73.デビュタント当日
ニール様と私の婚約発表は、ちょうど社交界シーズンに入るということで、王城で行われるデビュタントで発表することになり、その後別途、コイラーン侯爵家で婚約祝いガーデンパーティーを行うことになった。
発表と別途お祝いパーティーをするなんて、恐れ多いというか、必要なの? というか……。
しかも、
「デビュタントではアシュリー兄様に来ていただき、最初にココさんと踊っていただきましょう」
と、ジュリー様が言い出して、侯爵様とニール様も賛成してしまったものだから、私はさらに微妙な心持ちになっていた。
厄介者の腹違いの妹を養女にしただけでも、アシュリー様は面倒だったろう。
それなのに書類上の父親というだけで、その厄介者の社交界デビューのために、わざわざ隣国まで来て、私をエスコートしてダンスまでしなくてはいけないのだ。
とはいえ、貴族社会の決まりごとを否定する気は毛頭なく、私は黙々とダンスの練習に励み、とうとう、デビュタントの日が来てしまった。
アシュリー様とは王都で待ち合わせすることになっているので、とりあえず侯爵様とニール様と一緒に王城へ向かうことになる……
「お嬢様、大変お綺麗ですよ」
コイラーン侯爵家の私の自室で、侍女見習いのサーラさんが、私を見てほほ笑んだ。
今日の私の装いは、ニール様から送っていただいたエメラルドグリーンのドレスである。
肌の露出も少なく、装飾も抑えたそのドレスは生地とレースがかなりの高級品で作られているため、上品かつ豪華に見える。
アップにした髪にはキラキラと緑の石が輝く銀のカチューシャ。
同じデザインのイヤリングとネックレス。
どこからどう見ても高位貴族のご令嬢で、この間まで村娘Bだったとは思えない。
「侯爵子息様の執着が見えますね」
母が私を見ながらさらっと言う。
母のお腹はあきらかに膨らみ、頬も少しふっくらとしている。
意外なことに(失礼)、師匠がかなり母を心配しており、たくさん食べさせられているのだ。
「べ、別に執着ではないと思うよ!? たまたまこの色っていうか……」
そう、私のドレスとアクセサリーは、ニール様の瞳の色と髪色なのだ。
「侯爵子息様も大変ね……」
母は小さく息を吐くと、アクセサリーの入っていた箱を片付け始める。
「お嬢様の指輪もまるでお二人のようですね」
サーラさんが私の指輪を見てウフフと笑う。
「こ、これは、そう、かも?」
私は左手の薬指に光る金のリングに緑の石が嵌め込まれた指輪を見つめた。
きっとニール様は、私を元気づけるためにこのデザインにしたのだ。
あの時の私たちは離れて暮らしていたので、いつでも一緒にいます、という意味が込められていたのだと思う。
母は指輪を見つめる私を見てニヤッと笑う。
「あら、何だか部屋が暑いわね」
「も、もう! お母さんこそ、師匠と仲良しじゃん!」
「? そうでもないわよ」
真顔で答える母に、私とサーラさんは思わず顔を見合わせる。
ちょっとだけ師匠が可哀想……な気もする。
◆◆◆
ニールの執務室のドアがコンコンとノックされた。
入ってきたのはクロックだ。
「やはりここにいたのですね。ギリギリまで仕事ですか?」
「……ココには言わないでほしいなぁ」
ニールは書類を片付けながら苦笑する。
ニールは身支度をすでに済ませているが、机上は書類が散在している。
「言いませんよ。ご令嬢とは出来るだけ話さないようにしていますので」
クロックは顔をしかめている。
ニールはふふっと笑った。
「まあ、マーチさんはココしか見ていないから、クロックの寂しい気持ちも分かるよ」
「は、はあ? 別に寂しくは……」
「あ、もう行かないと。呼びにきたんだよね?」
ニールはスタスタと部屋を出て行った。
「そうですよ! 呼びにきたのですよ!」
クロックは、相変わらず性格悪い! と思いながら後を追いかけた。
◆◆◆
母に手を引かれてエントランスまで行くと、そこには正装した侯爵様とニール様がいた。
侯爵様の肩にはジュリー様もいる。
白地に金糸をあしらった装いのニール様がこちらに来て、私の手を取る。
「ココ、とてもお綺麗です」
ニール様のほほ笑みに、私は昇天しそうになるのを必死で抑え込んだ。
「ありがとう存じます」
私は軽く膝を曲げて、何とかほほ笑みを返す。
ヤ、ヤバイ!
ニール様がカッコ良すぎて、昇天しない自信がない!
「ココさん! 今日は絶対昇天してはいけませんよ!」
侯爵様の肩にいるジュリー様が、必死に念話で私に伝えている。
「は、はい! 頑張ります!」
私も念話で伝える。
ジュリー様は、私への引き継ぎや指導がない限り、私の中へは入らなくなった。
きっと、こうやって少しずつ、お別れに慣れさせてくれているのだろう。
私はニール様にエスコートされ、馬車に乗り込む。
さあ、元村娘Bの社交界デビューだ!
目標は、ニール様に恥をかかせないことと、昇天しないことだ!




