67.婚約パーティーは必須
コイラーン侯爵家に戻ってきた私は、侍女の母に言われるがままにグリーンのドレスから濃紺のドレスとワンピースの間くらいの衣装に着替えをしていた。
先程のドレスよりかなり楽である。
「夕食後は侯爵夫人様にお身体をお貸しになりますのでこちらの方がよろしいでしょう」
言いながら母は、私をドレッサーの前に座らせアップにしていた髪を整えて緩くまとめ直した。
「お母さん、ちょっとは休んだ?」
私は鏡越しに母に話しかける。
「……女性使用人の目処がたちましたよ」
母はほほ笑む。
「休んでないじゃん! 女性使用人なんてゆっくり探せばいいよ……」
「いいえ。男性使用人たちがお嬢様を好奇の目で見ておりますので、近づけるわけには参りません」
ピシャリと言う母に、私は目を見開いた。
「そ、そんなことは? あ、前にいた使用人に似ているなーって思ってるのかな?」
似ているも何も同一人物なのだが。
母は、グリーンのドレスを片付けながら、はぁと息を吐いた。
「どんな考えであろうが、不躾に見る行為がダメなのです。男なんて全員狼とお思いくださいませ」
母の言葉に、私はぷはっと吹き出した。
母は怪訝な顔をする。
「なんですか……」
「だって、クロックさんと同じことを言うんだもん。クロックさんってすごい持論があってね、男は99パーセント女性を襲うとかなんとか……」
「あら、その通りですよ」
「女版クロックさんだ……!」
私はさらにアハハと笑う。
母は笑う私をみてニヤッと笑った。
「侯爵子息様も例外ではありませんよ?」
「えー? ニール様はぜんっぜんだよー。女性苦手だし、キスも数えるほどしかしてない……」
私は自分で言って、ハッとなった。
本当に長らくキスをしていないからだ。
これ、笑い事ではないかもしれない。
女性としての魅力が足りない?
このままでは、今世は白い結婚だった件!?
「お、おか、お母さん! 私を美人にして!」
私は無理難題を母にふっかける。
「ええ? ココは十分可愛いわ!」
母は母で、娘への欲目がひどい。
「可愛くもないんだよ! ケビンだって私にキスさえしなかったんだよ!?」
「ああ、それは私が禁じていましたからね」
「え? 禁じ……?」
私がポカンとしていると、母はニッコリほほ笑んだ。
「ケビンには婚約時に、結婚はココが17歳になるまではしない。そしてそれまでは一切手を出さない約束をさせました」
な、なんだって!?
私が口をパクパクとさせていると、母は「当然でしょう?」と言った。
「神官長からも結婚までは絶対に手を出させるなと言われておりましたし、あなたは神から託された御子なのですよ」
いやいや、それって、浮気された原因の一つなんじゃないの?
ケビンは手も出せない婚約者より、「ピー」出来る町長の娘の方がいいやってなったんじゃないの?
私の様子を見て、母は顔をしかめた。
「あの『寝取り女』の誘惑に負けたとはいえ、ケビンはそれまでの男だったのよ。まさか未練でもあるの?」
「未練はないけど、『寝取り女』って……」
口調が戻っている母に、私は苦笑する。
「神官長が調べたのよ。彼女や婚約者がいる見目の良い男性を誘惑するのが趣味の女だったらしいわ。既婚者を狙わないところがタチが悪いわね」
母はアクセサリーの小箱から、ネックレスを取り出しながら言う。
確かに、彼氏彼女や婚約者だったら浮気は当人同士の問題だが、結婚は神に誓う正式な契約になるので、既婚者の浮気はこの国の法律に触れる。
既婚者と知っていて誘惑した者も、罪に問われる。
そういえば、結局ケビンとスカーレットさんは、どうしたのだろうか……
「続きを聞きたい?」
母は真珠のネックレスを私につけながら言う。
「え? あ、いやー」
私は目を泳がせながら答える。
ちょっと気になるけど、2人が仲良く暮らしていようが、赤ちゃんの父親のことで揉めて別れていようが、私がとれる行動はない。
「……私にはもう関係ないかな。赤ちゃんだけは幸せになって欲しいけど……」
母はふふっと笑った。
「赤ちゃんは大丈夫らしいわ。そうね、ココは侯爵子息様の婚約者だから、全く関係ないわね」
「そう、本当にそう! よーし! 3日以内にニール様からキスをしてもらえるように頑張ろうっと!」
母が「侯爵子息様も大変ね」と呟いていたが、ガッツポーズを決め込む私には聞こえていなかった。
夕食後、侯爵様の部屋にニール様と私(ジュリー様)が集まっていた。
私はジュリー様に体を貸して、幽体でニール様の隣に座っていた。
私の姿は、向かい側に座る私(ジュリー様)と隣のニール様には視えるが、ニール様の向かい側の侯爵様には視えていない。
「神様見習いの方とも相談しまして、わたくしが天に召される日を決めましたので、皆様にお伝えしますわ!」
私(ジュリー様)は明るい声で言う。
というか、神様見習いと相談していたのか!
「その日とは、ニールとココさんの結婚式ですわ! それまでにわたくしはココさんにコイラーン侯爵夫人として交友関係を中心に引き継ぎをしたいと思っております」
私(ジュリー様)の言葉に、幽体の私はバンザイをした。
「嬉しいです! まだしばらく一緒にいられるのですね!」
もちろん私の言葉は侯爵様には聞こえないが、私(ジュリー様)は「はい、よろしくお願いしますね」と言い、ニール様は「良かったですね」とほほ笑んだ。
「旦那様、よろしかったでしょうか?」
私(ジュリー様)は侯爵様を見つめる。
「ジュリーとココさんが納得しているのなら、私から言うことは何もないよ。ニール、結婚式の日どりを決める前に二人の婚約発表をしなくてはいけないのだけど、諸侯には書簡だけで済ませて、王家には私とニールとココさんで伺おうと思っているのだが……」
侯爵様はニール様を見る。
「はい。それでお願いいたします」
ニール様は頷いている。
幽体の私はかなりホッとしていた。
ジュリー様とまだ一緒にいられるという事実もだが、婚約発表がパーティーじゃないということに安心したのだ。
シスネロス公爵家で受けた淑女教育ではダンスのレッスンもあった。
婚約発表パーティーで踊るのですからしっかりなさい! と私のへなちょこ踊りを見たダンスの先生から私はかなり叱られたのだ。
「旦那様、ココさんの社交デビューのためには、婚約発表パーティーを開いた方が良いですわ」
私(ジュリー様)が真剣な眼差しで侯爵様に意見をする。
ええっ!?
ジュリー様、私はパーティーなんて無い方が……
「ニールもです。社交場を嫌っているのは存じていますが、結婚後のココさんの立場を考えてあげるのはあなたの役目ですよ!」
私(ジュリー様)はニール様にピシャリと言う。
侯爵様とニール様は顔を見合わせて苦笑した。
「ジュリーの言うとおりだな。早速パーティーに向けて準備をするか」
と、侯爵様。
「お母様には敵いませんね。明日はココのドレスを仕立てましょうか」
ニール様は少し楽しそうに私を見た。
婚約発表パーティーをやる流れになってしまった……!
いや、でも、これで良かったのかもしれない。
ジュリー様がいらっしゃるうちに、なんでも経験した方がいいはずだ。
目標は、ニール様に恥をかかせないことだ!
幽体の私は「がんばりますっ!」と再びガッツポーズを決めていた。




