史、伝記、物語、図鑑。
昔より理解できる本は増えている。それでも、難しい本を読めることと、読みたいことは別だった。
科学の本を一冊開き、数ページ読んで戻す。歴史の本も同じだった。次に手に取った物語は、気づけばしばらく立ったまま読んでいた。
結局、それを借りた。
投資にも受験にも役に立ちそうにない本だった。
それでも借りたことが、少し嬉しかった。
最近の僕は、何をするにも理由をつけていた。
英語は将来のため。数学は進学のため。運動は健康のため。家事は一人暮らしのため。貯金はビットコインのため。
何をするにも、その先に目的がある。
本くらいは、面白そうだから読んでもいい。
昼休みの終わりを知らせる音が鳴り、本を抱えて教室へ戻った。廊下で同じクラスの女子に呼び止められる。
「それ面白い?」
「まだちょっとしか読んでない」
「どんな話?」
「たぶん、冒険」
「また、たぶんって言ってる」
「まだ途中だから」
「面白かったら教えて」
「うん」
それだけの会話だった。
前なら、誰かに本を薦めれば、その人の行動が変わるかもしれないと考えたかもしれない。
でも、このときは違った。
面白ければ教える。
ただ、それだけでよかった。
人は未来を変えようとしなくても、普通に互いへ影響している。そのことが、今さら少し不思議に思えた。
放課後、借りた本を読みながら帰った。さすがに歩きながら読むのは危ないので、途中で何度も閉じた。
家に着いて宿題を終える。夕食まではまだ時間があったので、続きを開いた。
気づけば、かなり読み進めていた。
「宿題終わったの?」
「終わった」
「明日の準備は?」
「まだ」
「先にやりなさい」
「……うん」
本を閉じたとき、普通に腹が立った。
今、いいところだったのに。
そう思ってから、少し可笑しくなる。
少し前までなら、明日の準備を先に終わらせた方が効率的だ、と考えていただろう。
でも、続きを読みたいものは読みたい。
ノートに書いた「大人になろうとしすぎない」という言葉を思い出した。
僕はランドセルの準備だけ先に済ませ、すぐ本へ戻った。
我慢するか、言いつけを無視するか。その二つしかないわけではない。順番を少し変えれば済む。
翌日の昼休みも図書室へ行った。
昨日の本はまだ読み終えていない。それでも別の棚を見ていると、図書室の先生に声をかけられた。
「よく来るね」
「はい」
「本、好き?」
「たぶん」
また同じ答えになった。
先生が笑った。
「たぶんなんだ」
「好きだと思います」
「来年、図書委員やってみたら?」
図書委員。
その言葉には覚えがあった。
前の人生でも、小学校から高校まで何度か図書関係の委員をしていた。
静かな場所が好きだったからかもしれない。本が好きだったからかもしれない。人前に立たなくて済むから、という理由もあった。
でも、それだけではなかった。
誰かに「面白い本ない?」と聞かれ、自分が読んだ中から選ぶのが好きだった。
「来年じゃないとできないんですか」
「今の委員はもう決まってるからね。でも、手伝いたいなら歓迎するよ」
「何するんですか」
「返ってきた本を戻したり、掲示を作ったり、おすすめの本を紹介したり」
「やります」
先生が少し驚いた顔をした。
「手伝ってくれるの?」
「はい」
こうして、正式な委員ではない僕も、ときどき図書室を手伝うことになった。
最初の仕事は、返却された本を棚へ戻すことだった。
やってみると、思ったほど単純ではない。
分類番号を見て場所を探し、同じ分類なら作者や題名の並びも確認する。適当に差し込めば、次に探す人が見つけられなくなる。
僕は背表紙の番号を確かめながら、一冊ずつ戻していった。
情報を分類して、あとから見つけられるようにする。
未来知識台帳と少し似ている。
ただ、こちらの方がずっと気楽だった。
本を間違った棚へ戻しても、未来そのものが変わるわけではない。
何日かすると、先生から小さな紙を渡された。
「おすすめの本、一冊書いてくれる?」
「僕が?」
「よく読んでるから。低学年でも読めそうなのだと嬉しいかな」
簡単だと思ったのに、棚の前に来ると迷った。
自分が好きな本と、人に薦めたい本は同じではない。
三十二歳までの記憶を使えば、難しい本はいくらでも思い出せる。でも、小学生にそれを渡しても仕方がない。
結局、自分が今読んでも面白かった物語を選んだ。短くて、絵も多く、難しくない。それでも少しだけ考えさせるところがある。
紙には「こんな人におすすめ」と書いてあった。
僕は、
冒険が好きな人。
少し不思議な話が好きな人。
と書いた。
もう一つ、「本をあまり読まない人にも」と書きかけてやめた。
本を読まない人に、読めと言われても嫌だろう。
代わりに、
最初の十ページだけでも読んでみてください。
と書いた。
先生に見せる。
「いいね」
「そうですか」
「押しつけてないのがいい」
その言葉が少し残った。
自分が面白いと思っても、相手が面白いと思うとは限らない。
薦めることはできる。
でも、読むかどうかは相手が決める。
たぶん、それでいい。
掲示してから何日かたったころ、低学年の子がその本を借りていった。
僕は棚の近くからそれを見て、少し嬉しくなった。
さらに数日後、その子が図書室で僕を見つけた。
「これ面白かった」
本を持ち上げて見せる。
「ほんと?」
「うん。でも最後、ちょっと分かんなかった」
「どこ?」
開かれたページを一緒に見る。
僕なりの解釈を説明しかけて、やめた。
「どういう意味だと思った?」
その子は少し考えた。
「帰りたかったのかな」
「僕もそんな感じがした」
「でも帰ってないよ」
「うん」
「なんで?」
少し考えたが、僕にも分からなかった。
「分かんない」
「知らないの?」
「知らない」
その子が笑ったので、僕も笑った。
三十二歳まで生きた記憶があっても、分からないものは普通にある。
それが、なぜか心地よかった。
答えを持っていなくても、本は読める。
誰かと一緒に考えることもできる。
いつの間にか、図書室の手伝いは習慣になっていた。
返された本を棚へ戻す。傷んだ本を先生へ渡す。おすすめを書く。低学年の子に場所を教える。そして、自分の知らない本を見つける。
どれも、将来の資産にはたぶんほとんど影響しない。
それでも続いた。
未来のために必要だからではない。
今の僕が、ここにいたいからだった。
家に帰ったある日、十八歳までの計画を開いた。
大学、家を出るための準備、投資資金、ビットコイン。
先のことばかりが並んでいる。
その端に、一つだけ書き足した。
本を読む。
期限も金額も、達成条件もつけなかった。
それでいいと思った。
十八歳で家を出すことも、三十二歳で十億円を目指すことも大事だ。
でも、そのためだけに八年間を埋める必要はない。
十歳の今だから面白い本がある。
前の人生で読んだ本でも、今読むと違って見えるものがある。
まだ一度も読んだことのない本なら、なおさらだった。
未来の記憶は、僕が一度見た世界のことしか教えてくれない。
図書室には、その外側がいくらでも並んでいる。
その夜、布団に入る前に借りてきた本を開いた。
ビットコインにも受験にも役に立たない物語だった。
だから何だ、と思った。
続きを読みたかった。
ただ、それだけでページをめくった。




