75.ニール様とのダンス
王城のデビュタントが行われているホールで、私はキラキラとした輝きのような、ふわふわとした夢のような、そんな時間を過ごしていた。
ニール様とのダンスは、びっくりするほど楽しかった。
ファーストダンスで養父の足を踏んだとは思えない動きを私はしていた。いや、ニール様のリードのおかげで出来ていた。
パタパタと軽いステップを踏み、くるくると回り、ニール様と瞳を合わせほほ笑み合う。
ああ、ダンスって楽しいものだったんだ。
お貴族様はダンスをして何が楽しいのだろうとぶっちゃけ思っていた。
決まりだから仕方ないと練習をしていた。
でも違った。
好きな人と、ニール様と踊るダンスは楽しくて幸せだった。
ずっと踊っていてもいいと思ったくらいだ。
そしてさらに私を興奮させたのは、周囲の視線である。
村娘Bだった私が、貴族のご令嬢から羨望と嫉妬の眼差しを浴びたのだ。
「コイラーン侯爵子息様が……!」
「どういうこと!? 薄幸の貴公子にお相手が!?」
「なんなの、あの女!?」
「隣国のシスネロス公爵令嬢ですって!」
次々と聞こえるご令嬢たちの悲鳴にも近い声。
うわぁ、なにこの、「ごめーん、薄幸の貴公子の婚約者は私なの。貴方たち、お呼びじゃないのよ」感!
でも私は、15回の人生でこういうの初めてだから、ちょっとくらい良い思いをしてもいいよね?
それにしても、ニール様は「薄幸の貴公子」なんて呼ばれているのか。
確かに、婚約破棄になり、女性を遠ざけ社交界から離れ、その上お母様を亡くされたイケメン侯爵子息は、「薄幸の貴公子」なのかもしれない。
だがしかし、ご本人は「薄幸」というより「性悪」……
「ココ、お父様とアシュリー宰相と共に王様と王妃様にご挨拶に行きますよ」
ダンスが終わり、ニール様に小声で囁かれて、私はハッとする。
「は、はい」
私はニール様の腕に手を添える。
私たちに集まってくるご令嬢やご子息を、ニール様は笑顔で断りながら私の歩調に合わせて歩く。
集団を抜けた先に、侯爵様とアシュリー様が立っている。
もちろんジュリー様も侯爵様の肩にいる。
私、イケオジ×2と薄幸の貴公子と一緒に王様と王妃様にご挨拶するらしい。
今日一日で、一生分の運を使い切る気がする。
ふと、アシュリー様と目が合う。
そうだ、踏みつけた足は大丈夫だろうか。
「ア……お父様。先程は足を踏んでしまい申し訳ございませんでした。お怪我などされていませんか?」
「あ、いや、大丈夫だ。こちらこそ申し訳ない。ダンス中にする話ではなかったな……」
アシュリー様は苦笑する。
アシュリー様は侯爵様とニール様から私が傷付いていると聞いたとおっしゃっていた。
そして邪魔に思っていたわけじゃないと謝ってくれた。
「お父さん」なんていいやと思ってたけど、なんか、嬉しいな……。
「いえ、嬉しかったです。私、自分でも気付かなかったのですけど、きっと『お父さん』が欲しかったのでしょうね」
私はアシュリー様を見てほほ笑む。
15回という人生において、父や母の存在は私の魂にとってはあまり重要ではなかった。
その上前世の記憶があったから、母子家庭でも平然と過ごしていた。
でもそれは、17歳のココの感情ではなかった。
この世界の17歳の私は、素直にお父さんとお母さんが恋しい少女だったのだ。
ニール様はそれに気付いていた。
ニール様はちゃんと今の私を見ている。
「ココ、私もお父様も父親らしいことが出来なかったが、私の名前が役に立つのなら存分に使うといい。そしていつでもシスネロスに遊びに来なさい」
アシュリー様がそう言った時、侯爵様が一歩前に出た。
「ココさん! ニールと結婚するのだから、私も君の父親だ! ほら、それに、ジュリーはもう母親みたいなものだろう? だから私ももう父親でもいいと……」
侯爵様の話の途中で、肩に憑いていたジュリー様がぷふーっと吹き出した。
それを見たニール様も顔を背けて笑い出す。
「な、なんだ、ニール、笑うことは……」
「あー、ロミオ殿、ジュリーが笑い出したのですよ……」
見かねたアシュリー様が侯爵様に言う。
アシュリー様も私の力を受け取っているから、力が増しちゃってジュリー様がちゃんと視えるんだよね。
侯爵様だけ視えないのはちょっと可哀想ではある、と私はジュリー様を見る
「ココさん、ちょっと失礼しますね」
ジュリー様は私にスッと入ってくる。
「旦那様! 今この場で言うと、アシュリー兄様に対抗しているように見えるだけですわ! それに、わたくしとココさんは親子ではなくてお友だちですのよ!」
私(ジュリー様)は腰に手を当てて侯爵様に言う。
「え! ああ、ジュリーか?」
侯爵様は突然私がジュリー様になったので、オロオロとしている。
私は私の中で、確かに! と思っていた。
私とジュリー様は親子ではなくて、友だち、いや親友と言っても過言ではない。
「そのとおりですわ! わたしくしたち、親友ですわね!」
私(ジュリー様)が嬉しそうに言う。
「またお二人で話してますね」
「結局いつもこうなんだよなぁ」
ニール様と侯爵様が顔を見合わせて笑う。
「なんだ。もう立派な家族じゃないか」
アシュリー様はコイラーン家の様子を見て、安心したように言ったのだった。




