71.頼ってください
コイラーン侯爵家の侍女部屋で、マーチのベッドに、クロックとマーチは並んで腰掛けていた。
「私、ココの気持ちを考えていませんでした。あの子の母親は私しかいなかったのに……」
マーチは前を見据えて呟いた。
「マーチさん、あなたは十分やってこられました。これからは、ココさんのことはニール様が考えますので……」
クロックは、ココのことより、マーチの生真面目さが気にかかっていた。
実の子でもないのに、17年間女手ひとつでココを育ててきた。
そして今度は、ココの侍女として一生を捧げることになる。
さらにどちらも監視という任務が含まれている。
マーチはシスネロス家にココの様子を伝え続けるのだ。
並大抵の心持ちで出来ることではない。
マーチは目線を前に向けたまま、声をかけたクロックを見ようともしない。
以前のココのような茶色の髪と瞳の女性の目には、クロックは映っていない。
肌を重ね合わせた。
マーチのお腹の子は間違いなくクロックの子だ。
それなのに、大きな壁があるようだ。
クロックはハァと息を吐いた。
「分かりました。私はココさんの『お父さん』になります。その子もココさんの弟です。どうせココさんは私を好きなように呼んでいますし、私もココさんをご令嬢として扱えなくて困っていたところです」
マーチはクロックの方を見て、目を見開いた。
「……執事さんは、面白い方ですね?」
「え? こういうことではないのですか?」
クロックの真面目な表情を見て、マーチはそういうことかもしれない? と頷いた。
「そうですね。ココの母親は私で、ココの父親は神官長と宰相様と侯爵様と執事さんです。愛情が薄くても4人もいればいいでしょう」
今度はクロックが「そういうことなのか?」と驚く。
しかも錚々たるメンバーに父親として並んでしまった。
「マーチさんは、面白い方ですね」
「? そうですか?」
二人は目を合わせてふふっと笑った。
「体調はどうでしょうか。仕事の量はこちらで調整しますが……」
「ありがとうございます。サーラさんが住み込みを希望しておりますので、そのようにして私の補佐にしていただきたいです。そしてあと二人ほどメイド候補がいますので面接をお願いします」
クロックとマーチはいつものように、テキパキと今後のことを話し始めたのであった。
◆◆◆
私はニール様の執務室のソファで、何故かニール様の膝の上に乗っていた。
……なぜ、こうなった?
確かに、母の妊娠にショックを受けた。
わけが分からないことを、たくさん口走った。
でも、冷静に考えると、母の結婚を望んでいたのは私の方だった。
私のお世話だけの人生なんて、可哀想だと思っていたのだ。
なのに、私は母に「おめでとう」の一言さえ言わなかった。
クロックさんにも、当たってしまった。
……ていうか、あの執事、手、早くない?
99パーセント襲う説、本当だった件だよ。
「気持ちが落ち着きましたか?」
私の表情がコロコロ変わるのを見て、ニール様はふふっと笑う。
「あ、はい、すみませんでした。あの、重いですよね、おります」
私がニール様からおりようとすると、ニール様は私をギュッと抱きしめた。
「重くないですよ。もっと私を頼ってください」
なになになに!?
なんの、ご褒美ですか?
「愚痴でも何でも言っていいのですよ?」
ニール様の温かい息が、私の首筋にかかる。
私は変な声が出そうになるのを、必死に堪えた。
なんだこれ! 何を言ったらいいんだ!?
えーと、ニール様って、細身に見えるけど、結構筋肉質ですよね?
私を軽々と持ち上げてたし、手も骨ばっていて大きいし、腕もわりとガッシリしてる。
この体型は一朝一夕で手に入るものじゃないから、きっと隠れて筋トレとかしていますよね。
ニール様って本当に練習が好きですよね。
イケメンの努力家は推せますね!
……いや、そうじゃないでしょ、私!
ニール様の体のことしか言ってないよ!?
「ニール様、やっぱりおろしてください。何に悩んでいたのかさっぱり分からなくなりました。また昇天してもご迷惑がかかりますし……」
あまりの情けなさに、私はしゅんとする。
ニール様は吹き出した。
「私は勘が良い方ですが、ココは次に何が来るか予想が難しいですね」
ニール様はそう言うと、そっと私を隣に座らせた。
「……ニール様は、お母さんとクロックさんのことは気づいていたのですか?」
「まあ、そうですね。お互い恋愛感情はなさそうですが、同じ日に寝不足だったり、クロックが少しスッキリしていたり?」
スッキリって……、と私は赤面してうつむく。
「お二人の目的は、コイラーン侯爵家を支えることですので、ココを差し置いて家族を作ろうとしたわけではありません」
「つまり、執事の家系として支えるということですよね……」
なんなの、その、合理的な目的は……。
逆にお母さんはそれでいいの?
私の複雑な表情に、ニール様はほほ笑む。
「ココはお腹の赤ちゃんの性別が分かるのですね」
「あ、はい。よく村で産まれる赤ちゃんの性別当てをしていたんです。私は外したことはありません。といっても、7人だけですけど」
私はエヘヘと笑う。
「どうやって分かるのですか?」
ニール様の表情が真剣だ。
「え? なんとなく、ですかね?」
まさかニール様、練習するのだろうか?
「なんとなく、ですか……。リリアンの子の性別も分かりますか?」
ニール様は少し残念そうだ。
「はい、女の子です。でも、あのくらい大きかったら、変化の祈りの体の内部を感じとる力で分かりますよ。ほら、イライザ様も、弟が産まれるって出産前に喜んでいましたので」
前世のエコーみたいなものである。
ニール様は、「へえ……」と考え込む。
私は、ハッとなる。
「あ、あの、リリアンで試すのはやめてくださいね? ニール様が他人の奥様のお腹に触れるのはいろいろ問題になりますので……」
ニール様はふっと笑った。
「さすがにやりませんよ。ココが授かった時に試してみます」
「授かった時……」
ニール様の言葉に、私はうつむいた。
簡単に授かった時って言ったけど、キスさえしないのに、授かるなんてあるのだろうか。
白い結婚で妊娠する人なんていないよ。
「……また、勝手に悩んでますね。何でも言っていいのですよ?」
「じ、じゃあ言いますけど、ニール様は、もう私にキスさえしないじゃないですか! そんなんで授かったりしませんけど?」
どうせバレているだろうし、私は思い切って言ってみた。
「ああ、そうですね……」
ニール様は私から目線を外して呟く。
そうですねって、自覚はあったんだ!
わざとしなかったってこと?
あれ? もしかして、私、癇に障ってる?
というか、このやり取りも、ウザい?
自分の思いをぶつけるなんて、先日の巨乳令嬢と私、同じじゃない……?
青ざめる私を見て、ニール様は小さく息を吐いた。
「あなたは本当に、私の苦労を分かっていませんね……」
ニール様の言葉に、私の胸がザワザワと痛痒くなる。
その痛痒さは首にまで到達して、涙腺を強く刺激した。
何かを謝りたいのに、言葉が出ない……!
が、その直後、私はソファにドサッと押し倒されていた。
私に覆い被さったニール様の辛そうな顔が目に映る。
「これでも、我慢していたのです」
ニール様は小声でそう言うと、私にそっとキスをしたーー。




