66.ジュリー様に似ている
グローカル公爵家の庭園のガゼボへと続く小道で、頭を下げるニール様に、私もクロックさんもグローカル公爵も驚いていた。
「あ、いや、とりあえず、頭を上げてください!」
グローカル公爵はハッとなりオロオロとしている。
頭を上げたニール様を見て、グローカル公爵はホッとしたようにほほ笑んだ。
「何か事情があるということですよね。お茶菓子をガゼボに用意してありますので、お話はそちらで伺いましょう」
白いガゼボの中には、同じく白い丸いテーブルと椅子がセットされていて、公爵家使用人たちがお茶と大きなお皿を運んでくる。
私とニール様は並ぶように座り、向かい側にグローカル公爵が着席した。
護衛として来ているクロックさんはガゼボの入り口付近に立っている。
「本日のお菓子は領内の人気菓子店から取り寄せたのですよ」
グローカル公爵はフルーツがどっさり乗った大きな丸いタルトを指し示した。
公爵家使用人の女性が丁寧に切り分け、一人分ずつ小皿にのせていく。
タルトに堂々と乗ったフルーツは、切り分けられても、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
前世でも、フルーツをふんだんに使用したタルトはなかなかの高級品だった。
私の目線は、今すぐにでもいただきたい気持ちでタルトに釘付けになる。
「申し訳ありません、公爵。こんなに見目からして美味しそうなお菓子を放置は出来ません。いただいてからお話しさせていただきたいと思います」
ニール様はほほ笑んで話しているが、私の目線でバレてしまったのかもしれない。
私が顔を赤らめていると、グローカル公爵はふふっと笑った。
「事情は存じませんが、お二人の雰囲気で相思相愛だということは理解いたしました。いや、ニール君がどのご令嬢にも見向きしないわけです」
「はい。彼女以外は目にも入りません」
ニール様は笑顔で答える。
ちょ、ちょっと、何ですか、この会話!
淑女教育を受けていたけど、こういう時はどう対応すれば正解なの!?
私はとりあえずニッコリとほほ笑む。
すると先程は睨んできたグローカル公爵もほほ笑みを返してくれた。
よく考えたら、「問題令嬢」として押し付けられた私が、グローカル公爵から見て印象が良いわけがなかったのだ。
そういう設定だったのに、ニール様は私を庇ってくれた。
私の傷を増やさないようにしてくれた。
ああ、胸の奥がギュウっと締め付けられてなんだか苦しいよ。
みずみずしいフルーツの酸味とほろほろとしたタルト生地の甘味が絶妙なフルーツタルトを食べ終えた私とニール様とグローカル公爵は、新しく淹れていただいた紅茶を前にひと息ついていた。
美味しいものを食べた後は無言。
これは世界共通である。
「グローカル公爵、実は……」
「いや、説明はもう結構です。言いにくい事情もおありでしょう。シスネロス公爵令嬢が噂通りではないということもよく分かりました」
ニール様の言葉を遮って、グローカル公爵は早口で言った後、私を懐かしむように見た。
「それに、ココ嬢はジュリー・コイラーン侯爵夫人によく似ておられます。まるでご夫人が戻ってこられたかのようです」
ジュリー様、私たち似ているそうです。
そういえば、侯爵様もそう言っていました。
「グローカル公爵様、ありがとう存じます。ジュリー様に似ているというお言葉は、私にとって最上級の褒め言葉でごさいます」
私は心からグローカル公爵にお礼を述べていた。
コイラーン領へと戻る馬車の中、無言だったクロックさんが口を開いた。
「ニール様、失礼を承知で伺いますが、何か企んでいたのではありませんか?」
私もそう思ってはいたけど、それをきいてしまうところが、さすがクロックさんだ。
「人聞きが悪いなぁ。本当に可愛いココに会わせて驚かせようと思っただけだよ? まあ、グローカル公爵の方が一枚上手だったけどね」
ニール様は楽しそうに笑う。
「グローカル公爵はお優しいお方でしたね」
私は公爵を思い出してほほ笑む。
「そうですね。でも優しいだけでは公爵は務まらないでしょう。お父様とお母様が築いてくれたご縁で私もココもご容赦いただけましたね」
本当にその通りだと、私は頷いた。
グローカル公爵が事情を何もきかなかったのも、コイラーン侯爵様とジュリー様の信頼があったからと言える。
「……ニール様もずいぶん大人になられましたね」
クロックさんはポソッと呟く。
「そういうクロックはずいぶん人間らしくなったよね」
ニール様はニヤリと笑う。
「性格が悪いのは直りませんね!」
「ココに、性格が悪くても好きだと言われたので直す必要がないんだよ」
ニール様の言い返しに、クロックさんは私を睨む。
いや、睨まれても困る。
私は両手をぐっと握ってクロックさんを見た。
「クロックさんにも、頑固で融通の利かないクロックさんのままが良いという女性が、きっと現れますよ!」
「あなた本当に腹立たしい方ですね! 公爵令嬢じゃなかったら叩いてますよ!」
クロックさんは心底嫌そうに言う。
「あ! 叩くのでしたら手刀で風を起こす方法でお願いします!」
私はサッと身構える。
ニール様がぶふっと吹き出した。
「……私、御者席に移動いたします!」
クロックさんは馬車内の小窓から御者席にいる使用人に声をかけて馬車を停めさせると、さっさと出て行ってしまった。
「すみません、言いすぎてしまいましたね」
私は肩をすくめる。
「いいえ、なかなか核心をついていましたよ。楽しみですね……」
ニール様はそう言うと含み笑いをする。
私は「核心? 楽しみ?」と首をかしげたが、ニール様が間違いなく悪いことを考えているということは理解できた。
少しだけクロックさんが気の毒かもしれない……。




