60. 5ヶ月ぶりのニール様
私とジュリー様が「神様見習い」と話した日から2週間後、ニール様がシスネロス公爵家にやってきた。
手紙のやり取りはしていたが、ニール様にお会いするのは実に5ヶ月ぶりである。
シスネロス公爵家の馬車の停留所でニール様をお迎えしたのは私(ジュリー様)である。
「お母様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
馬車から降りたニール様は、にこやかに挨拶をする。
「もう亡くなっているので元気と言っていいのかは分かりませんが、いろいろ忙しくしておりましたわ。ニールも変わりないようで良かったです」
私(ジュリー様)は、ふふっと笑う。
「ココは出てこないのですか?」
ニール様は笑顔のまま私(ジュリー様)に尋ねる。
「ええ。恥ずかしい? ようで混乱して引っ込んでしまったのですよね……」
私(ジュリー様)は苦笑いをする。
うう、だってニール様に会える嬉しさで、だらしない顔をしている自分に気がついたのだ。
もう少し気持ちを落ち着けて、この状態でニール様慣れして……
「せっかく会えたのに出てきてくれないなんて寂しいですね」
ニール様が目を伏せて少しうつむくと、銀の前髪が端正なお顔の緑の瞳にさらっとかかる。
うがっ!
伏し目がちなニール様が良すぎる!
「なんだかココさんの残念度が増している気がしますわね。とりあえずもう交代しますよ!」
私(ジュリー様)はそう言うと、さっさと私の中に引っ込んだ。
そんな、殺生な!
私は慌てて姿勢を正した。
淑女教育を受けていたのだ。
今見せなくて、いつ見せるのだ!
私はドレスのスカートをつまんで膝を軽く曲げた。
「ニール様、お久しぶりでございます」
よし、ちゃんと言えたし、姿勢も完璧だ!
ニール様は少し驚いた表情をした後、ふっと笑った。
「お久しぶりです。ますますお綺麗になられましたね」
そう言うと、ニール様は私の手をとり、手の甲にキスをした。
「……っ!?」
私は文字通り、昇天した。
「ああっ! ちょっとココさん、戻ってきてください! ニール、幽体になってココさんを連れ戻してください!」
私(ジュリー様)が、天に昇る幽体の私とニール様を交互に見て叫ぶ。
ニール様はぶはっと吹き出した。
「ち、ちょっと予想外すぎて、笑いが……」
「ニール! 笑っている場合ではありませんわ! ココさんは力の受け渡しで幽体になることが多くて、体から抜けやすくなっているのですよ!」
「ああ、そういう、本当にいきなり面白いですね……」
その後の私(幽体)は、迎えにきてくれた幽体のニール様によって無事に体に連れ戻された。(ちなみに無意識に10メートルくらい昇っていた)
シスネロス公爵家の馬車の停留所では、到着早々ぶっ倒れたニール様を見た使用人たちの悲鳴がこだましていた……。
ニール様用の客室に、メアリー様とイライザ様とニール様と私が集合していた。
ニール様は使用人たちによって、ベットに寝かせられている。
「もう起きてもよろしいですか? 幽体離脱しただけで何ともありませんので」
ニール様は使用人が出て行くとすぐに起き上がってベッドに腰掛けた。
「倒れたというから驚きました。人騒がせも大概にしてください」
メアリー様は車椅子の上で大きな溜息をついた。
「申し訳ありません! 無意識に天に昇ってしまいました!」
私は深々と頭を下げる。
「あの、それはわたくしに力を分け与えているからですよね。ココさんだけのせいではありませんわ」
イライザ様が私に助け舟を出してくれる。
確かにここ数日、イライザ様に力を分け与えるために、私は幽体離脱をしてイライザ様の中に入り、少しずつ力を渡している。
結局、口伝よりこの方が力のコントロールがしやすかったからだ。
幽体が体から抜けやすい状態ではあったが、昇天しかけたのはイライザ様のせいではない。
5ヶ月ぶりのニール様がカッコ良すぎたからである!
「ココさん……」
私の中のジュリー様が溜息と共に呆れた声を出している。
「どうりで、イライザの力が強いと思いましたよ。もう私など敵いませんね」
ニール様は、珍しくイライザ様にほほ笑みかける。
「も、もともと、ニール兄様なんてわたくしの敵ではございませんことよ!?」
イライザ様は腰に手を当てて胸を張る。
ここで注釈を入れておきたいが、シスネロスの力は、別に戦う力ではない。
「ああでも、そのくらいでしたら、私がココから力をもらったら超えてしまいそうですね……」
ニール様はぼそっと呟く。
「なっ!? やっぱりニール兄様とは話したくありませんっ!!」
イライザ様は顔を真っ赤にして、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
私はニール様がわざとイライザ様に嫌われるように振る舞っていると知っている。
が、普通に趣味のような気がする……。
私の中のジュリー様も溜息をついている。
「ニール、あなたの思惑は理解しますが、やりすぎるとルーカスに刺されますよ」
メアリー様はニール様をジロリと睨む。
この件に関して、メアリー様はニール様を咎めない。
メアリー様的にも、イライザ様がニール様を嫌うくらいでちょうど良いと思っているのだろう。
「はい。申し訳ありません」
ニール様は軽く頭を下げる。
「使用人の手前もありますので、ニールはこの部屋にいてください。ココさんはこのままニールに力を受け渡してください」
メアリー様はそう言うと、侍女を呼び客室を出て行った。
メアリー様の車椅子の音が遠ざかるのを聞き、私はニール様に向き直った。
「あの、ニール様。力を受け渡す前にお話がございます」
私の中のジュリー様が「ココさん、あの話は別にニールにも伝える必要はないのでは……」と言っている。
私もそう思う気持ちはある。
でも、黙っているなんてニール様を騙しているみたいだ。
それに、私自身、自分の迷惑な前世を消化しきれずにいる。
ニール様は私の真剣な表情を見て、ほほ笑んだ。
「ココは前に私のことを嫌いにならないと言ってくれましたね。私はあの言葉が本当に嬉しかったのです」
「……はい……」
「ココが何を私に伝えても、私もココのことを嫌いにはなりません」
「……私が、結構、酷くて痛いヤツでもですか……?」
ゴニョゴニョとした声で言う私の頭を、ニール様は撫でた。
「私とココは夫婦になるんですよ。綺麗事だけでは添い遂げられません。それにその話をココ一人で抱える必要もありません。私にも分けてください」
まだ何も伝えてないのに、私の瞳から涙があふれ出ていた。
ニール様は全て分かっている。
私の話が、本当は懺悔でもなんでもなく、ただ私が楽になりたいだけだということを。
そして、全て分かった上で、受け止めようとしてくれている。
私は、神様見習いから聞いたことを、ニール様にポツポツと話し始めたのだった。




