63.マーチとクロック
コイラーン侯爵家の屋敷に到着したマーチは驚いていた。
ココから男性使用人が多いとは聞いていたが、多いのではない。
男性使用人しかいないのだ。
侯爵子息のニールと婚約者のココを出迎えた男性使用人たちは、金髪の可愛らしい婚約者をチラチラと盗み見ていた。
これは、全く良くない。
大体、ココの部屋の掃除や、結婚後の妊娠出産のお世話を男性使用人に任せるわけにはいかない。
マーチは旅の疲れでココが早々に就寝した後、執事のクロックの部屋を訪ねた。
話があると伝えると、クロックはマーチを部屋に招き入れた。
食事用の椅子に腰掛けるように言われたが、マーチは断り、立ったまま「単刀直入に申し上げますが」と話し出した。
「何故女性の使用人がいないのですか? ココ……お嬢様の身の回りに2〜3人必要ですので早急にご対応願います」
クロックもそれは重々承知していた。
ココが戻る前に女性使用人を雇えなかったことは、クロックの落ち度である。
「先日まで私の娘と高齢の女性がいましたが、結婚と腰痛で辞めてしまいまして……。あの失礼を承知でお願いがあるのですが、マーチさんと同年代の女性で、若い男性に興味のない方を誰かご存知ではありませんか?」
クロックの言葉にマーチは頭を押さえた。
女性使用人の候補さえいないということだ。
しかしこの執事を責めても事態は変わらない。
幸いマーチは平民として17年過ごしていたので、村にも町にも同年代の女性の友人が多い。
事情を話して教育もマーチが行えばいい。
「……承知しました。子育てを終えた同年代の女性をあたってみます。あの、差し出がましいことを申し上げますが、執事さんにご子息はいらっしゃいますか?」
マーチの質問に、クロックはギクリとした。
実は3回結婚をしていたが、クロックにはリリアン以外の子どもはいないのだ。
クロックが3回も懲りずに結婚した理由は、息子が欲しかったからに他ならない。
恩あるコイラーン侯爵家の執事として家庭を築き、末代まで侯爵家を支えることがクロックの目標だったのである。
「息子はおりません。ココ……公爵令嬢から伺っているかもしれませんが、私は少々結婚に失敗しておりまして……」
「はい、伺っております。そうですか、ご子息はいらっしゃらないのですね。4回目のご結婚はされますか?」
本来ならかなりデリケートな話のはずなのに、マーチは何の感情も入れず事務的にクロックと話している。
クロックは女性の感情的な言葉や態度が苦手なので、むしろマーチに好感を抱いていた。
「恥ずかしい話ではありますが、実家から私への紹介はもう出来ないと言われておりまして、4回目の結婚の予定はありません」
クロックも感情を入れずに淡々と答える。
マーチは少し悩んだ。
貴族の屋敷を支える家令や執事というものは、よほど無能ではない限り世襲する場合が多い。
シスネロス公爵家でも代々同じ家系の者が執事を引き継いでいる。
もちろん、毎々外部から有能な者を引き抜く貴族もいるだろうが、信用という点において不安がある。
有能な者ほど、不正を思いつくものなのだ。
「別に恥ずかしい話ではありません。コイラーン侯爵家の仕事を理解しないような奥方では話になりません。そうですね、同じ男爵家の女性をあたってみましょうか……」
幸いこのクロックという執事は見目が良いのでお見合いは好印象だろう……いや、見目が良いから奥方が割り切れず上手くいかないのかもしれない……?
マーチは口元に手を当てて考え込んだ。
マーチの様子を見て、クロックは苦笑した。
「いえ、ご無理なさらず……。いざとなりましたら責任を持って後継を探しますので……」
「それでも良いのですが、侯爵子息様とココお嬢様の御子と一緒に成長する過程も……」
マーチの言葉はどこまでも事務的だ。
そしてそれは、クロックの考えとピッタリ合致していた。
クロック自身の子が、いつか産まれるニールの御子を支えてほしいと常々思っていたのである。
こんなに意見の合う女性は初めてである。
「マーチさんが奥方でしたら離婚せずに済むかもしれませんね」
クロックは言葉にしてから、しまった、と思っていた。
意図せず口説いてしまったのだ。
「……そうですか。でも私は40歳ですので子を授かれるか分かりません。授かったなら結婚いたしましょうか?」
マーチは表情を崩さず、淡々と言う。
さすがのクロックも少々戸惑っていた。
授かったら結婚ということは、結婚前に行為をするということだ。
「あの、マーチさんはそれでよろしいのですか? 女性はもう少し、愛がどうとか、ありますよね?」
実際、クロックの歴代奥様は、全員「愛を感じられない」と訴えてきたのだ。
「結婚は義務ですので愛は要りません。行為後に私への責任を取る必要もありません。年増との行為がお嫌でしたら無理にとは言いませんが……」
「い、いえ、あなたは年増ではありませんが……」
「存外お優しいのですね。私はココお嬢様に一緒にお風呂に入りたいとせがまれて先程お風呂を済ませておりますが、執事さんはどうされますか?」
クロックは目を見開いていた。
これは完全にそういう流れである。
しかし冷静に考えて、こんなに好条件な女性はいない。
マーチはクロックの仕事を正しく理解しており、自身もココに、つまりコイラーン侯爵家に尽くすことを目的としている。
ロクスリー男爵家の三女としての教養もある。
「私も風呂掃除担当の使用人を困らせないように早めに済ませております」
そもそも男という生き物は、99パーセント誘惑には抗えない、というのがクロックの持論である。
ーーリリアンを授かった時も、そうだった。
真夜中になり、マーチはベッドから起き上がった。
ココの隣の自分の部屋に戻るために、さっさと服を着る。
「……マーチさん」
ふいにクロックから声をかけられて、マーチは少し体をピクッと震わせた。
「すみません、起こしましたか?」
「いえ、起きていました。あの、マーチさんは初めてだったのですね……」
クロックの言葉にマーチはほほ笑んだ。
「それはそうですよ。私は結婚したことはありませんし、ココは私の本当の娘ではありません」
それは、クロックも知っている。
知っているが、あまりにも簡単に行為を許したので、経験があるのかもと思ってしまったのだ。
「この件に関しましては、執事さんは何もお気になさらないでください。そうですね、あと2〜3回して授からないようでしたら、どなたかご紹介しますのでご安心ください。では」
マーチはそう言うとベッドから立ち上がり、スタスタと部屋を出て行った。
どうやらズルズルと関係を続ける気もないらしい。
なんて気が合うのだろう、とクロックはベッドの上で頭を抱えていた。




