80.私たちの初夜
結婚式が終わり、ジュリー様とお別れをして、その次に待っているのは、そう、私が待ちに待ち焦がれた「初夜」である。
今夜から私の部屋はニール様の部屋の隣に移動している。
「初夜」のために、母とサーラさんが、私を念入りにお風呂にいれ、髪や肌をお手入れし、白いひらひらとした薄い素材の夜着を私に着せてくれた。
私はこの日のために15回転生したと言っても過言ではない。
今夜のために、リリアンやシンディ様や女性使用人の方々のお話を元に、脳内シュミレーションも独自に行ってきた。
でも……
私の胸の中には、ポッカリと大きな穴が空いていて、こんなどうしようもない気持ちでニール様と向き合っていいか、本当に分からなくなっていた。
私が新しい自室のベッドに腰掛けてボンヤリとしていると、ノックの音が響き、ニール様の部屋へ続くドアからニール様が入ってきた。
長身で細身だけど割と筋肉質で、白いバスローブのようなデザインの夜着を羽織っているニール様からは妙な色気があふれ出ている。
結婚式ではセットされていた少し長めの銀の髪も、サラサラと顔にかかって表情を隠している。
男性にこんな感想はおかしいのかもしれないが、すごく色っぽい……。
ニール様は手に持っていたグラスと飲み物の入ったボトルをベッド脇のテーブルに置くと、私の隣に腰掛けた。
「……今夜は一晩中お話をしませんか?」
ニール様は低い静かな声でそう言った。
私はうつむいて、ニール様の長い指を見つめる。
「今夜は初夜ですが、私たちは夫婦になりましたので、もういつでも大丈夫です。でも、お母様とのお別れを噛みしめるのは、今夜が良いと思うのですよ」
ニール様の言葉は、私の耳からすっと入って体中に広がり、私を温かくしていた。
私は目線を、自分の小さな手に移した。
「私、淑女らしくないと思われるでしょうが、今夜を心待ちにしていたのです」
「いえ、ココらしくて良いと思います」
「でも、心に空いた穴が埋まらないんです……」
私は見つめていた手をぎゅっと握りしめた。
「実は私もです」
ニール様は立ち上がると、飲み物をグラスに注いだ。
飲み物は透明で、香りからしてシャンパンのようだ。
ニール様は私にグラスを差し出した。
「あなたをいくらでも慰めると大口を叩きましたが、今夜は慰め合いませんか?」
私はグラスを受け取って、ふふっとほほ笑んだ。
「はい。私もニール様を慰めます」
「初夜」である一晩中、私とニール様はジュリー様の話をした。
ニール様の思い出話や、私とジュリー様のくだらない会話。
シスネロスでの話、ジュリー様がお義父様に言い寄った話。
窓の外が白んでくる頃、私たちは同じベッドで手を繋いで眠っていた……。
私とニール様は、お昼近くまで眠っていた。
今日のニール様の仕事はお休みにしてあったこともあり、師匠も母も私たちを起こさなかった。
2人で寝過ぎましたねと笑い合い、身支度をして庭園を散歩して、ガゼボで朝食兼昼食をいただいた。
食事をしていると、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
休憩中なのか打ち合わせ中なのか、師匠と母が赤ちゃんと一緒に庭園を歩きながら話しているのが見えた。
私とニール様は、2人に声をかけて、師匠と母の息子であるリコスを交互に抱っこした。
「あの、ニール様」
私は首がすわりかけたリコスを抱っこしながらニール様に話しかける。
ニール様もリコスの頭を撫でながら「はい」と言う。
「今夜こそ初夜をやりませんか? 私、赤ちゃんがほしいです」
私の言葉に、師匠が「え?」と小さく言う。
「はい。私も同じことを思っていました」
ニール様はニッコリとほほ笑む。
「それでしたら、今夜も念入りに準備いたしましょう」
母は淡々と答えている。
「いや、あなた方は昨夜から昼近くまで何をしておられたのですか?」
師匠は私からリコスを受け取りながら尋ねてくる。
こういうことを平然ときいてくるのは、さすが師匠である。
「お話です」
「話をしていました」
私とニール様は同時に答える。
師匠は、あからさまにハァーと息を吐いた。
「あり得ませんよ、初夜に一晩中一緒にいて話していただけなんて!」
「執事さんは割と毎晩ですものね」
母がサラッと爆弾発言をする。
「マーチさん!?」
「毎晩ですか。さすが師匠!」
ニール様はニヤッと笑う。
これが99パーセントの男か、と私は妙に納得しながら母を見た。
「お母さん、産後なのに大丈夫なの?」
「大丈夫よ。執事さんはとても優しいの」
「マーチさんっ! もう行きますよ!」
師匠はリコスを抱いたまま踵を返してスタスタと早足で去っていく。
母は私とニール様に頭を下げて、その後を追う。
「結局仲が良いですね」
「師匠の5回目の結婚はなさそうですね」
ニール様と私は顔を見合わせて笑い合う。
「さて、今日はこれからどうしますか?」
「それなのですが、私、お義父様の執務室に押しかけようと思うのですが……」
「……なるほど、それがいいかもしれませんね」
それからニール様と私は、お義父様の執務室に押しかけた。
お義父様は少し驚いていたけど、「そっか、慰めてくれるのだったな……」と呟いていた。
3人で協力して仕事を片付けて、空いた時間、私たちは飽きもせずにジュリー様の話をした。
途中から、師匠と母とリコスも加わってくれた。
明日からは、また忙しい日々が始まる。
そして、続いていくーー。




