9.コイラーン侯爵家へ
ふわふわした気持ちでホテルに戻ると、母がいた。
「お、お母さん!?」
「ココ!」
侯爵子息様の客室で、母は私を抱きしめる。
「心配したじゃない! 昨日は帰ってこないし、とうとう自暴自棄になったのかと思って、お手紙をいただかなかったら捜索隊を町に依頼するところだったのよ!」
そうだった!
誰にも何も言わずに村を出てきてしまったのだ。
しかし、自暴自棄って、母から見てそんなに私は落ち込んでいたのか……。
「ごめんなさい……」
「領主様に忘れ物を届けに行くのなら、ちゃんと言ってからにしてちょうだい!」
なるほど、そういうことになっているのね。
ジュリー様をお届けに行ったのだから、ある意味あっている。
それにしても、母に手紙を出してくれていたなんて、さすが侯爵様御一行だ。
ん? だったら、母がここに来る必要はあったのだろうか?
「あの、お母さんは、なんでここにいるの?」
「それは、こちらからご説明しましょう」
母と一緒にいた執事様が一歩前に出る。
「この度、ココお嬢さんが忘れ物を届けてくださったことに、領主様がいたく感謝しております。つきましては、コイラーン領主屋敷で使用人として働いてはいただけないかと考えております」
「ええ!?」
私は声を上げていた。
畑仕事が主の村娘Bが領主様の屋敷で働く?
これは、すごい出世だ。
「ココ、いえ、うちの娘が、そんな、お屋敷で働くなんて……」
母も驚きを隠せないようだ。
「これは、領主様のご意向です」
執事はピシャリと言う。
つまり、拒否権はない、ということだ。
「あ、ありがとうございます!」
母はガバッと頭を下げる。
「せ、誠心誠意お勤めしたいと思います!」
私も、もちろん頭を下げた。
チラリと執事様と侯爵子息様を見ると、頷き合っている。
私はようやく理解が追いついてきた。
つまり、ジュリー様と話すために、私が必要ということだ。
先程の「私のもの」発言も、屋敷で雇うという意味だったのだ。
あっぶなー!
勘違いしてしまうところだった。
婚約破棄からのざまぁ(というか自滅)からのハイスペ侯爵子息様きたー! と思いかけてしまった。
こっちは前世も今世も男耐性がないのだから、不用意に肩を抱かないで欲しい!
私の中のジュリー様が、クスクスと笑っている。
この、全部伝わってしまうの、どうにかならないものか……。
私がコイラーン侯爵家お屋敷の使用人になる話はトントン拍子に進み、母と別れて3日後、私はお仕着せを着て、侯爵家お屋敷の一室にいた。
室内には侯爵子息様と執事様がいる。
「分かっているとは思うけど、君の仕事はお母様の言葉を伝えることだ」
立派な椅子に腰掛けた侯爵子息様が机上の書類に判を押しながら私に言う。
どうやらこの部屋は侯爵子息様の執務室らしい。
「はい。承知しております」
私は机の前に、執事様は机の横に立っている。
このお屋敷に来てからは、侯爵子息様とは明らかな身分差があることをひしひしと感じていた。
道中、私に普通に話しかけてくれていたことが嘘のようだ。
「空いた時間はハウスメイドをしてもらう。後はクロックの指示に従うように」
侯爵子息様は私の顔を一度も見ないまま、私を部屋から退出させた。
ハウスメイド、上等である。
全く自慢にならないが、前世家業が儲からなかったので、私はバイト経験が豊富なのだ。
家事代行もやったことがある。
「バイトとは何ですの?」
私の中のジュリー様が尋ねてくる。
ジュリー様は侯爵様のそばにはおらず、私の中に入ったままなのである。
どうやらこの方が楽しいらしい。
(私が前世にやっていた副業です。本業があまりにも儲からなかったので)
私の中にいるジュリー様には、隠し事は出来ない。
私は前世「降霊術師」だったことなど、ジュリー様には全て話していた。
「ココさんのお話は本当に面白いですわ!」
ジュリー様が楽しいのなら何よりである。
それに私にとっても、侯爵家のお屋敷に来れたことはラッキーだった。
正直、あの村とあの町で結婚相手を探すことはもう無理だった。
「町長の娘婿の元婚約者」なんて肩書きで男が寄ってくるわけがない。
このお屋敷には男性の使用人が多いし、一人くらいは私のことを気に入ってくれるかもしれない。
私は今世は結婚してみたいのだ!
そのくらいの夢は持ってもいいよね?
私は執事様から紹介されたリリアンという女性メイドに仕事を教えてもらうことになった。
リリアンは18歳で、黒髪の黒目の東洋風美人だ。
「……床掃除はこんなところかしらね」
「ありがとうございます!」
私は掃除道具を片付けながらリリアンにお礼を言う。
「それにしても、女性を侯爵様が雇うなんて珍しいわ」
リリアンは私の横に来て小声で耳打ちをしてきた。
「ココはどんなコネで入ったの?」
なんと、男性の使用人が多いと思ったら、女性はあまり雇われないようだ。
でもまさか、「降霊術です」とは言えない。
「え、ええと……」
「ああ、ごめんごめん。言えないわよね。私も言えないもの」
リリアンはアハハと笑う。
どうやらリリアンも訳ありのようだ。
「あの、どうして女性はあまり雇われないのですか?」
私は好奇心に任せて尋ねてみた。
「あら、これは有名な話よ。侯爵子息様が女嫌いだからよ」
え?
ええーっ!?
侯爵子息様は女嫌いだったの!?




