6.濡れ衣です!
事件が起きたのは、翌朝だった。
なんとこの町の町長が、私を引き渡して欲しいとホテルにやって来たのだ。
ケビンを奪った女性の親である。
嫌な予感しかしない!
「いいえ。ココさんの引き渡しには応じることは出来ません」
執事様がドア前で応対している声が聞こえてくる。
「ココさん、大丈夫ですよ! 絶対に引き渡したりはしませんわ!」
今日も私の体を使っているジュリー様が私を安心させるように言う。
「昨夜ホテル前にいたご夫婦は、ココさんの元婚約者の方だったのですね」
侯爵子息様は腕を組んでドアを見つめている。
ちなみに侯爵様はホテルの自室で書類仕事をしているため、この部屋にはいない。
私は、私の体の中の意識下で、溜息をついていた。
もう私の婚約破棄話を蒸し返さないで欲しい。
最近になってやっと、少しだけ忘れていられる時間が出来たのだ。
ドアが開いて、執事様が部屋に戻ってくる。
「とりあえずお帰りいただきましたが、何でも元婚約者のココさんから、娘さんが執拗に嫌がらせを受けているとのことで……」
は、はあ!?
嫌がらせ!?
そんなことしたことない!!
「ココさんはそんなことはしていないと言っていますわ!」
ジュリー様が私の気持ちを汲み取ってはっきりと執事様に言う。
「ええ、まあ、こちらは何が真実かは分からないのですが、何通も呪いの手紙を送って来たり、家に何回もきて罵詈雑言を浴びせられた等々……」
手紙なんて一通も送ってない!
家にも一回も行っていない!
大体この町には、婚約破棄されてから初めて来たのだ!
私の心の中に、どす黒い感情が湧き出ていた。
どうして!?
ケビンを奪われて、傷付いたのは私の方なのに!
どうして私をさらに陥れようとするの!?
「町長の娘さんでしたか? 少々、おいたが過ぎるようですわね!」
私(ジュリー様)は、スッと立ち上がった。
「お母様は、ココさんを信じるのですね?」
侯爵子息様も立ち上がる。
「信じるも何もありませんわ! このココさんに入っている状態では、わたくしもココさんも嘘はつけないのです! 感情がそのまま伝わるのです!」
私(ジュリー様)は目を吊り上げる。
私のどす黒い感情が、ジュリー様に伝わってしまった。
ごめんなさい。
でも、私も悲しくて悔しくて、抑えることが出来ない……。
「私はココさんのことは知らないも同然なのですが、お母様のことはよく知っております。そのお母様がこんなにも怒ることを放置してはおけませんね」
侯爵子息様は淡々と言う。
「ですが、ニール様……」
執事様は私(ジュリー様)と侯爵子息様を交互に見る。
おそらく平民の色恋沙汰になど関わりたくないのだろう。
「クロック! ココさんは手紙など一通も送っていませんし、その女性の家にも一回も行っていません! 婚約者さんに振られて、毎日泣き暮らしていたのですよ! 町にも怖くて行けず、ウジウジしていただけなのです!」
そ、その通りだけど、ジュリー様、もう少し言い方ってものが……
「なるほど。そのような事実は少し調べれば判明してしまうことですね。なんとなく、町長の娘の性格が分かってきましたよ。ご自分が一番でないと許せない短絡的な思考の方なのでしょう。ここは、お前なんか取るに足らないと教えて差し上げるのが得策ですね」
侯爵子息様はニヤリと笑う。
ん? このニール・コイラーン侯爵子息様って、ちょっと性格悪い?
侯爵様とジュリー様の息子だけあって、かなり見目が麗しいのに残念である。
しかし、銀髪にエメラルドみたいなグリーンの瞳も、長身の立ち姿も、ケビンとは違った魅力がある……って、いやいや! 今それ関係ないから! イケメンに思考が停止するのは、もう女性の本能であってですね……
私(ジュリー様)はふふっと笑った。
「お母様?」
侯爵子息様は怪訝な顔をする。
「いいえ、何でもありませんわ。取るに足らない、でしたか? ニールは、どのように対処するのでしょう?」
「よくぞ聞いてくれました。まずはですね……」
ジュリー様と侯爵子息様は、不敵に笑い合いながら、計画を話し出した。
どうやらこの母子は毎度この調子だったようで、執事様はもう止めても無駄だ、というような表情で諦めている。
「さあ、決まりましたわ! ココさん、出かけますわよ!」
出かける?
どこへ、何しに?
私の意思を確かめることもなく、侯爵子息様と私(ジュリー様)はホテルの外へと歩き出したのだった。




