62.コイラーン領へ
私の力は、イライザ様とニール様に多めに受け渡し、神官長とメアリー様に負担にならない程度受け渡し、アシュリー様(お父様やお兄様と呼ばないでくれと言われた)とルーカス様にイライザ様の半分ほどを受け渡し、マルクス夫妻(ジュリー様のご両親)には少なめに受け渡した。
私の力は、自分でも分かるほど弱くなった。
一番影響が出たのは、ジュリー様を降霊させられる時間に制限が出来たことだ。
5時間ほどしかジュリー様を体にとどめておくことが出来ず、イライザ様と交代で降霊術を行って何とかジュリー様をこの世にとどめていた。
私もジュリー様も、全部ちゃんと理解している。
ジュリー様が天に召される永遠の別れが近いということを……。
神様見習いから災厄の話を聞いてから3ヶ月後に、シスネロス領を中心に小さな地震が起きた。
地震に驚いたご高齢の方が転んで膝を擦りむいた、という報告が入ってきた。
「変化の祈り」で大地を変化させるのも、私とイライザ様とニール様だけで行えた。
神様見習いの言ったとおり、私の力が弱まったので、大きな災厄ではなくなったからだ。
イライザ様は次期神官長なので、私は本当の理由をお話しした。
13歳になったイライザ様は、「めんどくさいから大伯母様たちには内緒にしますわ!」と言い、ふいっと横を向いた。
実はイライザ様の弟がもうすぐ産まれるらしく、イライザ様はそれが楽しみすぎて、もう終わってしまった件の面倒な話はしたくなかったようだ。
きっとその弟が次期シスネロス公爵になるのだろう。
災厄も私の淑女教育も、全て終了した。
私は災厄を抑えるためにシスネロスに来ていたニール様と、私の侍女の母マーチと共にコイラーン領に帰ることになった。
シスネロス公爵家のエントランスで、私は貴族らしく旅装ドレスのスカートの端をつまんで頭を下げる。
「神官長、メアリー様、イライザ様。大変お世話なり、ありがとうございました」
「ずいぶん様になりましたね。こちらこそ災厄のために力を尽くしていただきありがとう存じます」
車椅子のメアリー様も会釈をする。
災厄のために、と言われるとちょっといたたまれない。
全て私のせいだと知っているのはイライザ様とニール様と私の中のジュリー様だけである。
「ココ、体に気をつけて元気に暮らしてください。ニール君、ココをよろしくお願いします」
神官長はニール様に頭を下げる。
「はい、もちろんです。大伯父様も大伯母様もお元気でお過ごしください」
ニール様も頭を下げる。
私は最後まで神官長をお父様とは呼ばなかった。
神官長も呼んで欲しいとは言わなかった。
お互い、メアリー様を気遣っていたのかもしれない。
こういう親子関係もありなのかもしれない、と私は思うことにした。
「ココさん、またいつでもいらして下さい。あ、ニール兄様は来ないで下さいませ!」
イライザ様は私に笑顔を向けた後、プイッと横を向いた。
実は私とイライザ様はかなり仲良くなった。
こっそり「巨乳変化の祈り」もイライザ様に教えたくらいだ。
「イライザは私の方が強くなったことをまだ怒っているのですか?」
ニール様は申し訳なさそうにイライザ様に言う。
これは演技というよりは、ニール様の「素」である。
イライザ様は顔を真っ赤にしてニール様を指差した。
「……なんっでココさんはこんなのと結婚したいのですか!? ぜんっぜん理解できませんわっ!」
もう「こんなの」呼ばわりである。
ニール様は楽しそうに笑っている。
私はジュリー様に「代わってください」と言われ交代した。
「イライザ、ごめんなさいね。ニールには後でキツくお説教しますので許してくださいな」
私(ジュリー様)はイライザ様の頭を撫でる。
イライザ様は赤い顔のまま、こくこくと頷いた。
こういうところが、イライザ様は本当に可愛いのだ。
きっとニール様もイライザ様が可愛くて仕方がないのだろう。
これがニール様の屈折した愛情表現だとイライザ様が知る日は来ないかもしれないが……。
「伯父様、伯母様、どうか長生きしてくださいませ」
私(ジュリー様)は神官長とメアリー様を見て、ほほ笑んだ。
「ジュリーに長生きしろと言われても……、なあ?」
神官長はメアリー様に同意を求める。
「そうですよ。きっとすぐに会えますので、その時にまた話しましょう」
メアリー様は意地悪くほほ笑んだ。
かくして私たちは、コイラーン領に向けて出発した。
馬車はニール様が使用人とこちらに来た時のもので、馬車内ではニール様の向かい側に私と母マーチが座っていた。
私の中のジュリー様の気持ちはやはり少し沈んでいた。
マルクス様と奥様(ジュリー様のご両親)とルーカス様(ジュリー様の弟)とのお別れは、私がジュリー様に体を貸していた時に済ませたとおっしゃっていた。
その時もジュリー様は沈んでいらっしゃった。
私はジュリー様に酷なことをさせているのかもしれない。
ご家族と何度も死別するようなものである。
「いいえ、ココさんには感謝しかありませんわ」
私の気持ちが伝わってしまい、私の中のジュリー様が優しく声をかけてきた。
私は首を横に振った。
それは私の方なのです。
私はジュリー様がいたから、シスネロスでの日々も災厄の事実も乗り越えることが出来ました。
「ココ、またお母様と話していますね。お母様は、お説教は良かったのでしょうか?」
ニール様が私の顔を見てほほ笑む。
「ニールへお説教をするのは面倒なのですよ。従順な態度と本心が違いますもの。ココさんにお任せしますわ」
ジュリー様はそう言うと、私のさらに中へスッと引っ込んだ。
「ええっ!?」
私は思わず声を上げる。
私がニール様に説教なんて出来るはずがない!
「どうしました?」
ニール様が私を覗き込む。
「あ、いえ、お説教を任せるとジュリー様が……」
「ココに叱られるというのもいいですね。どうぞよろしくお願いします」
ニール様は意地悪く笑う。
叱られるのがいい、というのは全く分からないが、夫婦になるのだし、旦那様を叱ることもあるのかもしれない……?
これはその練習ということ!?
私はコホンと咳払いをした。
「ニ、ニール様はイライザ様に何と言われているか知っていらっしゃいますか?」
「意地悪な兄様……でしょうか?」
ニール様は肩を震わせている。
「いいえ、『悪い大人』です! ニール様はそれくらい悪人に……って、笑ってますよね!?」
ニール様が吹き出したので、私は赤面して叫ぶ。
「す、すみません。お説教をしようとしている姿が可愛くて……。それに、『悪い大人』というのもかなり良いですね。ココもぜひそう呼んでください」
ニール様が楽しそうなのを見て、母マーチも笑いを堪えているのか下を向いている。
「悪い大人」と言われて嬉しいなんて、一体どんな性癖なんだ?
「……ジュリー様、ダメでした」
「そうですわね……」
私の中のジュリー様が溜息をついていた。




