57.前世の前世
シスネロス教会の神官長室は、水を打ったように静まり返っていた。
おそらく私が、イライザ様に力を差し上げましょうか? と言ったからだろう。
「ココさん! 力をあげるなんて、無理ですわよ!」
やっとのことで、私の中のジュリー様が声を上げる。
「ジュリー様、無理ではないんです。口伝をすればいいのですよ!」
私は神官長とメアリー様とイライザ様にも分かるように、わざと声に出してジュリー様に答えた。
「私は力が強いせいで、ずっと恋愛も結婚も出来なかったのです。だからこの力は要らない……」
「わたくしのことをバカにしているのですか!?」
イライザ様の怒声が私の言葉を遮った。
しまった、そうとられちゃったか。
でも、決してバカにはしていない。
これは、価値観の違いである。
「不快にさせてしまったのでしたら、謝ります。ですが決してバカになどしていません。私には前世の記憶があります。この力のせいで殺されたり、さらにその前は、強い力があるために責任を負わされ、ずっと国のために働いてきたのに、大好きだった付き人の男性を別の女性に奪われたのです。今世はそういう思いはもうしたくないのです。私は、ニール様とただ一緒にいたいだけなのです……」
やばい、ニール様の名前を言っただけで、会いたい気持ちが込み上げてくる!
私はハンカチを出して、自身の瞳をそっと押さえた。
その様子を見たイライザ様は、私の前世がとても辛いものだったと思ったのかプイと横を向いた。
「……ココさんは趣味が悪いですわ! ニール兄様なんていじめてくるだけの悪い大人です!」
ニール様の思惑通り、イライザ様のニール様への評価は最悪である。
「そうですね。ニール様は性格が悪いんですけど、見た目がとても良いといいますか……」
私は顔を赤らめてうつむく。
イライザ様は呆れた表情になった。
「見た目が良かったらいいなんて、それはダメ女ですわよ!?」
「はい。私は自他共に認めるダメ女なんです。こんな私に高尚な力は必要ありません」
私はイライザ様を見た後、神官長とメアリー様を見た。
神官長は困惑した表情をしているが、メアリー様はふぅと息を吐いた。
「前世の記憶があり、お辛い思いが忘れられないのは理解します。ですが、大きすぎる力は受け止めきれない場合があります。わたくしが口伝者なのは力が弱いからです」
「いえ、もちろん、コントロールしてお渡しします」
私だってそのくらいは理解している。
「コントロールまで出来るのですか……」
メアリー様は頭を押さえる。
「メアリー、ココ、その話は後でもいいでしょうか? 今ココの力が弱まるのは困ります。ココにはなんとしても本日中に神託の続きを受け取っていただきたいのです」
神官長は真剣な目で私を見つめる。
そうだった。
災厄の話だった。
「承知しました。神託を受け取れるか分かりませんが、試みてみます」
私が頷くと、神官長とメアリー様は安堵の表情を浮かべた。
神官長室にいた4人と母とメアリー様の侍女で、通ってきた通路を再び歩き、祭壇の前まで戻ってきた。
私は膝をついて神像を見上げる。
この世界共通の唯一神、アリクナフタヤ神だ。
見た目は若い男性神である。
きっと神様に嘘は通じないだろう。
信仰心が薄いことを謝ってから祈ろう。
私は目を閉じて「集中」する。
アリクナフタヤ神に向けて念話を試みているのだ。
「…………」
(あの、ジュリー様、一緒に神様に話しかけてもらってもいいですか?)
私は私の中のジュリー様に話しかけた。
というのも、周りに霊が多すぎて、念話が神様じゃなくて霊に届いているのだ。
そもそも私の念話は、霊と話すためのものなので、これは当然である。
「承知しましたわ。一緒に話しかけましょう!」
全てを察したジュリー様が、一緒に祈ってくれる。
「霊がココに寄っていってしまいますね……」
私が祈っている横で、神官長は呟く。
「大丈夫でしょうか?」
イライザ様は不安そうに神官長を見る。
「ココはもともと、神から託された子です。ココから話しかければ絶対に話せるはずです」
神官長は確信しているかのように言った。
ちょうど神官長がその発言をした時だったと思う。
私の意識が私の体を離れて、別のところへ移動したのだ。
ちょっと何を言っているの? という感じだが、幽体がテレポーテーションして別の場所に行った感じである。
でも私はこの感覚を知っていた。
おそらく、前世の前世で経験しているのだと思う。
だから、ああ、私、本当に強い力を持っていたんだなぁと、ただ呑気に思っていたのだ。




