56.シスネロス教会
私と母マーチとメアリー様とメアリー様の侍女の4人は、シスネロス教会の入り口にいた。
シスネロス教会は、カーレアの教会の5倍はあろうかという大きさで、壁は白い漆喰で塗られたような質感の建物だった。
カーレアの教会とは違い、人の出入りが盛んではあるが……
「霊が多いですね……」
私は思わず呟いていた。
母とメアリー様の侍女は「えっ?」という顔をしたが、車椅子のメアリー様は小さく頷いた。
「こんなに霊が……」
私の中のジュリー様も呟いている。
実は隣町の教会にも霊はちらほらいた。
町中で霊を視ることもあった。
でも私は霊は無視と決めていたので、特に気にとめることもなかったのだ。
「神官長は霊の声が聞こえますので、集まってくるのですよ。ほとんど害のない方たちですけどね」
メアリー様は淡々と話す。
「あ、そうでしたね。霊は話せる人に寄ってきますよね」
私が呟くと「それはわたくしのことですね……」とジュリー様も呟く。
「いえ、ジュリー様は違いますよ! 私とジュリー様は、こう、運命の糸で結ばれているといいますか……」
「ココさん、人前でジュリーと話し出すのはおやめなさい」
メアリー様に叱られて、私と私の中のジュリー様はしゅんとする。
メアリー様の侍女が車椅子を押して先に中に入り、母と私も後に続く。
「わ……」
シスネロス教会の中は、天井がとても高く、中も広く、高い位置にある彩光の窓から光が斜めに入り、真正面の祭壇と神像を厳かに照らしていた。
信者と神官とシスターと霊が何人も行き来し、信者は祈りを捧げたり、備え付けられた長椅子で聖書を読んだりしている。
私はメアリー様と母に倣って祭壇の前で祈りを捧げ、言われるがままに奥の「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉に入る。
神官やシスターの控え室を通り過ぎ、最奥の神官長室に入ると、神官長が「ああ、来ましたね」と言い、同室にいたイライザ様がペコリと会釈をした。
神官長室は10畳ほどの広さで、書き物をするデスクと本棚とソファとローテーブルの応接セットがあるだけの簡素な部屋だった。
神官長はメアリー様を母と侍女で神官長の隣のソファに座らせると、向かい側に私とイライザ様を座らせた。
母と侍女は部屋の外に出ていった。
「今日メアリーとココに来てもらったのは、昨日神託が下りたからなのです」
神官長が私とイライザ様に向かって話し始める。
イライザ様も知らなかったようで、「神託……」と小声で呟いている。
「神託の内容ですが、近いうちに『災厄』が来ると……」
「災厄ですか!?」
神官長の言葉にイライザ様が被せるように大声を出した。
私は心の中で、「ああ、やっぱりね」と思っていた。
メアリー様から「災厄」のことを聞いた時から、嫌な予感がしていたのだ。
「災厄の内容は分かるのですか?」
メアリー様は冷静に神官長に質問をする。
「ええ。大きな地震のようです」
神官長は口元を押さえながら言う。
『地震……!』
私とメアリー様とイライザ様と私の中のジュリー様が叫んでいた。
前世日本人の私は、地震がどういう被害をもたらすのかよく知っている。
この世界でも時折小さな地震はあるが、日本ほど頻度は高くない。
これは、まさしく「災厄」というより「天災」だ。
いや、ちょっと待って!
「天災」をシスネロス家が継承してきた「お祈り」でどうにかできるとは思えないんだけど?
「あ、あの、発言してもよろしいでしょうか?」
私は神官長とメアリー様を見る。
二人は、同時に頷いた。
「恐れながら、地震をシスネロス家の『お祈り』でどうにかできるとは思えません。それとも地震後の救済についてということでしょうか?」
私の言葉に、メアリー様とイライザ様は神官長をじっと見る。
「私もココと同意見です。実は私の力では、長時間神託を受けることが出来ないのです。詳細をその場で神に伺うことは出来ず、こちらからコンタクトをとることも当然ですが出来ません」
神官長はそう言うと少し自重気味にほほ笑んだ。
「神様って一方通行なんですね……」
不便だなぁと思い、私は呟く。
「ええ。ですが内容が内容ですので、のんびり次の神託を待つわけにもまいりません。そこでですね、ココの力であれば、神と話が出来るかもしれないと思い、本日呼び立てたのですよ」
神官長は私に向かってニッコリと笑う。
私は顔をしかめた。
「いえ、私は神と話せたことも、神託を受けたこともありません。無理ですよ」
そして教会で大きな声では言えないが、全く信心深くない。
こんな人とは神様も話したくはないだろう。
「ココは念話ができますよね? それで神に話しかけてはもらえませんか?」
神官長は真剣な眼差しで私を見る。
「念話なんて、誰でも……」
「出来ませんわ!」
私の言葉を、イライザ様が遮った。
イライザ様の目は、怒りの色を含んでいる。
「ココさんが簡単に出来ることは、わたくしたちには出来ないのです! いい加減にご自覚していただけませんか!?」
ああ、この感じ、前にもあった。
あなたは「出来る」のだから、やらなければいけない。
羨ましい。妬ましい。その才能が欲しい。
でも私は、私の付き人だったあの人と寄り添いたかった。
あの人と結婚して子どもまで授かったあなたが妬ましかった……
あれ?
これ、いつの記憶だろう。
前世に付き人なんていなかったから、その前?
うわー、思い出すんじゃなかったな。
普通に好きな人、とられてるじゃん。
しかもこの女、私への嫉妬と当てつけであの人と結婚したんだよね。
私は真面目に巫女をやり遂げて、国の災厄を食い止めて、一生独身で70歳まで生きて……。
「ココ、どうしました?」
神官長がボンヤリする私を心配そうに覗き込む。
私はハッとなり、自身の頬を両手でピシャリと叩いた。
「すみません、ちょっと前世の前世を思い出していました」
「ええっ!?」
神官長とメアリー様が驚いていたが、私は構わずイライザ様に向き直った。
「イライザ様、私のこの力を差し上げましょうか?」




