68.王都の洋品店
ジュリー様から「婚約発表パーティーを行うように!」と進言された翌日。
私とニール様は、王都の大きな洋品店に訪れていた。
この洋品店はジュリー様御用達だったお店で、ジュリー様に「絶対このお店ですわ!」とお勧めされたのである。
貴族のご婦人やご令嬢が多く利用するこの洋品店の店内は前世のファミリーレストランほどの広さがあり、店員の人数も多く、ドレスやタキシードが大量にディスプレイされていた。
ちなみに今日の私たちの付き人は、侍女の母マーチである。
そして、心強いことに、今日はジュリー様も私の中にいらっしゃるのだ!
ニール様とお出かけというだけでもテンションが上がるのに、母とジュリー様が一緒で安心感がかなり高く、私は上機嫌だった。
「こちらはどうでしょうか?」
ニール様が「彼女に似合いそうなドレスを何着か持ってきてください」と言ったので、洋品店の店員さんが、5着のドレスを出してきた。
淡いグリーン、水色、サーモンピンク、クリーム色、淡いパープル。
どのドレスもフリルとレースが多い。
どうやら私は、ふわっとした可愛らしいイメージのようだ。
これは仕方がない。
私は17歳だし、丸顔だし、体に凹凸が少ない。
でもニール様は26歳なのだ。
これじゃあ「妹キャラ」である。
「どれも素敵なのですが、もう少し大人っぽいドレスを持ってきていただけますか?」
母がズイッと前に出て、店員に言う。
「そうですね……。個人的には好みなのですが、婚約パーティーですので……」
ニール様もほほ笑みながら言う。
え! ニール様の好みって、こっちなの?
シンディ様がストライクなのかと思ってましたが!?
私は思わずニール様とドレスを見比べる。
次に店員さんが持ってきたドレスは、ワインレッドのワンショルダードレスとネイビーのスレンダーなドレスだった。
急に大人っぽくなった!
でも、スタイル的にも私には似合わなさそうだ。
シンディ様なら似合いそうだけど……。
私は再びニール様とドレスを見比べる。
「……ココさん、ちょっと変わってくださいませ!」
ずっと黙っていた私の中のジュリー様が強い口調で訴えている。
有無を言わせない雰囲気に、私はあっさりジュリー様と交代する。
「ちょっと極端すぎますわ! ココさんに似合うドレスはこうじゃありませんのよ! ミリアさんはいらっしゃいませんの?」
私(ジュリー様)は、交代した途端、声を張り上げる。
ジュリー様、今は私なのに「ココさん」って言っちゃってます!
そしてミリアさんって誰ですか!?
「その通りです! お嬢様は可憐なイメージの中に大人が混在するような……、そうですね、あそこのドレスを見せてください!」
母はディスプレイされているブルーのドレスを指差している。
ちょっとお母さん!
言っている意味がよく分からないよ!?
「ココ、幽体で出てきてもらえますか?」
ニール様が小声で私に言う。
私は言われた通り、スッと幽体になり、ニール様の隣に立った。
母がブルーのドレスを私(ジュリー様)に当てて「もう少しレースが……」と2人で首をひねっている。
私は、今まさに、自分のドレス選びを外から眺めるという不思議な体験をしている。
「なんか、母まですみません……」
幽体の私は、ニール様に謝る。
ニール様はふふっと笑った。
「いえ、こうなると思っていましたので……」
「ニール様ではありませんか!?」
突然背後から甲高い女性の声が響いた。
ニール様と幽体の私が振り向くと、そこには鮮やかな赤いドレスを着た私と同年代で金髪の巨乳女性が立っていた。
私はその女性のこぼれ落ちそうな大きな胸を見て「でかっ!?」と淑女らしからぬ声を上げていた。
もちろん幽体である私の奇声はその女性には聞こえていない。
「ニール様、お久しゅうございます! わたくし、何度もお手紙をお送りしましたのよ!」
女性は大きな胸を揺らしながら、ニール様に近づいてくる。
ニール様は2歩ほど後ろに下がって「こんにちは……」と小声で答えて頭を押さえた。
どうやら、かなり癇に障るようだ。
「こんな場所でお会いできるなんて、運命を感じますわ!」
女性はニール様が下がった分だけ近づいてくる。
運命って、婚約者がここにいるんですけどっ!
私は急いで自分の体に戻った。
「ジュリー様! あの方どなたでしょうか!? ニール様に言い寄ってます!」
私は私の中でドレス選びに夢中な私(ジュリー様)に必死で訴える。
「まあ! ナタリア・メイウッド伯爵令嬢ね! 旦那様の姪のユリナさんのご学友ですわ!」
ジュリー様は驚いたように言う。
ニール様のイトコのユリナさんのご学友!?
微妙な知り合いですね!
そして巨乳ですね!!
母はチラリとメイウッド伯爵令嬢を見ると私(ジュリー様)にほほ笑んだ。
「ココお嬢様。今すぐ婚約者と名乗り出ましょう」
「そうですね! 参りましょう!」
私(ジュリー様)は持っていたドレスを店員に返すとスタスタとニール様の方へ歩き出す。
ジュリー様、お待ちください!
変化の祈りで私の体を巨乳にしたいです!
「……本気でおっしゃっているところがココさんらしいですけど、その必要はございませんわ。さあ、いってらっしゃいませ!」
ニール様の真後ろまで来たところで、ジュリー様はサッと私の中に引っ込んだ。
「今ここで代わるのですか!?」
私は驚いて叫ぶ。
するとニール様が真後ろにいた私の肩を抱き寄せた。
「メイウッド伯爵令嬢、紹介します。私の婚約者のココ・シスネロス公爵令嬢です」
ニール様はメイウッド伯爵令嬢を見ないようにするためか、私をじっと見つめながら言う。
「え? ええっ!?」
メイウッド伯爵令嬢は驚愕の声を上げる。
「はじめまして、メイウッド伯爵令嬢。ココ・シスネロスと申します」
私は膝を曲げて軽く会釈をする。
「ご、ご冗談……ですわよね? ニール様がご婚約なんて、父からは何も聞いておりませんわ……」
メイウッド伯爵令嬢は、震える手でニール様の腕を掴んだ。
その伯爵令嬢の手を私がピシャリと叩いた。
って、違う!
私(ジュリー様)が、叩いたのだ!
「ニールはわたくしの婚約者です。気安く触れないでくださいませ!」
もちろん言ったのはジュリー様である。
私は私の中に押しやられて「ええーっ!?」と叫んでいた。
「メイウッド伯爵令嬢、公爵令嬢であるわたくしが挨拶いたしましたのに、あなたは何故なさらないのですか? しかも侯爵子息であるニールを名前呼びですか? 社交界の常識もご存知ないのでしょうか?」
私(ジュリー様)は冷ややかにメイウッド伯爵令嬢を睨み、強い口調で言い放つ。
ジ、ジュリー様!?
そのセリフ、完全に「悪役令嬢」ですよっ!?
そしてニール様を呼び捨てしていますっ!
「うっ、うっ、うわーん!」
メイウッド伯爵令嬢はその場にしゃがみ込むと、わんわんと泣き出した。
ち、ちょっと、泣いちゃったよ!?
これ、どうするの?
私の中でオタオタする私とは対照的に、母が一人の男性を外から店内に引っ張ってきた。
「メイウッド伯爵令嬢様をお連れくださいませ」
母はその男性に向かってピシャリと言う。
どうやら男性はメイウッド伯爵令嬢の付き人のようだ。
男性は「申し訳ございませんでした」と低い声で言うと、伯爵令嬢を抱きかかえて外に出て行った。
なにこれ?
一件落着って言っていいの?
私(ジュリー様)は、ハァーと溜息をついた。
「ニールもココさんも、まだまだですわね! 無礼な行いには毅然と対応して下さいませ!」
「申し訳ございません」
ニール様はふっとほほ笑む。
この対応で正解なのですね!
ジュリー様もお母さんも、カッコ良すぎです!
ん? でも、なんか、周りの私を見る目が……?
「お母様。このままですと、意図しない形で噂が広がりますね」
ニール様が表情を曇らせる。
「そうですね。あのご令嬢には前から注意しなければと思っておりましたのでつい出過ぎてしまいましたわ。わたくし、ココさんの社交界デビューは華々しく行いたいのです。メイウッド伯爵家には他言無用にしていただくよう圧力をかけましょう」
私(ジュリー様)は小声ながらも「圧力」とはっきり言いニヤリと笑う。
「なるほど、それは楽しそうですね。ではこの場にいる方々には私からお願いしましょう」
ニール様もニヤリと笑う。
「では洋品店の方とお客様を集めますね」
母はさっさと店内の人たちに声をかける。
な、なにこの、悪どい感じの連携プレーは!?
私は、私の中で、ただ呆然としていた。
この日は結局、2点のドレスをオーダーすることになった。
ドレスの出来上がりは、2週間ほどかかるそうだ。
そしてジュリー様とニール様の思惑通り、私とニール様の婚約と私(ジュリー様)が啖呵を切った件は、上手く口止めされて驚くほど広まらず、全く噂にならなかったのである。




